ヒヨル 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

少林寺の足は身長に比較すると大きめで、親指がすんなりと伸びたきれいな形をしている。ひらべったい貝のような爪と、海外モデルの少女のそれみたいな優雅なカーヴの土踏まず。使い込まれてがさついたかかとや親指の付け根がかすかにあかく色づいていて、水から上がったばかりのひふはなめらかにくたびれている。少林寺は派手な靴紐を指で引っかけて、白地にそらいろのラインが入ったスニーカーをぶら下げている。くるぶしがやけに出っぱった裸足の足首が、奇妙になまなましく思えて影野は目をそらした。息がつまる。ユニフォームのポケットからくしゃくしゃの靴下を出して左だけ履き、それからぶら下げていたスニーカーをぱたんと落として片足ずつ突っ掛ける。右の膝からふくらはぎにかけて広範囲に擦りむいた傷が消毒液と血でてらてらとひかっていて、それが少林寺の動作をぎこちなく重たくしていた。いたそー、と音無が棒読みみたいな口調で覗き込んでいる。
精度の高いプレイをする少林寺にしては珍しく、カットミスでえらく派手に弾かれていた。ぶち当たったのは半田でそのことに大げさなくらいにうろたえ、豪快に怪我をした少林寺をおぶってあっという間に手洗い場まで走っていってしまった。そのときにスパイクも破損して、今は交代要因でベンチに収まっている影野の隣の『負傷者席』でつまらなそうな顔をしている。影野のさらに向こうから目金が心配そうに何度も身を乗り出してくるが、少林寺はそれには気づかずに歯の部分がべろりと剥離したスパイクを所在なげにいじっていた。監督がぬっと後ろから少林寺を覗き込み、痛いか、とみじかく尋ねる。少林寺はそれには答えずに、スパイク壊れたし、とくちびるを尖らせた。そうして影野の方を向き、ね、と小声で同意を求める。影野が答えに窮していると、監督の分厚くおおきな手のひらが少林寺のあたまをあやすように撫でた。すぐになおるよ。ほんと。ほんと。よかった、と少林寺はようやくくにゃりと背中をまるめ、それと同時に目金の方から安堵のため息が聞こえた。
プレイ中のグラウンドからは半田がせわしなくベンチに視線を投げかけている。少林寺はそれに気づいて、左足をぷらぷらと揺らしながら両手を振った。半田もそれに応えるように手を振り、それとほとんど同時に松野のドロップキックで吹き飛ばされる。詰め寄る半田にジャッジスルーの改良版云々と講釈を垂れる松野を見ながら、少林寺はあはははと気楽にわらっている。怪我。影野は小声で問いかける。痛くない。痛くないですよ。少林寺はにこりとわらう。そう。先輩も監督も、気にしすぎです。そうかな。それにスパイクのが重傷ですよ。またマァマに怒られます。ふふふ、と影野はひくくわらい、半田が見てるよ、とグラウンドを指さした。
言われた通りにグラウンドに視線を向ける少林寺の、つるりと乾いた消毒液のひふにきまりわるく視線を落としながら、それでも影野も、よかった、と思った。少林寺が自分に対してぶつけてくるものに、往々にして影野はひるむ。ね、と囁かれたあのちいさなちいさな一言が、そこに潜む過剰なほどの親愛や遠慮が、会話としてならとっくに押し流されてしまった向こうから今もまだ影野の喉のあたりをじりじりさせている。少林寺は決して組織にも個人にも従順な質ではなく、それでも影野に相対するときにだけ、少林寺はその傲慢さにほとんど病的な素直さをまとってしまうのだった。いつまでも部屋になじまない拾いものの動物みたいに、聞き分けのないお仕着せの子どもみたいに、少林寺が素直さでもってぶつけてくるものはいつでも影野を居心地のわるい気分にさせる。しかもそれだけじゃなく、その病的な素直さは自らよそおう少林寺にすらちぐはぐで、いかにも慣れないししっくりとはこないのだ。いかにも親しげにわらいあったり寄り添ったりしながら、まるでお互いにお互いを、世界で一番疎んじているみたいに。どうせなら。おざなりにわらいながら影野は思う。栗松や宍戸に対してするみたいに、居丈高で傲慢でいてくれればいいのに。そうしてくれたら、こんな風にかける言葉に詰まったりはしないのに。きっと。今よりはもっと上手に、親愛だろうとなんだろうと、してあげられるのに。そうしたっていいと今だったら思うのに。
ほほを片方ずつ膨らませながら、少林寺のちいさな手のひらが片膝の汚れを擦り落としている。つくりものみたいな足が、目に見えないものをかき混ぜていた。だらだらとぐるぐると、なにもしないことをいとおしむみたいに。ひょっとしてこの子とわかり合うことは、一生を費やしてもできないことなのかもしれないと影野は思った。後ろから手を回して前髪をそっとさわると、少林寺は大げさなくらいにびくりと肩をふるわせて振り向き、そしてゆっくりとわらった。ゆっくり、ゆっくりと。密な親愛をひそやかにのぞかせて。その表情に胸の奥の方がくしゃくしゃにきしんで、影野はそうっと息を吐く。伝わることもなくて、わかり合うこともできなくて、それでも今ここにふたりはいてしまうのだから、決して嘆くべきではない。わらって受け入れ、咀嚼して呑み込む。そうするべきなのだ。一生を費やしても叶わない、つくりものみたいな夢の代わりになら。







明日は雨かもしれない
影野と少林寺。
PR
『神様が大地と水と太陽をくれた』
『大地と水と太陽がりんごの木をくれた』
『りんごの木が真っ赤なりんごの実をくれた』
夢の中でおかしいほどに孤独な夜の、その翌朝にはさびしくて誰でもいいので手を伸ばしたくなる。朝食を億劫がりながら摂っている間なんかはもうさびしくてさびしくて死んでしまいたくなるくらいに心細いのだが、家を出るころにはもう別のものがちゃんと意識を包んでいるので大丈夫なのだ。太陽のまわりだけまるく削がれたような重たい曇天が、やんわりと重力のてのひらで染岡のあたまや肩を押しつけている。おはよー、とか、おーす、とか言いながら自分を追い抜いていく友人たちの指や背中が、視線のずうっと先でわらわらと粒になって寄り集まる奇妙な感覚。後ろからすごい勢いで女子生徒が自転車を立ち漕ぎしてきて、その透明なくらいしろいひざの後ろとそれに連なる足の見とれるくらいにきれいなひふが、それ自体発光しているような鮮烈さでもって網膜を打ち抜いていった。意識の中身がゆっくりとゆるんでぐずつく。嫌な朝。嫌な感じ。
『まるで世界の始まりのような朝の光と一緒に』
席について鞄を開けて、あ、と染岡は言葉を飲む。数学の教科書が入っていない。ちっと舌打ちをしてしぶしぶ席を立ち、染岡は教室を出た。影野の教室を後ろの扉からそうっと覗き込むと、それに気づいた知り合いの何人かがおーすと寄ってくる。よう。よ。なんか用事。あー、影野いる。影野ぉ?影野ー。ひょろひょろとせいの高いバレー部の友人が、一度教室の中を振り向いて見渡し、来てない、と首を振った。めずらしーな。な。影野になんか用事あんの。教科書忘れた。貸してくれ。別にいーけど、なに。数学。今日うち数学ねーよ。まじかよ。早く言えよ。知らねー。友人たちはげらげらとわらい、隣はあったよと指をさす。さんきゅと軽く手を挙げてもと来た廊下を引き返すうちに、朝しっかりと包んできたはずの意識がぐずぐずに染み出してきてべたついていることに気づく。脳の内側にどろりとさびしさを塗り込めたような、空虚で不快な嫌な感じ。隣のクラスの半田からよれよれの教科書を借りて教室に戻る。机の上で開いたままの鞄の中からは今朝方の自分が覗けていて、中身を全部ひっくり返して空っぽのそれをロッカーに投げた。
『何ひとつ言葉はなくとも』
焼却炉にごみを捨てに行く途中、飼育小屋の前にしゃがんでいる女子生徒を見た。空の小屋の金網のすき間に、草を山ほど押し込んでいる。ぎょっとして思わず遠くからその横顔を盗み見たが、むしろどこか穏やかな表情をしていた。目の力強さが少しだけ木野に似ている。焼却炉にまるいごみ袋を押し込みながら、染岡は思い出していた。今朝の通学路で、立ち漕ぎで自分を追い抜いていった彼女のことを。草を押し込む彼女の指は、曇天を削ぐ太陽のようにしろくまぶしい。無言でそこにしゃがみこんで、それでも彼女は驚くほどに力強かった。空っぽの小屋は宝箱みたいだった。愛情で丁寧にぴったりと覆われた、空っぽでさびしい宝箱。センティメンタルに釘をさすつもりなんかなかったけれど、染岡は直感のように思った。もしも自分がだれかに恋をするなら、それはこういう女と、ひっそりと孤独に始めるのだろう。部活に影野は来なかった。そのせいで松野は終始不機嫌だった。金網に詰められた草はしおれてかさかさになっていて、夕陽がうなじを焦がしていく。まるで茶番劇のように、あらかじめ決められていたように、染岡は見てみたいと思ってしまう。影野の空っぽのロッカーの中に、押し込められている有象無象を。
『あなたはわたしに今日をくれた』
やがて夢の中で、脱皮するみたいに起き上がった影野が、骨みたいなしろい脚でつよくつよく歩いてゆくのを、染岡はまぶしいものを見るように送った。葛藤や鬱屈をいっぱいに抱え、それでもそれしかしらない嬰児のように、どれだけ打ちのめされてもいつの間にか影野は歩いてゆく。染岡が気づくよりずっと前に、たったひとりでそれを始めてしまう。染岡は目を閉じた。耳元で誰かが泣いている。影野がふつりと立ち止まり、名前を呼びながら振り返る聖なる幻想。失ってしまったことには、今すぐにでも気づかなくてはならなかった。だけど誰が責められる。彼のきよらでまばゆいその指の甘しことを。いつの日か消えてしまうものたちを、拾い集めた透明な宝箱に、永遠という鍵をかけて、それがすべてだと信じていたかった。分かたれないものを分かち合おうとする。ぼくらは孤独でさびしくて、思い出を燃やしてきみを、または、ぼくを繰り返す。
『そうしてあなたはじぶんでもきづかずに
あなたのたましいのいちばんおいしいところを
わたしにくれた』
その代わりきみは希望なんてくれなかった。







たましいのいちばんおいしいところ
染岡と影野。
谷川俊太郎「魂のいちばんおいしいところ」より。
サッカーなんて飾りです。偉い人にはそれがわからんのです。
嘘がうまいひとになりたかったと思う。周りがみんなよくわからないひとばかりだったのだ。たまに遠くと近くがちぐはぐに見えたり、そのせいでぶつかったり転んだりすることが多かった。鼻はその名残で、いまだに少し歪んでいる。父方のじいちゃんはおまえはロンパリでかわいそうだ、というようなことをよく口に出して、父親とか母親とかにいやな顔をされていた。ばあちゃんは特になにも言わなかったけれど、ときどき左のまぶたに指を当てて、ここを見てごらんと不思議なことを言う。じいちゃんは今ではロンパリと言わなくなったけれど、これは今も習慣として続いている。視界にぼやけて映るばあちゃんのななめになったつめたい指。周りはみんなよくわからないひとばかりだった。何もかもおかしいと思っていて、それは今も引きずっている。どうしてかはわからないが、車に乗るのもあまりすきじゃなかった。信号はひとりでは絶対に渡らせてもらえなかった。
ときどき影野が自分をじっと見つめていることを、栗松は変なひとだなと思いながらもかすかな嫌悪感とともに甘んじて受けていた。不注意なのかなんなのか、栗松は練習中によく他のプレイヤーと接触することが多い。体格差でだいたいは栗松が弾かれるのだが、そうして怪我をするそのたびに影野は栗松をじっと見ていた。なにかを考え込むように、じっと。
以前、ひとのめったに通らないふるくてぼやけた歩行者用信号の前にずっと立ち尽くしていたら、近所のひとが不審な目でこっちをうかがっていたことがある。別にすきで立っているわけではなかったのだが、あのときのかすかな、本当にかすかな嫌悪感にそれは似ている気がする。嫌悪感と、不条理。自分の周りには、よくわからないひとがたくさんいる。理由がまるでわからない。そのあと後ろから来た自転車のおっさんと一緒に信号を渡って、それから二度とその道を通らないようにしようと決めた。そうやって少しずつ、自衛を身につけている。
栗松、と呼び止められたときに、部室にはふたりしかいなかったので居心地が妙に悪かった。なんですかと振り向くと、ちょうど逆光になった窓際に影野が立っていて、そのシルエットが不気味で気持ち悪かった。影野は骨がでっぱった肉の薄いがたがたの手首と指をしている。その手が、ぬうと栗松の額に触れた。栗松の家族は。ぼそぼそと呟き、そこでうん、と考えるように首をひねり、嘘が上手だね、と言った。は。なにを言われているのかよくわからなくて栗松がぽかんと口を開けると、だって知らないんだろ、と陰気な口調で影野は続けた。重たい前髪の下から重たい視線を寄越しながら、にこりともせずに続けた。
少林寺と一緒に弁当を食べていると、おまえってときどきすごいとこ見てるな、と言われたことがある。意味がわからないので首をかしげると、少林寺はじれったそうに左目のまぶたを(ここを見てごらんとつめたい指でやさしくさわるばあちゃんのように)押さえて、こっち、と言う。左、たまにすごいとこ見てるよ。それでも何のことかよくわからなくて黙っていると、少林寺は驚いた顔をして、それからちょっとわらって、そうだよなとへんにやさしく言うのだった。自分のことじゃわかんないよね。別におかしくないよ。おかしいとかおかしくないとか、まずそれがよくわからないので適当に神妙にうなづいておいた。にんじんとブロッコリは口に入れるまで区別がつかないということは、そのときは黙っておいた。
歩行者用信号、上と下で違う色してるんだよ。影野は陰気な視線で陰気な口調で、それなのにやけにせつなげに、そう言った。にんじんとブロッコリは、色で区別がちゃんとできる。あと、壁山と宍戸って、髪の色違うんだよ。栗松はまばたきをする。影野が一瞬ものすごく遠くに遠くに見えて、だけど次の瞬間には額に手を触れてそばにいた。うすいくちびるが動いている。奇妙に、陰気に、それ以上に痛々しく。知ってた。知らないんだろ。
(知らないんだろ)
それから数年後、ひとりで信号を渡ろうとしてそれは見事に車にはねられた。血がものすごく出たけどただ鉄くさいだけの液体だった。あっという間に病院に運び込まれて、ついでに目の手術もしてくださいと母親は頼んだらしい。再生不可の左の鼓膜と左目をぐるぐるに巻かれて、そんな風にしておいて神妙な顔で医者は言う。うんてんめんきょのしゅとくわおすすめできません。ひかえられたほおがいーかとおもいます。わるいことわいわないのでやめておきなさい。みどりとあかの、緑と赤の区別がつかないのは致命的です。ちめいてきです。
十八のときに免許を取って、あのときの手術が斜視矯正のものだと知った。じいちゃんはもうロンパリと言わないし、ばあちゃんがつめたい指でまぶたを押さえることもしなくなった。信号の区別はまだできないので、上下左右で覚えて理解した。嘘がうまいひとになりたかったのは、周りがみんな嘘をついているからだと思っていたし、あの頃確かに自分は限りなく自分だけの世界に棲んでいた。望みもしなかったのに。周りには今もよくわからないひとがたくさんいて、だからあの頃身につけた自衛をいまだに全身にまとっている。自分にはそうするしかないと気づいてしまったのだ。陰気な口調で知ってたと問われて、知らなかったとしか答えることのできなかった自分には。
栗松が自分が色盲だと知ったのも十八のときだった。嘘がうまいひとには、今もなりたいと思っている。








だって!本当は!クレイジー!
栗松と影野。
栗松が色盲で斜視だといいな、というはなし。あと影野がアスペルガーだとこんな感じかな、というはなし。
※ただしイケメンに限る
[41]  [42]  [43]  [44]  [45]  [46]  [47]  [48]  [49]  [50]  [51
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]