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松野が影野を殴った。
練習終了直後の部室はがやがやとして、それぞれにほっとしたような顔で今日の夕食がどうとか、宿題がどうとか、そんなことを話しているようなぽっかりとおだやかな時間だった。
そこに突然ひびいた重たいかわいた音と、がしゃんという甲高い音と、押し殺した悲鳴のようなものが、そのおだやかな空気をあっという間に駆逐していく。
殴られてロッカーにひどくぶつかった影野はそこにずるりと崩れ落ちて、まだその影野を蹴りつけるだか踏みつけるだかでスパイクの足を振り上げた松野を後ろから羽交い絞めにしたのは、たまたま一番近くにいた宍戸だった。先輩どうしたんっすか何やってるんすかと早口で宍戸が言い募るが、その腕を振り払おうと松野は顔をまっかに染めて暴れている。
染岡はそのふたりの間に体を割り込ませた。やめろバカ何やってんだよと、宍戸とふたりがかりで暴れまわる松野をなんとかおさえこむ。影野はロッカーに頭をぶつけたか、うずくまったまま動けないでいる。少林寺がちいさなからだでそこに覆いかぶさり、栗松が呼びに行った円堂と風丸が駆けつけた。
どうしたんだという円堂の問いに答えられるのはだれひとりおらず、それでも松野が口ぎたなく影野をののしるものだから、染岡はああとなんとなくあることに思い至った。
紅白戦の最中、強引にディフェンスを突破してきた松野をからだで止めようとした影野が、確かにそのとき一瞬躊躇したのだった。松野の帽子が横にずれて、視界を半分ほど覆っていた。止めようとしたら、止められていた。ためらってしまった影野はあっさりと松野に抜かれ、影野と、その松野のボールを止められなかった円堂がまとめて罰走になった。
っざけんなよバカゲノ!てめぇいい加減にしろよ手ぇ抜いてんじゃねぇぞ殺すぞ!松野はその小柄なからだのどこにそんな力があるのかと思えるほどにもがいて、羽交い絞めにする宍戸のわき腹や足や、前に立ちふさがった染岡を何度も何度もぶったり蹴ったりした。スパイクを履いた蹴りがやたらいたくて、そればかり染岡は考えていた。
円堂と風丸が同じように横から松野をなだめ、壁山がおおきなからだをちいさくして影野に手を伸ばす。助け起こされた影野は打たれた頬をおさえて、やけにしずかに激昂する松野をながめていた。
ああ、ごめんって言う。影野がうすいくちびるをかすか開いたので、染岡がそう想像すると、影野がそれを口に出す前に、鈍いおおきな音がした。円堂を押しのけた半田が、後ろから拳骨で松野の頭を思い切り打ったのだった。
あやまんなよ影野。お前わるくねーから。松野がまっかに充血した目でゆるゆると振り返る。てめーに何がわかんだこの野郎と、今度は半田に食いついていく。半田も負けじといつまでグチグチ言ってんだてめーが悪かったんだろと声をはり上げる。おだやかだった空気はあとかたもなくかき消えて、触れたら切れそうなひびわれた空気だけが狭い部室に充満していた。もうやめてくださいよマジでっと宍戸が泣き言を言った。すねから下の靴下がスパイクの歯に引っかけられてぼろぼろになっている。
ついに振りほどかれた松野の腕を、しかし今度は染岡がつかんだ。また後ろからその腕を宍戸がすくい、それでも結局蹴りが一発半田に入った。
そのとき、マネージャーに囲まれた監督ががらりと部室の扉を開けた。どうしたんだと呼びかける声に答えることができるのはやはり誰もいなくて、おそらく監督に注がれた視線は、自分の途方にくれたそれだけだったのだろうなと染岡は思った。普通なら天の助けとでも思えるはずの監督の姿は、その場では奇妙な闖入者でしかなく、ひびわれた空気をよけいにとげとげととがらせる程度の役にしか立たなかった。
ひどくうんざりして、染岡は半田を見た。ユニフォームの腰のあたりが蹴りつけられて汚れている。予想に反して半田はにっとわらい、その顔はあまりにもちぐはぐだったくせに、この空気にはいちばんしっくりきたような気がした。影野の頬がすでに腫れはじめて、その足元には少林寺がぴったりとからだを寄せている。暴れつかれて荒い息をする松野のうしろでは、宍戸がその三倍くらいつかれた顔をしていた。松野のまっかな目からはいつの間にか涙がこぼれていて、頬をしとどにぬらしている。
円堂が困ったように視線をただよわせた。だけれどそれにもだれひとり答えなかった。ひびわれた空気が徐々にふさがりはじめていて、とんだ茶番だと染岡はため息をついた。わらうことさえできなかったのに、それを見た半田の目から涙がひとすじ流れた。
たとえばお情けの一点でも喉から手が出るほどほしい。監督を押しのけて出て行く半田の背中を染岡は黙認した。あの手で松野を殴ったのだ。その煩悶にはいたいほど心当たりがあったけれど、それでも振り向いて影野の頬に指を伸ばした。そこはあつくて、それでも顔色がおどろくほどあおざめていた。あのとき息を止めていればよかった。影野はないてすらいない。
あの手で松野を殴ったのだ。外は夜になりはじめているのに、やけに煌々とした部室を、染岡もはやく出て行きたかった。だってもう済んだことだろう。松野はうつろな目をして影野を見ている。半田が決めたシュートは、染岡の記憶では一本もない。





呼吸とす
染岡と半田。
半田を口に出さずに理解する染岡と、松野から影野への屈折した感情。
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その日の影野は遅くまで部誌を書いていた。
多くの言葉を持たない影野は自分の考えを文字にしてみせるのが苦手で、他の部員が十分程度でさらさらっと書いてしまうそれを、その三倍も四倍も悩みながら書く。
その日もえらく悩みながら、でもなんとか一ページを埋めた。部室のトタン屋根にはごうごうと雨が降り注いでいて、ロッカーの中に常備しているやすいビニル傘を取り出した。
外に出ると雨が想像以上にすさまじくて、でもそれより雨水が滝のように流れ落ちるひさしの下に、肩を並べて座りこんでいた栗松と少林寺の姿に影野は驚いた。声をかけることもできずにいる影野に、あっ先輩おつかれさまですとふたりはのん気に頭を下げる。
鍵をかけながら、何をしているのか問うと、傘を忘れて、しかも強行突破もできないくらい本降りになってしまって困っていると、状況のわりにはのほほんと言う。ぱんと傘を開いて手まねきしてやると、ふたりは驚いたように顔を見合わせて、それでもちょこちょこと傘に入ってきた。ふたりとも影野よりずっと背がひくい。
職員室に寄って鍵を返し、三人連れだって校門を出る。家は。あっちです。ふたりは同じ方向を指差して、そうかと影野はつうとそちらに曲がる。持ちましょうかと栗松が気を利かせるが、どう考えても一番背の高い自分が持つのが合理的だと影野は思い、首を振った。振ってから後悔する。毛先が万一どちらかの目に入っては危ないと、傘を持っていない手で髪をうなじから胸元にまとめて持ってきた。ついでに肩にかけた鞄も背中の方にやってしまう。少林寺が先輩気ぃ遣わなくていいですよと言うので、影野は空いた手で頭を撫でてやった。
影野をはさんで栗松と少林寺はよくしゃべった。部活が終わってひさしの下にしゃがみこんでからもだいぶ時間があっただろうに、それでよくこんなにしゃべることがあるなと影野はなんとなく感心した。盗み聞きのようでなんとなく後ろめたかったので、なるべく話の内容を聞かないように意識していたら、先輩先輩と制服のはしをちいさな手が引く。
俺んちこっちなんで。少林寺が三つ辻の一方を指す。あっじゃあ俺走って帰るでヤンス。先輩は少林寺を送ってほしいでヤンス。栗松がそう言って鞄を頭に乗せようとするので、影野はぽんぽんとその肩をたたき、少林寺の背中と傘を栗松の方に押しやる。
頼む。ええっ先輩濡れちゃいますよ?俺が走って帰りますよ。俺が俺がと口々に言うふたりの頭を順番にそっと軽くおさえてやって、栗松の手に傘を握らせる。影野の手のつめたさに、栗松はびっくりしたように一瞬手をひっこめるが、それでも傘の柄を受け取って、不思議そうに影野を見上げる。
俺逆方向だから。くるりと背中を向けて、大雨の中歩き出す影野の耳に、ひと呼吸おいてええーというふたりの大声が届いた。それと同時に影野は駆け出す。なんとなく愉快な気持ちになってすこしわらった。聞かれなかったからなぁと心の中で言い訳をして、仲良く帰っていればいいとまで思った。
水溜まりをざぶざぶと渡った。空はまるで鉛のようで、ないているようなひどい雨だった。胸の前に回した髪は走るたびにばらばらとほどけて、水分をたくさん吸ってひものようになった。制服はずぶぬれで、靴もめちゃくちゃで、教科書もぬれたろうけれど、でも今日は金曜日だから構わない。




ある金曜
豪雨の話。ただすきな三人をくっつけて出したかったおはなし。
やさしい先輩と、かわいがられる後輩。
宍戸は家族の話をあまりしない。
練習が終わったら、週に三日くらいはなんだかせわしなく帰ってしまう。宍戸はさほど練習に熱心な方でもないが、プライドのない人間ではないのでそれなりに真面目に練習には取り組む。一年生の中では(規格外の壁山を除いて)背が高くて、なんだかこれからもすくすくと伸びそうな、そんな予感のするひょろ長いからだや手足をしている。
正面から相手にぶつかろうとする選手が多い雷門の中では珍しく、小器用に相手をけむに巻いてしまうようなタイプで、普段なんだかんだと宍戸を叱ったり怒鳴ったりしている染岡さえも、気を抜いたらするりとボールを取られてしまう。
彼女がいるかもしれない、というのは少林寺の談で、少林寺と同じクラスのミキちゃんだかユキちゃんだかいう子と仲がいいと言う。ミキちゃんだかユキちゃんだかは宍戸の幼馴染で、小柄でふんわりとしたかわいい女の子らしい。少林寺のことをあゆちゃんと呼ぶミキちゃんだかユキちゃんだかは、宍戸のことをさっきーと呼んで、話すときにはにこにことわらう。
宍戸はオレンジのひつじのようなふわふわの頭をしていて、それに目がおおわれている。ウール100パーセントっすよ、と自称するその頭ははたいてやるともふっとして、風が強いときにははたくほど砂ぼこりがたくさん出てくる。
勉強はあまりすきではないようだが、やったらやっただけの成果が出るし、サッカー部を勉強ができる順に並べたら、半分くらいには入ってしまう。目には見えない場所での努力、というものか、傍目には全く勉強なんかしていないように見える。
すききらいはあまりないようで、だけれど取り立ててこれがすきだ、と好んで食べるものもないように思える。黙々と食べて、黙々と栄養にする。それでも食べること自体はきらいではないらしく、残しもせずにたくさん食べるし甘いものも人並みに食べる。
あーそうっすね、と宍戸は言った。俺そういうのあんますきじゃないっすから。早々と着替えを済ませて、鞄を肩にかけている。あまり表情が伺えない宍戸は、なんとなくつらつらっとしゃべる。つーか彼女いないっすよ。あの子はただの友達。彼女は欲しいっすけど別に今じゃなくてもいいかなって思いますし、そんなモテる方でもないんでそれはだいぶ先っす。んじゃ今日用事あるから帰ります。また明日。おつかれさまっす。
基本的に明るくて話好きで人当たりのいい宍戸だが、あわただしく早く帰ってしまう日のことを、だけれど誰にも話さない。何をしているのかとか、どこに行くのかとか。
宍戸のスパイクはいつもロッカーの端に揃えられている。先っぽの方が破れかけているので、そろそろ変え時だなと以前話していた。だいぶ前からそんなことを言っていたはずだが、よほど足になじんでいるのか、変え時はなかなかやってこない。
宍戸は家族の話をあまりしない。





むじな
ちょっと意味深な宍戸の話。宍戸すきだ。
腹が減ったと思い始めたらもうそれしか考えられなかったので、ペンケースの中に入っている数少ない筆記用具の中からあかペンを取り出してシャーペンとまとめて握った。箸のつもりで指に挟んで、消しごむをつまんだり落としたりする。教科書のページの角をさんかくに折って、そこを挟んでページがめくれるかと試してみたがどうにもうまくいかない。シャーペンは先へいくほど細くなるし、あかペンはキャップのおかげでずん胴だ。なるほどとキャップを抜いてもう一度握り直すとチャイムが鳴った。がたがたと席をたつ音と、教科書をしまって別のものを取り出す音がどわっとあふれる。仕方がないのでキャップをぱちんとあかペンの先にはめて、次の時間に使う教科書を机の中からひっぱり出した。角がさんかくに折られた教科書としろいノートを閉じてかたづける。うまく入れないと机の中に収まりきらないので、この作業はけっこう神経を使う。あと一時間も腹が減りっぱなしなのでうんざりした。誰かのところに行って話をしたりする気分でもなかったので、またシャーペンとあかペンをまとめて箸のように動かしてみる。今日のひるめしはあいつのとこに行って食べようかなと思って、早く行かないと松野が来るなとも思った。松野はまたあいつの髪をいじり回して、でもあいつにもどうしようもないことだから結局変なくせをつけたまま、残りの一日を過ごすことになる。あいつには言っては悪いが、それを直してくれるような友達はサッカー部員以外にはいないだろうから。だから行って止めてやらないといけない。もしくは、松野が派手にいじくって飽きたあと始末をしてやらなければならない。そんな風なことを考えながら消しごむだけでは物足りなくなって、15センチの定規や、予備のシャーペンや、芯の入ったうすべったいケースなんかもつまんでみた。案外うまくいくもんだなとおもしろくなって、シャーペンと芯のケースをまとめてつまもうとしたら、力が入らなくてそれはもう派手に落ちた。机の上にじゃらっと芯が広がって驚いた。どうか誰も見てませんようにと思いながら、一本ずつあつめてはケースに戻す。何本かはばきばきに折れたので、 そういうのは床に払いおとした。机にすーっとくろい筋がつく。本当はこんなもので何がつまみたかったのかと考えたら、なんだかあいつのことばかりが頭に浮かんでくるくるした。そういえばあいつの顔なんてまともに見たことない。だったらあいつの前髪をはらって目玉でもほじくり出してつまんでやりたいかもしれないと思った。どんな色をしているのだろうと想像しようとしたら腹が鳴った。そのまま食ってしまうかもしれないと思ったところでチャイムが鳴って、きりーつれいと席をたつ。ふと見た指先がまっくろでぎょっとした。こんな色ならおもしろい。本当にそうしたらあいつはどんな顔をするだろう。わらってくれたらうれしいけれど、そんなことはないと断言できるくらいなのでタカノゾミはしない。ああ腹が減ったし授業はつまらない。なので少し寝る。おやすみ影野。






名前はまだない
染岡。影野に対するこの感情に、名前はまだない。
4番のディフェンスは大したことないなと、土門ははなから当たりをつけていた。
それもプレイ云々ではなくて気概が足りない。難しい話だ。
中学生だもんなぁと土門は携帯を開いて番号を呼び出す。実力伯仲ならより強く勝ちたいと、勝たなければと思う方が勝つに決まっている。
だから土門に負けはない。
練習試合で新入りに早々とベンチに引きずり下ろされ、それでも文句のひとつも垂れることのないあの4番を、今では同情だってできる。勝てば官軍、いつだってそうだ。
意外と繊細で正確なプレイをする物静かな4番を、土門はしかし嫌いではなかった。同じディフェンス陣の、やたら神経質でいけ好かないポニーテールや、土門が苦手な、ノリと勢いでなんでもできてしまうようなタイプの一年生二人よりは、ずっと。
派手な活躍こそないものの、いつの間にかいて欲しい場所にいるあの長髪の4番を、それでも土門は最初に選んだ。あの中ならば一番、蹴落としやすいと思ったからだ。
キャプテンが実力主義でよかったよねぇと心中かすかにわらう。帝国仕込みのサッカーだ。次も間違いなくスタメンだろうと土門は確信している。
いざ電話をかけようとしたときに、視界の端にその姿がちらりとよぎって土門は携帯を閉じた。肩から鞄を下げた影野が、こちらに向かって歩いてくる。
土門に気づいて、それでも足は止めなかった。いつも裏門から帰るらしい。辛気くさいから止めろと、いかつい顔の坊主頭はそれを見るたびに怒っている。
歩くたびに長い髪がさらさらと揺れる。足を止めずに、土門をちらりと見て、少しだけ頷くように頭を下げた。ひょろりとした猫背気味の影野は、そのまま前を通りすぎる。
ごめんね。目の前をよぎる指通りの良さそうな髪の毛に話しかけるように、土門は言った。レギュラーもらっちゃって。悪いね。
別に。そっけなく影野は言った。円堂が決めたならいい。それは心底そう思っているようだった。
認めちゃうんだ、俺の方が上手いの。たたみかけるようにそう言うと、影野は肩越しに振り向いた。口数が少ないし、長い髪に覆われて表情がわからない。それが不気味だと、チームメイトすら影野を敬遠する。
ああ。わずかばかり考えてから、影野は頷いた。うん。認める。
そっか。いいことだよ。自分の実力を客観的に見られるってことはね。土門はわらって言った。友達にするならお前みたいなやつがいいよね。
それは少しだけ本心だった。誰も彼もあつくるしい馬鹿ばっかりの中で、どこかひやりとした影野の側はなんとなく落ち着いた。
誰ひとり自分からは他人に心を開こうとしない、帝国の雰囲気に少しだけ似ていた。実力主義でぎすぎすととがっていくばかりの、あれは嫌な場所だと土門は思い始めている。
まぁ嫉妬しちゃうよ。だからそう言う。上手くなくてもいいみたいに言えるなんてね。
影野は何も言わずに、ちょっとわらった。その顔が思った以上にやさしくて、土門は思わず言葉につまる。
何か言おうとしたのか、鞄を肩に掛け直しながら、しかし影野は土門の手元を指差した。電話。鳴ってる。
はっと手の中の携帯を見下ろした。サイレントモードのイルミネーションがちかちかとあかく光っている。
慌てる土門に背を向けて帰ろうとしている影野の髪を、思わず手を伸ばして掴んだ。低い、くぐもった声がこぼれる。
掴んだつめたい長い髪と、手の中で音もなく鳴り続ける携帯を交互に見て、土門は急に泣きたくなった。
抵抗くらいしろよなと、おとなしく髪を掴ませている影野に視線をくれた。影野はいたいと言った。どうしようもなかった。
嫉妬してしまう。何にも染まらずに、もがくこともせずに、自分の居場所をちゃんと知っているような、そしてそれに満足しているような振る舞いに。
とんでもなくやさしいその後ろ姿に、無性に抱きつきたくなった。引きずり下ろして傷つけたはずだったのに、気づけば全部自分に返ってきていた。こんなに滑稽なことはない。
髪をぐいと引いて、結局それをしてしまった。ずたずたにした頬に触れた髪がひんやりとして、腕を巻きつけた首がほそくて、それだけでどんどんとかなしくなった。
携帯は落とした。あとからめちゃくちゃに怒られた。古傷が痛むので明日は天気が悪いだろうと土門が言ってやると、じゃあ中履きがあった方がいいと影野は言う。
かなしいのにわらってしまった。どうしようもなかった。終わってしまったことなので、どんなに願っても元には決して戻らない。
今日がまた終わってしまうと土門は目を閉じた。明日もまた嘘だらけの時間がやってくる。腕に少しだけ力をこめても影野は動かない。そのほそい首がとんでもなく、やさしい。





確実に今日は終わる
土門と影野。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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