ヒヨル おんなのこのはなし 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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塔子は思わず手を振り上げていた。うまくミートしなかったためにへんにくぐもった音、のあとに残ったのはしびれる手のひらと、顔をそむけたリカだった。は。は?リカはゆっくりと打たれたほほにふれる。乱れた髪のすき間から一瞬呆気にとられ、そして次の瞬間には怒りに燃え上がった視線が溢れる。殴ったな。その言葉の瞬間を埋めるように、塔子はもう一度腕を振った。ぎりぎりでのけぞったリカのこめかみの近くを拳はかすめ、さらさらの髪の毛がまとわりつく感触がざらりと塔子の舌の奥を煮やす。衝撃がわき腹を揺らした。リカの膝が下からえぐるように打ち込まれる。殴ったな!塔子は一瞬息をつまらせ、思いきりリカの下腹を蹴飛ばした。ぎっ、とのどの奥で悲鳴を上げてよろけるが、それでもリカは倒れなかった。塔子をにらみ上げるリカのおおきな目が、突然の一方的な被害のためか憤怒にぎらぎらしている。
リカのしなやかな指が伸びて塔子の額を掻いた。はっとしたときにはもう片手で帽子をつかまえられ、逃げようともがくその動きを抑え込まれた。あたまを押し下げるリカの腕は、あんなにも華奢なのに驚くほど力強い。眉間に膝を打ち込まれ、視界がぐらぐらとぶれる。足を突き退けるとリカのからだがふあっと揺らいだ。胸ぐらをつかまえ、その額に自分のそれを思いきり叩きつけてやる。鈍い音とともに、ぱっと火花が開くイメージ。額があつい。リカの額があかい。違う。息を荒らげながら塔子は自分の額に触れた。あつくぬめる指。はっはっとみじかい呼吸と、それよりもずっと速い鼓動。塔子はリカにつかみかかる。それと同時にリカも怪鳥のように翻した腕でつかみ返してきた。髪の毛が根こそぎむしられそうになる。
そのときにはもうお互いの自重も理性も吹き飛び、わけのわからないことをぎゃあぎゃあ吠えながら絡まりあい噛みつきあう、そればかりだ。ふいに鼓膜がびりびりっと振動し、ふたりは強引にもぎ離される。もがくリカの後ろに一之瀬が回り込み、リカをがっちりと羽交い締めにしていた。塔子の後ろには土門がいる。木野が駆けてくる。塔子はわき腹めがけて肘打ちをくれたが、土門はそれを読んでいたようにちょっとからだをひねって避けた。リカの顔がありとあらゆる体液でべたべただ。たぶん自分もそうなのだろうと塔子は洟をすすり上げる。血の味がした。引っ掻き傷だらけのリカ。しくりと胸が痛む。きれいな顔なのに。だけどそれは、罪悪感とは全く別の場所だった。叶うならばもっとめしゃめしゃにしてやりたい。リカの髪の毛が指の間にたくさん絡まっている。
とりあえず思ったのは土門も一之瀬も邪魔だなということで、塔子はリカとふたりっきりでもうすこしめちゃくちゃにやりあっていたかった。どっちかがあえなく戦意喪失、戦えなくなるまで、もしくは、たおれてしまうまで。発情期のけだものみたいに、白目を剥いて死合っていたかった。なぜなら塔子はリカのことをそれはそれは愛していたからで、こんなにも近い位置で吐息が触れる距離で、ぶったり蹴ったりぶたれたり蹴られたりできることが、しあわせだったからだ。この上もないくらいに。
あたしたち生きているもの。そうだ。そのとおりだ。リカがまっかに潤み血走った目で再度腕を振り上げる。どろりとしたもの、得体の知れないもの、光の差さない場所、底のないきれぎれの絶望。そんなものに支配されて、あたしたち生きるべきなのだ。あたしたち生きて、足掻いて、戦うべきなのだ。けだもののように。そうでしょう。おまえだって(、そうなんだろう)。塔子は血の味のする歯をぞろりと舐めて叫んだ。リカの中に眠る野性を引きずり出して、その一番みにくい姿を見たかったのだ。きれいな顔とさらさらの髪とよく磨かれた爪としなやかな手足をしたリカ。理性にくるまれた横顔から全部をはぎ取って、その一番内側にあるひそやかな狂気を、一番そばに寄り添って、見たかったのだ。あたしたち生きているモノ。ひとの皮をまとったみにくいモノ。
木野に急かされてふらっとやってきた円堂が、リカのほほを音高くひっぱたいた。生きているモノ。振り向いた円堂は塔子にもおなじことをする。みにくいモノ。理性に抗い野性に唾するけだもの。高らかに高らかに吠えるいきもの。あたしたち、それをなくしては生きていかれないのだ。塔子は全身をばねのようにして土門を振りほどき、円堂を押しのけてリカに襲いかかる。それを押し止めたのは円堂で、キーパーの強靭な腰はその程度では折れも下がりもしなかった。円堂は塔子を地面に投げ飛ばし、その下腹部にスパイクの足を置いた。リカが塔子を見下ろしている。奥歯を噛みしめた凄惨なうつくしい顔をして。塔子は涙だらけの顔をゆがめてわらった。あたしたち、こうやって生きるべきなのに。なのにリカはなにも言ってくれないからかなしいんだ。あたしたち狂気に塗られて強くなる。あたしたちはふたつ足のけだものだ。永遠に。







まほろば死すべし
塔子とリカ。
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くて それでもあなたは言うのでした出会わなければよかったなんて言わないと言うのでした
わたしはといえばその頃には病み疲れて色褪せてしまった爪先を引きながら 結び目のよれた旗を掲げるただそれだけのいきものでした あなたは信じないのにわたしはボウバクとながいながい道のりの果てばかりをおぼろな夢に魅ながらあなたが信じることやものが脳をぶすぶすにくたすのを黙って待つ ばかりの いきものでした
あなたはこまどりのような賢しい目をしてわたしのことを見るので わたしは奪はれないように言葉を盗むのです あなたの中にある見るに耐えないくさぐさのくろい渦をわたしだって見ないふりをするのですから 気づいてくれさえすれば終わってしまうものをあなたはいつまでも続けますわたしはあなたのそういうところこそを目映いと思うのですから 出会わなければよかったなんて言わないと嘯くあなたの背中はさえざえとどんなにかうつくしかったことでしょう さぶしかったことでしょう
あなたが知るものをわたしにも分けてほしいのですそしてわたしが知るものをあなたにも分けてあげたい 闇や痛みを分かちてわたしたちはもう進むしかないと思うのです おかしなことだと思うでしょうか
こんなにも棄てたい棄てたい棄てたいと願ったうっそりと寒いひそやかな長門峡で わたしがなりたいものはあなたの心臓をつらぬくロオビン・フッドでした わたしが燃やしても枯らしても愛しても忘れてもあなたは信じないのに
ああ
信じないのに


親愛なるコックロビンへ



PS、最近おいしいケーキを食べていません。今度ご一緒いたしませんか






あなたを棄てたい長門峡の十月三日は風がつめたくて、棄てるものなどなにひとつ持たない横顔ばかりを凛と愛します。
塔子。
なんでだろーね、としろい横顔が言う。そんなこと全然思えないんだ、と。半田はごそりと足を組みかえてちょっと横を向き、風に吹かれて落ちかかる木野の前髪を押さえてやった。さびしいやつ。そんなふうな負け惜しみも添えながら。木野の横顔は清廉そのもので、陽にさらされながら部活をしているにも関わらずしろいままの肌も相まって、触れることすらためらわせてしまう潔癖さを漂わせている。ひざをきちんと揃えた木野の脚に視線を落とし、プリーツスカートがときどきふわりと浮き上がるのを眺めながら、そんななのになぁと半田は思った。そんななのにわざわざ、なぁ。なあに、と木野のおおきな目が半田を見た。なんだよ。なに考えてるの。なんでもねーよ。木野は困ったようにちょっとわらい、半田くんはわかりやすいね、と言った。その口調がなんだかばかにしているみたいだったので、半田は木野の背中に手を回してそこをかるくはたいた。ブラウスの手触りが頼りない。ふふふっと木野はわらった。
半田がサッカー部に入ったのは木野がかわいかったからだ。入学してすぐにおなじクラスになって、さらに合同宿泊研修でおなじグループになった木野がサッカー部のマネージャーをすると言うから、半田も迷わず入部届けにサッカー部と書いたのだ。でも木野には暑苦しいサッカーばかな幼なじみがいて、しかもやけに親しげにベタベタしていることに半田は萎えまくった。なんのことはない、木野がサッカー部のマネージャーをするのは幼なじみのためだったのだ。ごく純粋な動機でサッカー部に入部した染岡に当初はさんざん当たり散らした。失恋とは言わない。言わないけれど、衝撃ではあった。だるいからやめようかなとも何十回も考えた。けれどそんなそぶりを見せるたびに、木野はやめないでと言うのだ。やめないで。半田くんがやめちゃったらさびしいよ。ああもう。そんな困った木野の顔は何百回オカズにしたかわからない。眠れない夜のお供。本当は円堂とやりまくってるくせに、さぁ!
別にそれは失恋なんかではなかった。手に入れたものではないのだから、なくしてしまったと嘆くことさえお門違いで、それでも、たとえ一瞬といえど、独り占めにしたいと思った、その熱さだけはどうしても拭えないのだった。木野はいつでもすずしい顔でわらっていたし、泣いたりなんか、絶対にしなかった。円堂の前では、さびしさやむなしさなんかおくびにも出さないマネージャーだった。つよい少女だった。泣いたりなんか、絶対にしない。木野がはじめてをなくした日の夜、半田は夜の公園でずっと木野を待っていた。ただ苦しかったのだ。電話の向こうで泣きじゃくる木野が、苦しくてたまらなかった。その夜半田はただ現実に打ちのめされて、足を引きずって帰路についた。なくしたものは思い出せない。ただ、なくしてしまったことだけが今でも忘れられない。
あのときの公園で並んでベンチにすわりながら、木野は相変わらずすずしい顔をしている。何人と寝て何人を捨てたとか、そんな噂なんか聞いたこともないみたいな、清廉そのものの横顔で。だからおれにしとけばよかったんじゃんよー。からだの横にぺたりと突かれた木野のきゃしゃな手に自分のそれを重ねて置きながら、半田は宙を見上げてそう言った。つかおれまじ紳士だからね。リアルジェントルだから。ばかとか変態とかゴリラとかとは違うから、まじで。木野は目をまるくして、それ誰のこと、と言った。誰でもいいだろー。てかはなし聞いてる?おれが言いたいのそこじゃねーから。木野はくすくすわらって、聞いてます、と言った。ちゃんと聞いてます、隊長。あーそう。宿泊研修で半田はグループの班長をしていて、それからときどき木野に隊長と呼ばれる。もーいいんじゃね、と思う。それで十分なんじゃね、と。だけど。
やっぱりおれにしとけば。てのひらを重ねた木野の指に自分の指を絡めながら、半田は反対の手で耳の辺りをこする。ぎゅっと指に力をこめると、木野の指がかすかにわなないた。おまえってなにやったらおれとつきあってくれんの。木野は困ったようにほほえんで、半田くん彼女いるじゃない、と言う。あー。半田はのどを思いきり反らした。今の今までその存在自体ど忘れしていたことに、自分でも少しだけ驚きながら。いちばん大事なものは手に入らないのよ。木野が半田に手を握らせたまま、妙に達観したような口調で呟いた。そういうふうにできてるんだから。半田は木野の横顔を穴があくほどじいっと眺め、そんななのにわざわざいっぱい拾って拾って拾ってゆく木野を思った。秋のいちばん大事なものってなんなの。木野はふふっとわらい、忘れちゃった、と吐息のようにささやいた。もう思い出せないの。おかしいね。
半田は宙をにらむ。あの夜、あの失望の夜、半田の視線の先にはレモンみたいな三日月がぽっかり浮かんで、半田の思いとは裏腹に、まるで無頓着にやわらかくやさしくぽたぽたと輝いていた。さびしかった。思い出さんくていいよ。半田はぐいと木野の手を引く。どうせ手に入らないんだろ。半田の鎖骨のあたりに額を押しつけられた木野は、そうね、とちいさく呟いた。どうせ手に入らないんだもんね。木野のうしろあたまのやわらかな髪の毛にてのひらをそわせながら、うそつきだと半田は思った。木野はうそつきだ。忘れたくせに、思い出せないくせに、まだこんなにも焦がれている。まだこんなにも、なくせずにいる。さびしかった。半田はさびしかったのだ。あの夜からずっと、なくすことが怖かった。
半田はあのとき失恋なんかしなくて、なにひとつ失うことだってしなかったのに、それなのにたったひとりで手に入らなかったものを追いながら、びしょびしょと孤独に濡れていく。全然思えないんだ。木野はかすれた声でささやく。なんでだろーね、忘れてよかったなんて、そんなこと全然思えないんだ。半田は木野の肩をつかんで引き離した。まるくおおきな目が近づいてくる。まつ毛がながくて、しろくやわらかなひふが眩しい。おかしなはなしだろ。さびしいやつ。びしょ濡れでわめきながら、なんにも言えない孤独なふたり。こんなにしないとわからないなんて、さびしいやつ。ばかなおれ。(だけど、おまえもおれも、このへんてこな世界でこれからも生きていくんだ。生きていくしかないんだ。そうだろう。そうだろう!)
木野はかわいくて、だから追いかけた。木野はさびしくて、だから、手離した。あの夜はレモンの三日月がとてもきれいだった。なくすことに怯えたその日から、愛することを知った。







レモン三日月濡れ鼠
半田と木野。
一番さきにねた子に金の財布、
二番目にねた子に金の
三番目にねた子に金の小鳥。

(一番目のお床/北原白秋『まざあ・ぐうす』)


ロックアイスをふた袋と粉末ポカリをあるだけ、それから人数分のウィダーを詰め込んだクーラーボックスを下げて秋がキャラバンへの道を汗をかきかきあるいていると、むこうからすごい勢いで塔子がはしってきた。あき。塔子はかるく手を挙げて止まり、秋を上から下までながめて持とうかとクーラーボックスの取っ手をつかむ。それより用事じゃないの。あ。塔子はせわしなくジャージをぱたぱたと叩き、この先にコンビニあった、とたずねた。すこし向こうにスリーエフがあったよ。ありがと、持つから待ってて。いいよ、大丈夫。じゃゆっくり行って。わかった。手を振ってゆき違ったすぐあとに壁山と会ったので、そのままボックスを持って先に行ってもらい、ハンカチでひたいをぬぐいながら秋は塔子を待った。塔子はすぐに戻ってきて、手ぶらの秋を見てちょっと驚いた顔をした。ジャージのぽけっとからコンビニの袋がのぞいている。
なが袖のジャージをひじまでまくった塔子の腕はきれいに日焼けして、汗の玉が浮かんでいる。秋は日焼け止めをいくつも常備してきっちりと塗りこんであるし、スキンケアもかかさないので肌はまっしろくきれいなまま保ってある。しかしそれほど苦心しても、ひゃーあっつい、と屈託なくひたいの汗を手の甲でぬぐう塔子のほうがよっぽど健康的だな、と思った。健康的で、すごくきれい。ふと見た塔子の鼻のあたまがあかくちりついている。コンビニ、なんの用事だったの。そうたずねると塔子はひとさしゆびを鼻の前に立てて、シー、と秋を手招きした。道から植え込みに入り、つつじの葉っぱをべたべたとからだじゅうにくっつけながら奥のちょっと開けた場所まで入ると、夜露をたっぷり吸ってひしゃげた段ボール箱に、まだ目もひらいていない子猫が捨てられているのが見えた。かわいそうになってさ。塔子はちょっとさびしそうに言って箱の前にしゃがみ、コンビニの袋からレトルトカレーみたいなパッケージを取り出し(表面に子猫の絵が描いてある)、指でぐにぐにともみほぐしはじめた。にー、とかすれたよわい泣き声が聞こえて、秋は思わず立ち尽くす。
どうするの。んー。連れてけないよ。わかってるよ。パッケージを開けてつぶされたキャットフードをてのひらに取り出し、すこし温かくしてから塔子はそれを猫に差し出す。猫は鼻をひくつかせ、よわよわしくあたまを持ち上げた。食べて、と塔子はぽつりと語りかける。食べなきゃ死んじゃう。秋はにがい顔で塔子のうなじを見下ろした。秋はさ、塔子が振り向きもせずに言った。あんまりこういうの、すきじゃないだろ。こういうのって。動物とか、なんかこう、中途半端なこういうやさしさとか。秋は力なくわらって、どうして、と再度問う。ごめん。ううん。でもわかるんだ。秋って。塔子はそこで言葉を切り、わぁ秋食べたよ、とうれしそうな声をあげた。猫がキャットフードに顔を押し付けるようにして食べているのを肩越しに見て、それよりも猫に餌を差し出す塔子の、ぼろぼろに荒れた指先に目を奪われた。
パッケージを力任せにひろげ、それを箱の中に置いてやりながら塔子は言った。あたしだって、なんでもできて当たり前なんてもう思ってないよ。塔子の肩がすこし揺れる。たぶん、わらっている。ほんとはこんなことするほうが残酷なんだよね。秋は不意に、うしろから塔子の首に手を回してその背中を抱いた。膝が泥によごれる。ねえ塔子、知ってる。塔子のきれいなうなじに鼻先をすりつけるようにしながら、秋は夢見るほどとおい口調で言った。お砂糖とスパイスと、素敵なものをたくさん混ぜて女の子は生まれたんだって。あはは、と塔子はわらった。秋みたい。うそばっかり、と思いながら、秋は目を閉じてすこしだけ腕に力をこめた。秋って学校でどんな感じなんだろう。見てみたいな。見れるかな。秋はふふふ、とすこしわらって、どんなに荒れた指先をして焼けた肌をして傷だらけになってサッカーをしていても、塔子からはお砂糖とスパイスと素敵なものがたくさん混ぜ合わさったようなにおいがするな、と思った。
この猫には金の財布をあげなきゃ。それを聞いて、ん、と塔子は言葉を詰まらせた。秋がいてくれてよかった。秋は腕をほどいて立ち上がり、行こう、と手を伸ばす。掴んだ塔子の手はあぶらでべたついていたけれど、わたしも、と秋はわらうことができた。塔子はきっと金の雉を抱くので、わたしは金の小鳥をもらおう。健康的で残酷で、天使みたいにきれいな塔子。空がおどろくほど高くあおくて、つないだ焼けた手としろい手をかすませて溶かしていく。さっきの言葉の続きが聞きたくて、だけど思い出すのはずっとずっと昔の海の向こうの夏ばかりだった。あの夏は死んで景色は生まれて、なにも始まりはしなかった。だけどそこから始まったようなものだけを引きずって、終わりたかったあの日の遊び。





星盗人
秋と塔子。
初塔子。だいすきです。二期キャラで書くつもりはなかったんですが、塔子すきすぎて思わず。
あと北原白秋のまざあぐうすがすごすぎてめだまとびだした。
ストップウォッチを片手にぼんやりと立っている夏未の隣で、春奈が計測された五十メートル走のタイムをせっせと一覧に書き込んでいく。半田先輩足はやくなりましたねぇと、メンバーひとりずつのタイムを折れ線グラフにしたものを見ながら、春奈は楽しそうに言う。それに生返事をしながら、夏未は眩しすぎる夕陽に目をほそめた。ラストふたり、少林寺と栗松が大差で五十メートルのラインを駆け抜け、お疲れさまでーすと春奈が声をあげた。どうだった、と風丸が音無の手元を覗きこみ、先輩スパイク替えてからタイム下がる一方ですよとずばり言われてうなだれている。その風丸を押しのけて、松野と半田が今日はどっちがはやかったと矢継ぎ早に聞いた。残念。今日も松野先輩です。ガッツポーズをする松野の横で、半田がさらに言いつのる。差は。えーと、コンマ二七。すぐ縮まりますよ。実際半田のタイムはここしばらく右肩上がりで、それを見せてやると半田もガッツポーズをした。次は抜けるな。はーお前じゃ無理無理。休憩です、とベンチで呼ぶ秋の声がふたりをさえぎり、プレイヤーたちはわらわらとそちらに移動していった。
夏未は眉間にしわを寄せる。からだがだるい。背中に触れられ、びくりと振りかえると秋が立っていた。夏未さん、トイレ行ってきたら。ちいさくささやかれたその言葉に夏未は一瞬眉を寄せ、それからしろいほほをあかくする。あとはほとんどすることないから。秋の隣で、春奈もうんうんとうなづいている。でも、と夏未は秋の肩越しにプレイヤー陣をうかがった。おにぎりにかぶりつきながら談笑する、おおどかで無神経な笑顔がならんでいる。いいのよ。秋のてのひらがそっと夏未の背中をなでた。わからない年でもないんだから。わかったようなその口調は、やさしいけれど勘にさわる。夏未はぱっと秋の手を払った。気づかいありがとう。でもあなたも無神経よ。そう言って夏未はきびすを返し、部室に向かってあるいていった。あららーと春奈は首をかしげる。怒っちゃいましたか。秋はなにもなかったかのように、じゃあ片付けはじめましょうかとベンチへ向かった。あららーと春奈は今度は内心首をかしげた。まったく女はめんどくさくてかなわないですねぇ。
こそこそとひとのいないトイレを探す自分の姿は、みっともなくてなきたくなる。後ろめたいことなんてなにもないはずなのに。秋だって春奈だってそう言っていた。それなのに。夏未は電気もつけないまま、無人のトイレの個室に駆け込んだ。コットン地には四指でなすったみたいなかたちに血が染み込んでいる。最もきたない現実と直面するたびに吐き気がする。気が滅入る。実際喉のあたりにこみ上げるむかつきを、夏未は指で押さえて飲み下した。それなのに、これがやって来るたびに夏未は絶望する。きたないきたないきたないきたない。女なんて生き物はこれだから。これだから。わかりきったみたいな秋の笑顔が、おもたく心に引っ掛かっている。わからない年でもないんだから。穏やかな笑顔で紡がれた、悪意のないその言葉におぞけが震う。わかってたまるものか。あんな無神経なひとたちにわかられてたまるものか。鉄のにおいが立ち込める狭い個室の中にある、底なしのあかい地獄をわかられてたまるものか。
突き刺されるようないたみを訴える子宮を、ひふの上からてのひらで押さえる。立ち上がったしろい陶器とそこにたまった水の底に、レバーみたいな細胞壁があかぐろく剥がれ落ちて沈んでいた。そこから螺旋のように立ちのぼる絶望的な鉄のあか。わからない。わかりたくない。わからないでほしい。夏未は両手で頭を抱え、鍵をかけた扉に寄りかかった。こんな終わりのない絶望の代わりに、たくさんのものを奪われる。おおどかな笑顔の彼らが憎い。足がはやくなることで一喜一憂することも、きっともうできないだろう。秋は苦しくないのだろうか。なにもかもわかったみたいな顔をしてわらっているあのひとは。どうしてあんなふうに割りきることができたのだろう。喉を突き上げる衝動は、戻ってこないものへの悔恨だった。無神経に口をひらく世界の割れ目ギヌンガガップに、これから何百回何千回足を取られて絶望するのだろうか。ああ、きたない。きたない。きたない。こんなもの。
水音を立てて地獄が流れる。夏未さんと扉越しに秋の声がした。お薬もらってきたんだけど、のむ?夏未は両手で耳を押さえた。どうしてこのひとはこうなの。どうしてこんなに穏やかでいられるの。なんでもないみたいにできることを見せつけていく。世界でいちばん憎い瞬間。いらないわ。夏未はうるむ目で吐き捨てた。あなたからものなんてもらいたくないの。そう、と秋はやわらかくわらった。夏未さん。そうしてしずかに秋は言う。ごめんなさい。でも、夏未さんが苦しいとかなしいの。その言葉こそが絶望だった。まるでこの世の地獄だった。わたしはやさしさにころされる。いたみが意識を凍らせていく。







生理痛は神無月を凍らす気温!
夏未と秋。
ずっと書きたかったはなしです。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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