ヒヨル ぼくの手は蝸牛へ、きみの足はランゲルハンス島へ 忍者ブログ
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感謝企画。
茅野さまリクエスト、栗松と少林寺。
リクエストありがとうございました。

続きに本文。

すこし離れた地区のおおきな進学校で死人が出たという。十四歳の彼はお決まりでかえっておもしろ味のない理由で、思う存分世をのろい、はかなみ、絶望して死んだ。と思う。彼は表向き病死といわれてはいたが、人生を謳歌したあげくにひねくれた連中に遊びの一環としていじめ殺されたということは、近辺の学生の間では暗黙の了解であり公然の秘密であった。誰もがそれを知っていたのに、教師は見てみぬふりをした。桜がたくさん咲いて散った、春のおわりの些細なできごとだった。
春はきらいだなと栗松は思う。ケイトウの赤やなぎの緑。紺くんのユッカエレファンティペス。桜の下にうまるたくさんの死人。花の下にて春しなむ。栗松は西行法師でも梶井基次郎でも岸田笑子でもないが、季節がみるみる息づいていって生命力に力強くあふれ、透明な冬を無数の色であっというまに駆逐していく春がいたたまれないくらい苦しいときが、たまにある。春の健康診断で、身長は三センチ伸びたが体重は増えなかった。宍戸は身長二センチ体重二キロ増。壁山は身長五センチ体重八キロ増(だけどほとんど筋肉だと思う。壁山のふといがっしりした腕、そのみとれるほどの筋肉を栗松はうらやましいと思う)。少林寺は横ばい。身長も体重もかわらず、足のサイズだけ増えていくという。春って酸素うっすいよね。うんざりした顔でもそもそ着がえる栗松の顔面を手のひらでばしんとおさえて、宍戸はへらへらわらいながらそんなことを言う。その頭の上のうざいもじゃもじゃを、ピンクに染めて桜みたいにしてやりたい。栗松はスパイクのひもを余計にぎゅうぎゅうしめなくては気がすまない。春は酸素がうすい。十四歳になる春。
春は死人がたくさん出る。アル中で。五月病で。新生活になじめなくて。ストレスで。いじめで。とにかくなにかが気に入らなくて。なんとなく、みんな死ぬ。中央線が毎日止まる。山手線もときどき止まる。総武線も埼京線も京浜東北線も武蔵野線も西武新宿線も西武池袋線も湘南新宿ラインも小田急線も京王線も東京メトロも止まる。旅行するならさぁ。少林寺は栗松に背中をむけて、屋上のフェンスに指をからめて言った。栗松、どこ行きたい。少林寺はなぜか屋上の鍵を持っていて、それでときどきこうやってここで弁当をたべる。宍戸や壁山は基本的に出不精だし壁山はたかいところが嫌いだしで、屋上にはよりつかない。二年になってクラスがはなれても、栗松は少林寺とふたりで屋上で弁当をたべている。えー旅行ねぇ。春から母親に頼んで弁当の中身をすこし増やしてもらった。もうちょっと身長がほしい。あと、体重も。先輩たちがどんどんでかくなるのでそれに栗松は驚いてしまう。朝昼晩たくさん食って、もっとでかくなりたいと思う。旅行するならまだ冬のとこがいい。弁当箱を片付けながら栗松は行った。ってか、ずっと冬みたいなとこがいい。ロシアとか、フィンランドとか、ずっとさむいとこに行きたい。ふーんと少林寺はからだをそらしてさかしまに栗松を見た。ふといポニーテールが屋上のコンクリにこすれる。辛気くさいとばかにされるかも、と思ったが、少林寺はなにも言わずにまたからだをぐっともどした。フェンスをのぼって、そのてっぺんにわきを引っかけて器用にぶらさがる。少林寺はちいさくてかるい。グラウンドを囲むようにたくさん桜が咲いていて、それには毛虫がいっぱいつく。それらが成虫になることはない。桜のあしもとには踏み潰されてぺたんこになった毛虫が地面にたくさんへばりついて死んでいる。春の死人。春の死骸。
おまえはどこ行きたいの。おれ?栗松がたずねると、少林寺はちょっとだけ首をかしげた。フェンスのてっぺんで少林寺は言う。おれはランゲルハンス島がいい。ランゲルハンス島?それどーやって行くの。それそーゆーんじゃねーの。行くとか、そーゆーとこじゃねーの。フェンスに引っかかって少林寺は足をぶらぶらさせる。そーゆーんじゃないっていうか、まぁほんとにあるんだけど、絶対行けないの。行きたいって思っても。栗松は首をかしげる。言われている意味がよくわからない。それムーとかアトランティスとか、そういうの?それは知らないけど、でも、みんな持ってんだよ。少林寺はきっぱりとそう言った。(みんな持ってる)。今日の屋上はへんに風が凪いで、春が立ちのぼってこごっていくようだった。酸素がうすくてきもちがわるい。春の死が手に手にまといつく。おれも?栗松も。ちゃんと持ってるよ。少林寺はよっと屋上に降りた。しょーりん、なんでそこに行きたいの。さぁ。上履きのかかとに指をさしこんで履きなおしながら少林寺は言う。でも行くならひとりで行くよ。だから栗松も、ロシアとかフィンランドとか行くならひとりで行けよ。栗松は立ち上がった。ランゲルハンス島。栗松は想像する。もしそれが存在するなら無人島で、きっとそこは一年中春だ。花がたくさん咲いて鳥がたくさん飛んで、きれいな水でおいしい木の実が山のように実る。だけど。そこに行けばたぶん帰れない。二度と。こちら側には。
栗松は少林寺の耳をうしろから両手でおさえた。やわらかくあたたかい。少林寺からは春の気配がする。むせ返るような生命力。それを貪欲に求め続ける、死なない毛虫。ランゲルハンス島を飼う、ちいさくてかるい少林寺。おまえ手ぇつめたい、と少林寺はみじかく言った。春は死人が増える。ロシアにもフィンランドにも行けなかった彼らは、ランゲルハンス島の桜の下で永遠に眠る。少林寺がランゲルハンス島へ向かうというなら、栗松はその蝸牛を両手でふさぎ続ける。すこし離れた地区のおおきな進学校で死人が出たという。栗松はすこしだけ彼がうらやましかった。西行法師にも梶井基次郎にも岸田祥子にもなれなかった十四歳になる栗松。ぼくたちはきっと明日の春の死人。





ぼくの手は蝸牛へ、きみの足はランゲルハンス島へ
栗松と少林寺。
ランゲルハンス島とは細胞組織のひとつです。
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