ヒヨル 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

顔どうしたの、と木野が首をかしげながら、冬海のまばらに髭のはえたほほをあかくよぎる擦り傷に触れた。なんでもありませんよ。木野の髪の毛に指を差し込みながら冬海はぼつりと言う。木野は一瞬疑うような目をして、それから冬海のあたまを自分の素肌の胸にそっと抱き寄せた。きめの細かいすべらかなひふに額を押しつけながら、冬海は眠るようにゆっくりとまばたきをする。しろいそこに歯を立てると木野が息を飲んだ。先生、髭ちゃんと剃ってってば。そうですね、と形ばかり返事をしながら、冬海の意識は半ば心地よさに浸って眠ろうとしている。木野のからだからはよい香りがする。他の誰がしかの痕跡を、木野は絶対に残してはおかない。狡猾で利発なうつくしい少女。冬海はぐらりと木野を引いて横たわった。嫌なことは眠って忘れる。傍らに木野を横たえて、そうでないと最近はよく眠れない。
土門が冬海を殴ったり蹴ったりするのは、まぁ腹いせだろうな、と思う。思いを寄せる少女がこんな小汚い中年と寝ていると知ったら、それは腹だって立つだろう。だけど土門の怒りはお門違いだ。木野は土門とだってちゃんと寝ているし、たぶん他の、もっと別の少年とも関係を持っている。木野の相手はサッカー部にもいるし、土門はそれには口を出さない。要するに臆病なんだな、と冬海は早々に結論付けた。ねえ。土門がすれ違いざまに冬海のむこうずねを蹴飛ばす。あんたまだ秋と寝てるの。その拍子に落とした教材を拾う冬海の手を、土門の上履きのかかとが踏んだ。きたねぇおやじのくせにさ、教え子に手ぇ出すとかあたまいかれてんじゃないの。ぐり、とかかとをにじられてひふがよじれた。わらってしまう。
そのまま足をあげて、土門は冬海の横っ面をかるく蹴った。もうおれの秋に近づかないでくれるかな。あんたと穴兄弟かと思うと死にたくなるんだよね。たまらずに冬海はため息をつくようにわらった。もう遅いんじゃないですか。冬海は片手に教科書を抱え、もう片手で蹴られた箇所を物憂く撫でた。そんな言葉で手に入れようとするには、彼女は大きすぎるんじゃないですか。土門は爬虫類めいた目を剥く。わたしは彼女のからだだけでいいんです。愛がほしいなら、それはきみが持っていきなさい。もっとも(、と冬海は引きつるようにわらう。)そんな難しいものが手に入るかどうか、わたしにはわかりませんけどね。ああそれと。冬海は去り際に、立ち尽くす土門ににやりとくちびるをゆがめた。わたしもあなたとおなじ場所に突っ込んでると思うと、吐き気がしますよ。土門くん。
先生は嘘つきだねと木野はやさしく言い、冬海の色素のうすい髪をそっと撫でた。しろく形のよい木野の脚の先で、こっくりと濃い色のペディキュアがキャンディみたいにひかっている。そこをじっと眺めながら、冬海は今さらながら後悔していた。からだだけで構わないなんて、たとえ嘘でも言うのではなかった。このままふたりでいられたら。その言葉を遮ったのは木野の華奢なしろい指だった。先生なんてだいきらいだし、わたしはわたしを誰にもあげないの。先生は嘘つきだけどよわい人だから、きっとわたしはいらないと思う。その指をあまったるく噛みながら、冬海は木野のキャンディの爪がちらちらとにじみはじめるのを感じた。わたしはわたしを誰にもあげないの。木野がひとりごとみたいにむなしく繰り返す言葉が、冬海の心の奥をゆるくえぐる。
いつかここを去るときが来たら。冬海は教壇に立って、だらしなく頬杖をついたまま燃えるような視線を隠しもしない土門をひややかに眺める。そのときにわたしは耐えられるのだろうか。黒板に向かうと、無防備な背中にノートが飛んできた。冬海はそれを無視する。いくつも沸き起こるひそやかな嘲笑。ただ無力になくすだけでは、きっとわたしは耐えられない。力を入れすぎたチョウクがこまかく砕けて崩れ落ちた。しろく穿たれた意味のない動揺。再びそれを拾い上げようとした指が、いつも心の片隅で意識を差していたはずの予感にわなないた。そのときまでには捨ててもらわねば。そのときまでに、忘れなければ。冬海は肩越しにゆっくりと振り向いた。あの子の声で、あの子の手で、いらないわたしを捨ててもらおう。
そしてそれは叶わなかった。冬海は孤独のまま去り、木野は最後まで冬海と目を合わせることもなかった。目の奥ではいまだにあのときのキャンディの爪がまぶしいくらいに輝いていて、それだけで冬海は木野と繋がっていた。繋がっていたかった。もう叶わない。理想ばかりを振りかざす脳みそならば、腕も脚も必要ない。わたしはひとくきのあし。巡らせる思索が永劫の遊び。






わたしはひとくきのあし
冬海と木野。
PR
リクエスト文すべて書き終わりました!
本当に本当にありがとうございました。
ちょうど書きたい時期に重なっていたので、もう筆が進む進む。自分でもびっくりの勢いで書かせていただきました。
何がすごいって、わたしのツボを外したリクエストがひとつもなかったというのがね。すごいですね。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
また機会があれば、ぜひ皆さまの思う雷門中を聞かせて、そして書かせてください。

さらにここ最近の拍手の数がものすごくて、これわたし幸せすぎて死ぬんじゃなかろうかと真剣に思い始めてきました。
もーほんとにうれしいです。お礼を言っても言い足りない。ありがとうございます。


続きにメルフォ返信。
夏のうっとうしさを目金はすかない。景色が急速に熱を帯びて生命力に溢れるさまを見ていると、どうにも喉のあたりが苦しくなるのだ。空を染め上げるひかる雲と、それが鮮やかに刻む陰影。有名な画家やアニメーターの描いた巨大な油彩画に直面したときのように、夏は暴力的な色彩で目金をひるませる。有機的なエネルギーを惜しむことなくばらまいて、まるでそこで完結してしまおうとするような爆発的な生命。ぶちまけられた藍玉の空。世界の終わりのような夕焼け。あおざめたプルキニエ。死んでいく蝉の声。エアコン完備の教室のよどんだ空気が妙に肌になじみ、眼球を乾かす隔離された不健康の中で目金は夏をやりすごす。砂ぼこりと泥と血と汗のグラウンドを思うだけで目金の背筋はおもたくなった。そこにしか今では居場所を作れなかった愚鈍を、あけすけなほどに健康な夏が浮き彫りにしていく。
夏の部室はひどく居心地が悪い。マネージャーたちが懸命に換気しても、しっとりと濡れたような臭いがいつまでもこびりついて取れない。空気はむしむしと湿り、それでいて差すほどあつく渦巻いて、このまま八月が居すわって永遠に動かないのではないかと思うほどだ。空っぽのファブリーズの容器がボウリングのピンのように並んでいて、マネージャーの奮闘をあざわらうかのように、どんよりとおもたく熱気が沈む。打ち捨てられた水槽のような部室。風丸はいつもその片隅で、出入り口に背を向けてパイプ椅子にすわっている。がたがたのパイプ椅子は背もたれがばかになっていて、座面の詰め物があらかたはみ出しているような粗悪なものだった。しかし風丸はいつもそこにすわっている。いつもそこで、ただひとり、円堂だけを待っている。
鍵を借りて戻ってきた目金を風丸はパイプ椅子から振り向き、そしていかにも失望したというような顔をして、また背を向けてすわり直す。うっとうしいなと目金は思った。風丸は試合ではあんなにも頼りになるのに、一歩グラウンドを出るともう使い物にならない。風丸の目はいつでも円堂しか見ておらず、それ以外のものにはいささかの興味も示さない。ばかみたいに一途な風丸を、目金は口にも態度にも出さないが軽蔑していた。ついさっき外で目金は円堂とすれ違い、おれ今日はこいつと帰るから、と、栗松の二の腕をつかんでかるく持ち上げて見せられた。なるほど風丸への伝言だったのか、と目金は日誌をぱらぱらと開く。円堂くんならもう帰りましたよ。なるべくかるい調子で言うと、嘘だ、と即座に風丸の声がすべりこんできた。ぼくあなたに嘘なんてつきませんけど。とげのある口調で目金も言い返す。部室に渦巻く熱に肌がいやな感じにひりついた。
風丸は夢見るように言いつのる。おれはなんにも聞いてない。円堂がおれになんにも言わずにどこかにいってしまうわけないだろ。目金はそんなこともわからないのか。ばかだな。目金はあきれてちょっと首をそらす。ばかはどっちですか。風丸の献身にも似たその一途を同情しないわけではない。顧みられることもないのに、風丸はただ一徹に円堂の背中を追い続けている。どっちにしても辛いだけだろう。円堂がそれを快く思っていないのは誰の目にも明らかだった。あからさまに迷惑そうな顔をした後輩を、有無を言わさず連れて帰ってしまうほどには。とりあえず円堂くんはもう帰りましたし、あなたもはやく帰ってください。目金は不快を隠しもせずに言い放つ。憐れむには余裕が足りない。夏がじりじりと迫っている。
風丸が椅子を蹴るように立ち上がった。つややかな髪の毛が揺れる。まるで償いの人のような、凛と立った狂気の目。風丸はひとみだけをゆっくりと動かして目金を見た。おまえなんか来なくても。口調だけがぽつりと平坦で、目金は首の後ろが寒くなるのを感じた。円堂はおれを置いていったりしない。おれをひとりになんかしない。だって円堂なんだ。おれと円堂は。そこで風丸は肺の中身を押し出すようにわらった。おまえなんて来なくても、おれと円堂はちゃんと繋がっていられるさ。いつだってそれを知ってる。円堂だってちゃんとそれを知ってるんだ。苦しいほど力強いその言葉とは裏腹に、風丸の目からは涙が次から次からこぼれ落ちる。おれにはもう円堂しかいない。円堂には、そこで風丸はまたわらった。ちいさく、やさしく、悼むように。「     」
なにを言っているんだろうと目金は力なくわらった。このひとはなにを言っているんだろう。風丸は円堂のロッカーにぴたりとからだを寄せて目を閉じる。おれにはいつまでも円堂がいる。恍惚と、それよりもなお深淵のようにうつろな声で、壊れたスピーカーのように繰り返しながら。繰り返しながら風丸がどんどん疲弊していくのを目金は痛いほどに感じていた。手がつけられないほどに、どんどん、どんどん、絞り尽くして風丸は乾いていく。たったひとりで。円堂に顧みられることもなく。目金は両手で耳をふさいだ。鼓膜をむしばむ風丸の悲痛が、いつか自分にも降りかかると信じてやまなかった。ふたりきりで熱に包まれ、病みながら、痛みながら、ぽかりと開いた風丸の目はそれでも我が手の幸福を疑いもしない、ものだったから。あなた。目金が唸るように声を上げた。夏のようにまとわりつく、その絶望。どうしようもないこの姿を、誰でもいいからわらって。わらって。
「、さっきからうるさい!!」
身に迫るものをやりすごせないのは、いつだって目を背けることさえできないからだ。そこにしか居場所を作れなかった愚鈍。万華鏡のように疲弊させるその感情。いつかそれが手に入ったとしても、ぼくたちは捨ててゆくことしかできないのに。それでもなお手を伸ばす滑稽を、言うなれば夏が嘲笑する孤独な部室。







はじかみてううるかばねの万華鏡
目金と風丸。
リクエストありがとうございました!勝手に同族嫌悪的なふたりのつもりです。
case1.栗松鉄平の場合
影野さんは変わってる。
なんか家が貧乏?らしくて、スパイクなんかいっつもつま先がちょっと開いてかかとがかぱかぱしてるやつを履いてる。学ランも肩とかひじとかぽけっととかがてかてかになってるやつを着てるし、昼ごはんはいつもスーパーで投げ売りのパンとペットボトルのお茶だけだ。あんなながいからだがそんなもんでもつわけないので、部活中によくふらーとなってる。教科書もぼろいやつばっかりで、なんていうか、苦学生、って感じがする。でも別にわるいひとではないし、やかましく文句とかも言わないし(見た目はこわいしサッカーはあんまり上手じゃないけど)、おれは別に影野さんが嫌いじゃない。
ある日影野さんがすげーいいスパイクを持って部室に立ってたことがある。新しいやつでやんすか?と、気になって聞いてみると、影野さんははにかんだようにちょっとわらう。
「染岡がくれたんだ」

「サイズ間違って買ったからって。でもおれの足にぴったりなんだ」
??
意味がわからなくて聞き返すと、言葉通り染岡さんが影野さんにスパイクをプレゼントしたらしい。いやいやいやいや。それはちょっと。
「染岡はいっつもおれになにかくれるんだ」
!?
「染岡ってやさしいよね」
そんなことをはにかみながら影野さんは言うのでおれは申し訳ないけどドン引きした。ついでに染岡さんの姿まで脳裏をよぎる。あほなのかなんなのか全然このひと疑ってないけど、先輩、それは、いろいろやばいです!!

case2.宍戸佐吉の場合
土門さんはうざい。
アメリカ帰りだかなんだか知らないけど、なんかもう無駄に明るいし無駄に声でけーし無駄に朝からハイテンションだし無駄に英語とか使っちゃうしまたそれの発音が無駄に完璧。まじうざい。男女構わずセクハラ三昧だし、まじきもい。それなのにサッカーできちゃって、微妙にむかつく。まぁおれは普通にへらへらしながらいい後輩ーっぽく接してるけど、うざいもんはうざいのであだ名だってつける。ルー。由来はアレ。
「グッドモーニング!さっちゃん」
あーはいはい。おはざーす。
「なーに?朝から暗いよ?なんかいやなことでもあったの?」
いやまぁあんたと会ったからなんすけどね。
「今日は部活紅白戦だよね。おんなじチームになれたらいいよねぇ」
超どうでもいーっす。つか近い近い近い。肩を抱くな。きもい。
「じゃーおれじんちゃんにもハグしてこなきゃだから、先行くね。ハヴアナイスデイ」
とまじでおれに抱きついてひらひら手を振りながら土門さ、いやルーは行ってしまった。周りぽかーんとしてんじゃん。朝からテンション下げんなよほんと。ルーまじうざい。まじきもい。

case3.少林寺歩の場合
染岡さんはうっとうしい。
誰に対してでもわりとうっとうしいけど、特に影野先輩に対しては尋常じゃなくうっとうしい。昼ごはんとか、わざわざかなり多目に持っていって先輩にわけてあげたり、わざとサイズ違いのスパイクや学ランを買って先輩に押し付けたりしている。たちがわるいことに先輩の身につけるもののサイズとか、染岡さんは完璧に把握しててまたそれがキショいしうっとうしい。もうそれストーカーじゃね?って思うけど、当の先輩はなにも言わないし、だからたぶん周りもやんわり放置してる。染岡さんはそれだけじゃなくて、他にも先輩にいろいろものをあげたりしてるらしい。先輩は言っちゃわるいけどまじでばかだから、ただありがとうありがとうって受け取ってるけどそれやばいんじゃね、っておれは思う。
「おう、少林寺」
うわうぜえ。なんですか。
「おれ今日先生に呼ばれてるからさ、これ影野に持っていってやってくんね?」
弁当?と、なんか。中身はまぁ、またたぶん先輩が身につけるものだ。
「今日はあいつ屋上のとこの階段にいるから、頼んだ」
ってかなんでそういうの把握してんの!?このひとほんときもいんだけど!!とか思ってるうちに弁当の包みを持たされて、染岡さんにはルーがまとわりついていた。うん、まぁ、すっげどうでもいいけど死んでくんないかなあの二人。

case4.壁山塀五郎の場合
影野さんと染岡さんと土門さんは仲がいい。
仲がいいっていうか、影野さんに二人が一方的にまとわりついてる感じ。見てる分には仲がいいなぁなんてほほえましく思えるけど、一度ちょっと深く先輩たちを知ってしまうと、そんな感想がかすんでしまうくらいやばいんじゃないかなぁ、と思う。まず染岡さんがどう考えても影野さんのストーカー。しかも無自覚で犯罪すれすれっぽい。影野さんが家を出る時間まで把握してるから本物だ。もうなにを言っても無理っぽい。影野さんは影野さんでそれをおかしいこととも思ってないみたいで、ますますやばそう。むしろ自分をちゃんと見てもらえてるって喜んでる。影野さん、それはほんとにやばい。
染岡さんがストーカー行為に走るのは土門さん(宍戸や栗松がルーって呼んでる)が染岡さんを無駄にあおるからだ。土門さんも影野さんにちょっかい出して、影野さんはやっぱり全然いやがらない。そんで染岡さんはそれが気に入らない。だからますます影野さんにべったりする。三人はこんな感じでだめな感じにどんどん進んでいくけど、特にサッカー部のみんなはなにか言ったりしない。もう関わるのすらめんどくさいんだろう。おれだってめんどくさい。今日も英語混じりにしゃべってる土門さんを宍戸と栗松が小声でバカにしていて、少林寺は本気で不機嫌な顔をして着替えている。染岡さんは影野さんに張りつきっぱなしで土門さんもそこに混じる。
「ねぇねぇ、へえちゃん」
なに、音無。
「あの三人ってさぁ」
うん。
「ほんっと、だめ人間だよね!」
あーあー。言っちゃった。まぁでも、否定はしないかな。







おおかみ少年たちの午後
影野、染岡、土門。
リクエストありがとうございました!なんかオムニバスっぽく書きたかったような気がします。
窓を叩く雨粒を無意識のうちに目で追いながら、染岡は頬杖のままため息をつく。止まねーな。うん。影野はさして興味がなさそうに、相づちばかりを律儀にしながら意識は手元の文庫本に落としてある。部活またできねーし。影野はその言葉にちらりと視線を上げ、窓の外を見て、止むんじゃないかな、とぼそりと言った。止んでもグラウンド入れねーだろ。でも雨は止むよ。はーと染岡はまたため息をついて、ときどきだらだらっと不規則に落ちていく水滴の軌跡を目でなぞる。夏なのにうっとうしいな。影野はそれにはなにも答えなかった。もう教室戻れば。あー、と尻上がり気味の返事をしたとたんに予鈴がけたたましく鳴り響く。じゃーまたなと席を立つ染岡と入れ替わりに、影野ー歴史の資料集貸してーと半田が駆け込んできた。かばんの中から分厚い資料集を引っ張り出してやる影野を尻目に、染岡は自分の教室までだらだらと戻る。
雨の多い夏ほどうっとうしいものはない。いつまでも湿気が居すわって動かない校舎はゆっくりとジレンマを溜めていら立ち、外で部活ができない運動部が、体育館が空いているわずかな時間に殺到して争奪戦になる。ただでさえ新人戦を控えた大事な時期であるために、その争いは最近とみに激化して、そしてその争奪戦に勝つのはだいたいが強豪の野球部や陸上部だった。弱小のサッカー部は(顧問の押しも得られないために)、雨が降ると自動的に部活は中止状態になり、円堂がときどき校舎内でランニングをして怒られるためにますます活動の場所を奪われていた。せめて雨が止めば。染岡は肩を回しながら眉間にしわを寄せる。外周を走ることができる。雨うぜえええええと廊下の真ん中で松野が絶叫していて思わずびくりとしたが、松野の場合は単に屋上でサボれないのが気に入らないのだろうと思った。理由はどうあれ、いい加減みんないら立っている。平然としているのは影野だけだ。
早口の数学教師の授業を半分意識を窓の外に飛ばしたまま聞き流していると、分厚い雲に覆われた空が一瞬さあっと明るくなった。染岡はまばたきをする。それと同時に染岡問三やってみろーと言われてわかりませんとばか正直に答え、しかし怒られることもなく丁寧な解法をみっちり教わって席についたときには、もう雨は止んでいた。えーと染岡は内心声を上げる。まじかよまじかよまじかよ。それだけではなく、授業が終わるころには青空まで覗いていた。まじかよ!チャイムが鳴ると同時に廊下に出ると、松野が廊下の真ん中でガッツポーズをしていた。よっしゃー雨止んだ!やっぱ染岡死ねって思ってよかった!なんでだよ!思わずつっこむと、松野は思いきりニチャニチャわらいながら染岡を指さした。あー染岡だーばーかばーかはーげうんこー。うんことか言うなあほ!けたけたと嬉しそうにわらいながら松野はPSP片手に駆けていってしまう。快晴の窓の外。
その日の部活は外周を走り、さらに風丸の口利きで陸上部のタータンの水抜きを手伝ったおかげで、そこでストレッチとサーキットもできた。松野はいやにテンションが高く、栗松を捕まえてジャイアントスイングでぐるぐる振り回したり半田や宍戸に向けて投げ飛ばしたりしていた。そんな阿鼻叫喚を尻目に、タオルをはんぶんこにして少林寺と使っている影野の背中に、染岡は片膝をかるくぶつける。よう。うん。おまえなんで雨止むってわかったの。なんでって。影野は戸惑うような顔をして、天気予報、と言った。朝、言ってた。染岡は見てないの。そんな余裕ねえよ。なあと少林寺に話を振ると、おれは見てますけどと普通に言われたので気まずかった。でもすげーびびった。なんか、予言かと思った。予言って。影野はちょっとわらった。そんなすごいことできないよ。でも。染岡は思う。天気予報をたとえ見ていても、自分は絶対に信じなかっただろう。雨は降って今日もまた部活ができなくてうっとうしい。それだけしか思わなかったろう。そうして必ず雨は降っただろう。止むことなく、いつまでも降っただろう。
おーいあゆむーちょっとーと松野が力強く手招きしている。少林寺はびくりとからだをすくませて、影野の後ろにこそりと隠れた。松野の傍らでは栗松が完全に脱力して倒れていて、壁山が心配そうに揺さぶっている。チッしゃあねーな。目金!めーがねー!あーあーと染岡は見事な手際で目金にプロレス技をかける松野をあきれたように眺めた。元気だな。雨じゃだめみたいだよ。なにが。松野、雨じゃ元気出ないって。ジャックナイフ式エビ固めー!と目金を締める松野におーと拍手する半田を見ながら、まぁいいか、と染岡はあたまを掻いた。おれも雨だと元気でねーわ。ふふ、と影野はわらう。晴れてよかった。ああ。今日は星だって見える。影野はひとりごとみたいに言って、両手を払って立ち上がった。
「どこまでもどこまでもぼくたち一緒に進んでゆこう」
染岡は影野を振りあおいだ。陰りはじめた光ににじんで、その表情はよく見えなかった。けれど。影野が手を伸ばして少林寺を立たせてやる。そのまま手をつないで、影野は松野に近づいてぼそりとなにかを話しかけていた。たぶんもうやめろとか、そういうことを言いに行ったのだろう。そのひょろりとながい背中を見送りながら、染岡はそっと目を細めた。グラウンドにいくつも広がった水溜まりは、かすかにくらくあおく沈んで夕焼けをきらきらと反射している。まるで星の海みたいに。影野がそう言うなら。不意に幸福にも似たものに胸を突かれて、染岡はそうっとふかく息をついた。影野がそう言うならきっと叶う。今夜はきっと星だって見える。どこまでもどこまでもぼくたち一緒に進んでゆこう。君が願うなら、星の海までも。






星の海まで
染岡と影野。
リクエストありがとうございました!相変わらず染岡きもちわるくてすみません。引用は銀河鉄道の夜。
[37]  [38]  [39]  [40]  [41]  [42]  [43]  [44]  [45]  [46]  [47
カレンダー
09 2024/10 11
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31
プロフィール
HN:
まづ
性別:
非公開
自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

adolf_hitlar!hotmail.com

フリーエリア
アクセス解析

忍者ブログ [PR]