ヒヨル 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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影野には休日にあまり遅く起きる習慣はない。せいぜいがいつもより一時間ほど遅く起きる程度で、それでも起きるとだいたい家の中はしんとしている。休日など関係ない様子の家人は、影野が見るかぎりいつもとても忙しい。ひとり分のラップのかかった朝食がひっそりとテーブルに置かれていて、朝はどうしても食欲がわかない影野は気が向くまでそれには手をつけない。
ながい髪の毛を洗面所でとかしてため息をついた。フローリングの床は、はだしの足のうらには少しばかりつめたすぎる。抜けた毛を一本つまみ上げてごみ箱に落とす、その緩慢なしぐさにいちいち朝の倦怠感がまといつく。血がからだにめぐりきっていないし、時計のはりはまだ九時にもなっていない。姉の部屋は扉がぴったりと閉められたままで、そっとそこをノックすると、今寝たばかりだからほうっておいてくれというような言葉が返ってきた。朝食がひとり分だったのはだからかと、影野も結局それに手をつけずに部屋に引っ込んでしまう。
着替えもしないで、ベッドの上でひざをかかえてまるくなる。半分ねているような起きているようなその感覚に、頭のさきまでしずかに浸かっていく。何もしない時間をつくることをいとわない影野は、この姿勢で過ごそうと思えば一日だって平気で過ごすことができる。感覚器官の大半をゆるやかに閉ざして、思考すら放棄して、からだの内側をどんどんからっぽにしていく。
しかしこうして時間を過ごすとき、からだの中からおい出されたものは毛穴だかなんだかからそこらじゅうの空気に発散していく。それは呼吸とともにまた影野の中にとり込まれるので、息をするたびに流れ出してしまったものは、呼吸を介して必ずからだの中に戻されてしまう。それがたまらなく苦痛に感じる瞬間がときどき訪れてそれに耐えることが、本当にまれに、できなくなる。なのでおい出すべくして出してしまったものをまた中に迎え入れるその感覚を、影野はすかない。
意識の裏側をざらりとしたなにかで撫でられるような、不愉快きわまりないその感覚は、ときどきともすればなきだしてしまいそうなくらいの衝動を影野にもたらす。そうしてそのくらいのちからづよいうねりを持ったなにがしかの感情が、自分の中にもあるのだというその認識が影野を驚かせ怯えさせ、それを疎ましがらせる。思い出したくないことはおい出すそばから意識にねじ込まれていくけれど、息を止めることだけは、どうしてもできない。
じんくん。部屋がしずかにノックされる。手のひらで叩くように、かわいたひらたい、よわよわしい音で。じんくん、ごはんたべなよ。姉の声ががさがさと嗄れている。きっとまた夜通しないて、さっきもないていたのだろう。じんくん。姉は人にすがることがとても下手だ。会話のすくない家族の中で、姉だけはたくさんの主張をする。それらは誰の中にもしずんでいって、しかし影野の中からは浮かび上がることはない。多くの言葉を費やすことをいとわない姉と、口を閉ざし続けることをいとわない自分。じんくん。姉の声がみるみる涙にぬれる。じんくん、ごはん、たべなよ。
今いく、と言おうとした声が、なぜか喉にからんだ。なきだす手前の、その一瞬のあつい静寂がからだの中にさざ波のように広がって、そのほかのすべてを駆逐していく。吊られたようにたち上がり、扉にそっとてのひらを当てた。なきじゃくる姉の声が痛々しく鼓膜を振るわせて、そうして影野は息を止めた。水を打ったような静寂が、自分のするなにかで消えてしまうことを恐れた。
扉をはさんでふたりともどんどんと絶望していった。部屋の中にはき出した自分の感情に影野はずくずくと傷つけられていく。動くこともできずにいる影野に、姉は答えの返らない言葉をなきながら投げてよこす。じんくん。じんくん。じんくん。影野のほほには涙は流れなかった。それはとっくにこの部屋の中に、はき出してつぶしてしまったものだ。空腹がようやく影野のからだに訴えかける。おいていかれた涙では到底、腹などふくれるものではない。







おいていかれたあお
影野とその姉。家族捏造。
なんとなく影野には姉さんがいそうです。
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終わった、と思った瞬間にたしかにからだじゅうの血液がものすごい勢いで引いていってがたがたとやたらにさむかったことを覚えている。あれは絶望などと呼ぶにはなまぬるいなまぬるすぎる。俺がなにもできなかったというただそれだけのことだ。ただ、それだけのことだ。しかもおれがなんとかしなければならなかっただろう場面でなんとかしたのは、拾ったユニフォームで試合に出た転校生だったのだから!(あの技の衝撃はきっと一生忘れられないと思う。ついでに劣等感も)。はじめて出会ってぶちあたってしまった壁におれは燃えることも憤ることもわすれてひたすらいらだった。なんとかしなければなんとかしなければなんとかしなければ。そればかりが頭をぐるぐると覆っていって本当にやばい本当にまずいを繰り返していた。
かと言ってあんなおおがかりなホンコン映画みたいな技はいちにちとかふつかでしかもあたまのつくりの思わしくないおれがどれだけあたまをひねってもできるものなんかでは到底なかった。おれはチャウ・シンチーでもなければウォン・ヤッフェイでもない。ましてやかのブルース・リーになりきったチャン・クォックァンになんかとんでもない。なんということだ。道は閉ざされた。ああもう本当におれは終わりだなんとかできないと終わりだと思いつめにつめた(その挙句に宍戸やら栗松やらをいいだけあしざまにののしった。たまに手も足も出た)。そんなどうしようもなく荒れたおれに、キャプテンがまたひとのいいことを言いながら付きあうのだ。おれはあいつは天使かなんかみたいにこころねのきれいなまっすぐなやつだと涙をながしそうになった。だけどあいつがそれ一点張りにするやればできるにはまいった。ほんとうにまいった。やればできるなんて唱えてなんでもできるなら今ごろおれたちは帝国に真っ向勝負で勝ってるよばーーーーっか!!!と言う気力もそがれるほどおれはたぶんめちゃくちゃまっすぐにがんばった。そんなことを思いつつおれはこころねのきれいなまっすぐなキャプテンにきっと感化されたのだ。がんばったなんて言葉がこんなに似合うがんばりかたはなかっただろう。おれはがんばった。
がんばりにがんばってだけどだいぶ難航して、おれはたぶんゆきづまってそのときはじめてつかれていることに気づいた。あいつがつかれているだろうなんて言うから。あまり無理をするなだのケガをするなだの。うるせーうるせーとそのときたぶんおれは言われるはしからその言葉をぶったぎっていった。悩みがなさそうなうっとうしいやつだと思った。そしてなんかうっとうしくおれを見てうっとうしくへたくそな言葉で気づかったりするものだから。宍戸や栗松とおなじように蹴ってやったらやっぱり宍戸や栗松とおなじようによろめいて、うざかったのでもういっかい蹴ってやったら倒れてしまった。ながい髪がぞろっと地面に広がって、そのときおれははじめて取り返しのつかないことというものを知った。あたまの奥のほうからそれまでなんともなく居すわっていたものたちがぜんぶ、目や鼻や口をめがけて殺到したような感じだった。夕日がしずみかけてもうほとんど暗くなったグラウンドでたぶんおれはなきまくったのだ。あいつのそばにうずくまって。
当然翌日ものすごくしにたくなった。しにたいくらいはずかしくなって柄にもなくあいつにおはようなんて言ってでもあいつはものすごく驚いた顔をしてなのにちょっとてれたみたいに、おはよう、と言いやがった。おれのゆうべの煩悶を返せ!!!と言ってやろうと思ったけど、着替えのときにあいつの横っぱらに蹴りつけたあとがうっすら残っていてまたしにたくなった。せめてスパイクは脱いでおくのだった。そうこうしているうちに技は完成したし、キャプテンもおれもおおよろこびしたけどあいつがそれを喜んだかどうか正直おれは覚えていない。本当なら転校生のあいつに触発されるまでもなくあのときあいつをスパイクで蹴ることもなくここにたどり着いているはずだったのだ。はずだったのに。のに!のに!!!


嗚呼おれたちの明日はかくあるべきではなかったか!!!!!?



おれたちの明日は今

どこにあるんだ!!!!!!
 



おれたちの明日はかくあるべきではなかったか
染岡と影野。実にあたまわるく仕上がって満足です。あとサンクス少林サッカー。
とは言うものの、大半が先生ルートだと思うんですけども。

(真・女神転生Ⅲノクターンマニアクスクロニクル、のネタバレを含みます)


先生→円堂、風丸、半田、壁山、栗松、少林寺
いかなる可能性をも秘めたあたらしい世界。
ここら辺はある程度、自分のおかれた状況に抗いながらもまっすぐに行けそうな気がします。
円堂はそれこそ義憤で動きそうです。友達は信じるし、大事だとは思うけれど、やはり自由という可能性を選びそう。アマラ神殿でヒジリが殺された時点で、ムスビルートからは手を引きそうです。そしてアサクサ襲撃で本気で切れる。どのコトワリも許せないと思えば、ある意味一番悪魔ルートに近いキャラかもしれないです。
風丸はなんとなく神経質なイメージがあるので、シジマルートに行くかもしれません。氷川の思想には共鳴できるかもしれませんが、千晶のマネカタ虐殺は許せないと思う。サカハギや千晶を否定=ヨスガを否定、なので、シジマ寄り先生ルート、ということで。ムスビは風丸には向かないと思います。
半田は流されるようにボルテクス界をさまよいそう。先生ルートに行く理由は、他のどのコトワリにもなじめないから。どれも端的すぎるよなぁ嫌だよなぁなんて思いそうです。それから半田はマガタマを飲むのもきらいそう。仲魔にすがるように生きていくような気がします。
壁山は臆病ゆえの先生ルート。あまりに大きな自己主張は壁山は苦手そうです。しかしアラディアに取り付かれた先生のマッド感もなかなかなので、ここで発狂するかもしれないです。しかし先生が正しいと心から思えば、一番力強く進みそうです。
栗松も半田と似たような感じだと思います。だけど栗松は随所でゆらぎそうな感じがします。それぞれの主張を、ちゃんと噛み砕けそうです。先生ルートにも完全にはなじまずに行きそうだなぁ。シジマやヨスガは違いそうですが、もしかしたらムスビに惹かれるかもしれないです。
少林寺はある意味潔癖に先生ルートを進みそうです。最初から他のコトワリになんか目もくれず、ただ日常回帰をひたすら願っていそうです。本当はボルテクス界の全てを根源からぶち壊してしまいたいんじゃないかな。あとアマラ深界にずっと入り浸ってひたすら鍛えてそうです。魔人は出てくる端から全て倒す。純粋ゆえの残酷さを遺憾なく発揮して、悪魔ルートもしくはアマラ深界エンドの可能性あり。

シジマ→宍戸、目金
感情を否定した、ただ整然とした秩序ある静寂の世界。
宍戸は別に名前が似てるからとかではなく、ものすごく繊細なメンタルを持つがゆえのシジマルートだと思います。自分のする懊悩や焦燥が、ときどき忌々しくて仕方ないと思っていればいい。そしてボルテクス界で出会うものものに、精神をひたすらすり減らしていきそう。精根尽き果てて、シジマにたどり着きそうです。氷川の語る世界のあり方に活路を見出してしまいそう。
目金は元の世界には戻れないと悟った瞬間にシジマルートに傾きそうです。いろんなコンプレックスを持ってそうだし、まず戦うことが嫌で仕方ないと思う。争いさえないシステマティックな構造の世界に、ものすごく根元の部分で惹かれそうです。シジマの世界が崩れると思えば、オベリスクを上りきっても先生を助けることができないかもしれない。

ヨスガ→豪炎寺、染岡、マックス、土門
弱者を駆逐した、力あるものだけが生き残る世界。
豪炎寺はなまじ最初から人修羅として力を持ってしまっているために、より強いものを駆逐していくという行為自体に意味を見出しそうな気がします。力をつけてボルテクス界で生き残るという目的が、より強い力を求めるという願望にすり替わりそう。強くなるためには犠牲を惜しまないと思う。
染岡は力がないことが悪いことだ、という考えをしそうな気がします。特に命のやり取りをするような場所では。それが生き残る方法だ、とわかれば、いくらでも貪欲に力を求めてしまい、そのために虐げられるものには目を向ける余裕がなさそう。マネカタとか。ゴズテンノウに気に入られそうです。
マックスにはものすごく研ぎ澄まされた部分があるのではないかと思います。器用だということは、どんなものでも柔軟に受け入れられるということですし、力がないとそれを受け入れることすらできないかもしれない。自分らしく生きるにはやっぱりある程度の力はいるよねーみたいな、軽い感じ。
土門は力がないせいで守れなかったもののことをずっと悔やむと思います。強いものに蹂躙される弱者を守るには、自分が力をつけなければならない。でも相手が強くなるからもっと自分も強くならなければならない、という無限ループ。ふと気がつけばヨスガに染まっていて、自分が蹂躙する側に回っている。

ムスビ→影野
他人を拒絶した、完結した個人の世界。
影野の世界はやはり彼の中だけで閉じているのではないかと思います。踏み込まれることを何より恐れる。他の全てのコトワリに共感を覚えず、目を背けた結果のムスビルート。本当は敵を殺すという関わりすら持ちたくないと思う。だから仲魔も最小限。たったひとりでボルテクス界に放り出されたならひとりで行くしかないと、わりと早い段階でムスビルートが確定しそう。
というか勇がムスビのコトワリを開くあのシーンは、ぜひ影野にやってもらいたい。ぽんっと浮いてひざを抱え、そこをまるくマガツヒが覆い、さらにそれをノアが飲み込む、というあのシーン。あそこすごくすきです。でも影野はきっとヒジリを殺すことはできないだろうなぁ。


ついでにそれぞれのマガタマ選び。取得してほしいスキル。
円堂→マサカドゥス(万能属性以外全攻撃無効。メギドラオンと汚れなき威光)
風丸→グンダリ(衝撃吸収。螺旋の蛇)
豪炎寺→ガイア(物理に強い。デスカウンターと地母の晩餐)
染岡→ヴィマーナ(神経無効。ジャベリンレインと冥界波)
半田→マロガレ(ノーマル耐性。貫通。初心忘れるべからず)
マックス→ムラクモ(物理に強い。精神・神経・魔力無効)
影野→サタン(呪殺無効。死亡遊戯。カリスマは不要)
土門→ゲヘナ(火炎吸収。マグマ・アクシス)
目金→ゲッシュ(破魔無効。メディラマ、ディアラハン)
壁山→カムロギ(物理に強い。猛反撃と鬼神楽)
栗松→ソフィア(破魔無効。サマリカームとメディアラハン)
少林寺→ムスペル(バッドステータスに強い。テンタラフーとゼロス・ビート)
宍戸→アダマ(電撃反射。ショックウェーブと電撃吸収)
ちなみに鬼道さんはカイラース。メギドラと至高の魔弾。
19話感想
練習が終わった直後になにげなく足をふみ出したとたん、ぷつりと実にかるい手ごたえでスパイクのひもが切れてしまった。そのまままっすぐ部室にもどり、カバンの内ポケットをさぐって染岡は舌打ちをする。予備がたしかあったような気がするのに、指にさわるのはじゃりじゃりした砂ばかりだ。
おい誰か靴ひも持ってねえ?その呼びかけに、おのおの着々と着替えを進めるメンバーたちは、持ってねーよだのわりーなだのすいませんだのそのくらい用意しとけよだのとにべもない。あーあーと染岡は右のスパイクを脱いでかかとに指をひっかける。帰りにスポーツ用品店に寄って帰ろうか、でも遠いしめんどくさい。そんなことをぐるぐると考えていると、これでよければと目の前にふっとひもが差し出された。
影野が横からおずおずと差し出したそれを染岡は手に取ってから、ああ影野だったのかとつぶやいた。これでよければともう一度影野はくり返し、全然いいよありがとなと染岡はパッケージを見た。三足ぶんの靴ひもがセットになっているそのなかには、二本の靴ひもをまとめて結んだものがふたつ入っている。一度あけられたパッケージののりの部分は丁寧にまた閉じられていたが、指をかけるとそれはあっけなくひらいた。
ついでにもう片方のも変えてしまうか、とスパイクを脱ぐと、よければ手伝うけどと影野が言う。いらねーとよ一瞬言おうとしたが、着替えを終えていないのが自分と影野のふたりだけだったので、じゃあ頼むと右のスパイクを渡した。部室の壁ぞいに置かれたベンチのまん中に陣取っていたことに気づき、染岡がからだをずらすと、隣に影野はすっとすわる。ふわりと髪の毛がほほにさわって、ひもをほどこうとした手がすこしゆれた。
パッケージから取り出した一本を渡してやると、それを受けとった影野の指がよれよれの靴ひもを丁寧にほどいていく。ふと影野の足もとを見ると、今手にしているのとおなじ靴ひもが結ばれていた。染岡の靴ひもは適当に穴にとおして最後はぎゅうと引っぱって締めてしまうために、いつもねじれてがたがたになっている。影野の靴ひもは逆にやたら几帳面にきっちりと締められていて、それはどことなく、丁寧に編まれた髪の毛を想像させる。
お前って器用?泥のしみ込んだひもをぐいぐいと引っぱって外しながら染岡がたずねると、そうでもない、と影野は淡々と言う。影野はとっくに靴ひもをはずしてしまっていて、よじれた部分を指でのばしたひもを、なれた手つきで穴に通していく。でもうめーよな。そう言ってやると影野は顔を上げ、自分の手元と染岡の手元をじゅんばんに見て、染岡よりは、と言った。うるせーよこんなもん上手くできても意味ねーよと肩をいからせると、影野は息をぬくようにふふっとわらった。
いつの間にか部室からは人影が消えていて、蛍光灯がちかちかとまたたいている。しんとした空気にひもと靴の生地のこすれる音だけがかすかに落ちていって染岡はぐるりと首を回した。影野の横顔はながい髪にかくれてしまって見えない。ユニフォームからのぞくひざの骨がまるくでっぱったりくぼんだりしていて、右足のそこにはひらたくおおきな絆創膏が貼られている。あれはなんのときのケガだったかと染岡が考えていると、こんこんとベンチが振動する。顔を上げた染岡に、できた、と影野が靴を持ち上げて見せて、染岡は手元を見下ろす。全く進んでいない。
げっお前はえーよ、俺ぜんぜんできてねーしと染岡は照れかくしにまくし立てる。染岡は不器用なんだな。ちょっとわらってつぶやくように言った影野のその言葉が染岡のなかにまるく沈んで、首のうしろのあたりがざわざわした。無言でスパイクを差し出す。かわりにやってくれという染岡の意図をすぐに汲んで、影野がそれを受け取る。そのときにさわった指先が、ひんやりと砂でざらついた。
染岡のそれよりもずっと影野の指先は器用にうごいて、スパイクをはきながらそれを見つめていると奇妙な気分になった。影野の手は指がながいがうすくてほそい。自分の手とどちらが大きいだろうと染岡はそれを広げてみた。指紋のみぞに泥がこびりついてかさかさとかわいている。いつもやたらかっかとあつい染岡の手とは逆に、影野の手はいつもつめたい。
自分たちはこんなところで何をしているんだろうと、急激に現実感が遠ざかってしまって染岡はゆれた。部室のすりガラスの外はとっくに暗くなっていて、なのに自分はこんなところから動きもしないでいる。影野の横顔はやはり髪にかくれて見えない。その指先がしろくかすんでいる。つめたい指先だった。影野、と呼びかけようとした寸前、できた、と意識にすべりこんだ影野の声に、染岡は急速に現実へ引き戻された。
差し出された靴をだまって受け取った。何故だか心臓がばくばくと鳴っている。影野が手渡すスパイクに、いそいで足をつっ込んだ。なんとかしてとどまらないといけないと思った。丁寧に編まれた髪の毛のような靴ひもの、両足のスパイクが奇妙に重い。影野、と結局たまらずに染岡は呼びかけた。影野はなにも言わない。言うべきことがない。言うべきこともないのに染岡だってなにもできない。切れた靴ひもを手にして、影野は染岡をゆっくりと見た。途方にくれたような気持ちで、やわらかなその髪に染岡は触れる。染岡は不器用だなと言った影野のことばが泡のように胸のあたりに浮かんできて、それを吐き出すまいと染岡は息を止める。もしも器用ならばどうにかできていたのだろうか。影野の手に、ふれたい、などと思わなくてもよかったのだろうか。心臓がばくばくと鳴っていて、伸ばした指は影野のつめたいほほにふれた。とどまらなくてはいけないと思った。だけど影野はなにも言わない。どうかしてもとどまるべきだったのだ。わからなくてもよかったのだ。
影野のひざのケガは染岡と接触したときのものだった。泥ですりきれた傷を影野はなんでもないと言って、そのむこうで夕日がおどろくほどあかかった。思い出さなくていいことばかりを思い出して染岡はひどく後悔した。だから靴ひもはその日のうちにほどいてしまった。




夕焼けを終えて
染岡と影野。基本的に染岡が影野に対して屈折している感じで。
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