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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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近所のスーパーからこっそり持ち出した買い物かごをそのまま流用したボールキャリーに山ほどボールをつめて、少林寺はつま先で部室の扉をさぐった。扉を足で開閉するのは先輩直伝だし、今日はボールに加えて砂ボトルが入っているので、一度キャリーを下ろしたら次に持ち上げられる自信がない。指が持ち手にくい込んでものすごくいたかった。膝がふるえる。あーもうむり、と思った瞬間に内側からがらりと扉が開いて、さらにキャリーがひょいと持ち上げられた。少林寺は目をまるくする。よっ、と土門がわらい、お手伝い?えらいねぇと本気とも冗談ともつかない口調で言った。どうも。少林寺は不機嫌な顔で言って、土門のわきからするりと部室に入ると、背伸びをするように手を伸ばした。なあに。持ちます。いいよ、持ったげるよ。土門は平気な顔をしてキャリーを定位置にどさりと下ろした。かわいい後輩が困ってたら助けちゃうよねぇ。少林寺はその言葉を無視して、今度は用具入れを開ける。
雑巾を一枚は濡らしてよく絞り、もう一枚は乾いたまま使う。濡れたほうでボールを丁寧に拭き、すぐに乾いた雑巾で拭う。グラウンドで酷使されるボールは、水分に弱く傷みやすい。すでに運び終わっているキャリーのものも含めて、黙々とその作業をする少林寺を土門はじっと見おろした。手伝おうか。いいです。なんで。なんでもです。土門はその言葉を聞かなかったふりをして少林寺の傍らにかがみ、濡れた雑巾を手に取った。おれこっちやるから、あゆむちゃんは乾いたやつよろしくね。少林寺はなにか言いたげな顔をしたが、それでも結局不満げにうなづいた。ボールを受け渡す指の接触さえ嫌がるみたいに、少林寺は黙々とボールを磨きあげる。ふたりでするとはやいねぇ。土門の言葉に少林寺は答えない。今日ごきげんななめだね。そう言ってひじで少林寺の肩をかるく突くと、さわるなとつめたく言い返されて土門はわらう。
ありがとうございます。あっという間にボール磨きを終えて、少林寺は今度は砂ボトルをひとつずつ量りにのせて重さ別に分ける作業に入る。どーいたしまして。土門はパイプ椅子にすわり、そのちいさな背中を目を細めてじっと眺めた。両手でちいさな輪を作り、部室の片隅にかがんだ少林寺の背中をそっとその中におさめる。すっぽりとそこに入ってしまった背中をなんていとおしいんだと眺めていると、作業を終えた少林寺がぱっと振り向いた。なんですか。両手で輪を作ってわらう土門を、怪訝な顔で眺めながら少林寺は言った。なんか用ですか。いいやーと土門は首を振る。しあわせだなぁって。あゆむちゃんがこんなにかーいくてしあわせだなぁって思ったの。少林寺の顔が見る間に引きつり、くちびるがちいさくきめぇよと吐き捨てた。
土門は立ち上がって一歩距離を詰めた。そんなにいやがらないで。仲よくしようよ。寄るなと少林寺ははじかれたように土門から離れる。おれあんたのこときらいだから。おれのなにがいやなのさ。土門はかるく両手を広げる。ほら。なーんもしないよ。少林寺はとげを含んだ視線でじろりと土門をにらみ、そういう問題じゃねーから、と言った。じゃなによ。言うわけないだろ。つめたいなぁ。土門は困ったようにわらって、はなしくらいしようよ、と言った。おれあゆむちゃんすきよ。少林寺はそれを聞いて、怒るでも戸惑うでもなく、なぜかひどく落胆した顔をした。苦しいくらいのその顔に、逆に土門はほほえんだ。諦めろなんて言わないけど。土門の言葉に少林寺は一歩さがる。おれのとこくればいいのに。そしたらすっごい、すっごいすっごい大事にするのに。
少林寺の目が土門からそれた。きみが逃げるから、追うのだ。どこまでもおれの手を離れようとするから。いつでも退路を背に、少林寺は土門と相対する。それもまた不断の覚悟だと言えなくもない、きりきりと冴え渡る嫌悪でもって。土門はうすいまぶたをちょっと動かした。微笑もうとして、それがうまくできないことに戸惑う。おれじゃだめか。少林寺は土門を一瞬汚いものでも見るようににらみ、なにも言わずにかばんをつかんで部室を出ていった。とたんに表から、たぶん一年生たちのそれだろうがやがやと明るい喧騒が聞こえて、土門は指先がつめたく乾くのを感じる。わかっていたはずなのに。そんなあの子が見たいわけでは、ほしいわけでは、決して、ないのに。不意に右手がわななく。伸ばそうとしていたのを強引に押さえつけた、そのせいだと気づいた。あの髪に、腕に、頬に、あの子に、こんなにも触れたい。こんなにも。
遠ざかってゆく喧騒をまるごと呑み込んでいつくしむ、もしもそれができたなら。土門はさびしくわらった。もっと違う、なにかやさしい方法で、あの子とまっすぐに向き合うことができるのだろうか。果たしてその価値が、自分にあるのか。最後にくれた冷ややかな視線を思い出して、土門はかるく首をひねった。あー。わざとひとりごとを、からからに乾いた口調の大声でこほつ。あゆむちゃんはかわいいなーあ。ついでにふふふっといかにも愉しげな笑みもこぼして、土門はその先を考えるのをやめた。たとえどれだけやさしく向き合おうと、わかり合おうと、それでは望むべくは手に入らない。曲げてねじ伏せ、引いてすかして、葛藤と抵抗の果てに手に入れるべきものなのだ。そうでないとだめなのだった。あの子の孕む嫌悪も軽蔑も、それさえもまるごとほしいのだった。
土門は窓越しに西からくもり始めた空をにらんだ。夕焼けが食いつぶされて、空気がゆるやかに疲弊していく。両手をまるく輪にして、その中に少林寺を思い描こうとする。だけど浮かぶのはあのひどく落胆した顔ばかりで、そればかりが重苦しくさびしくて土門はくちびるをゆがめた。嫌悪も軽蔑も、まるごとほしいのに。それなのにわらってほしいなどと、ほほえんでほしいなどと願ってしまう。雨雲が逃げたなら追いかけたほうがいいだろう。夢から醒めなければ、時間は決して止まりはしない。







雨雲が逃げたなら追いかけたほうがいいだろう!
土門と少林寺。
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影野の席は窓際のいちばん後ろにある。遮るものがなく校庭を見渡せ、いつでもよい風が吹くベストポジションだ。そこにすわっている影野のことをうらやんでくれるひとはクラスには実はいなくて、いつでも遠慮なしに突撃してくる松野が席を替われ替われとわめいたり、昼めしをたべにくる染岡がほんとこの席いいよなーとぽつりと言ったり、そういう言葉でしか表されない。クラスで影がうすく、いることにさえ気づかれないことがままある影野には、そうやってわかりやすく言ってやらないとわからない。ときどきカーテンが襲いかかってきたり、プリントが派手に羽ばたいたりするらしいけれど、それでもあの席いいなと土門も思っている。この席いいねと言うと影野ははにかむようにちょっとわらって、いいよ、といつも言うのだった。ぼーっとするには最適、などと口にするほど。
土門は校舎内であまり影野に会わない。影野は移動教室のとき以外はずっと、窓際のいちばん後ろにすわって黙って本を読んでいる。そもそも出歩くのがすきではないらしく、ちょっと席を離れると影がうすいものの悲しさか、すぐに席を占領されてしまうという。休み時間が終わるまで廊下に所在なく立ち尽くしている影野なら何度か見た。土門もあまり校内をうろうろするタイプではないが、影野のクラスの前を通るときに見える、本を読む横顔なんかはちょっといいなー絵になるなーと思っていて、さらにうすいカーテンが閉じているよく晴れた昼間なんかの、かすかに濁った逆光に影野の髪の輪郭がちらちらにじんでいるところなんかすごくいい、と思う。思うだけで口には出さない。そういうひそやかで一方的な満足を、なんとなく知られることは避けたかった。なんとなく。
風がつよい日の放課後、土門が部活前になにげなく影野の教室を覗くと、いつもの席に影野がぽつんと立っていた。クラスには他に誰もおらず、カーテンがゆらゆらと揺れる窓際に立った影野がばけつに売れ残ったパンパスみたいに浮いている。じんちゃん?思わず足を止めて土門は教室に身を乗り出した。ときどきおおきくはためくカーテンには、あかい夕陽が漏れるようににじんでいる。影野は何も言わずにただ立っている。本を読む横顔よりも、つよいくるしい顔をして。じんちゃん。土門はもう一度呼びかけた。部活遅れちゃうよ。なぜか教室に足を踏み入れることはためらわれて、土門はもどかしげに教室の扉をかつん、とかるく叩く。土門。影野がかすかにささやいた。おれはもうだめかもしれない。なにが、と言いかけて土門は息を飲む。
影野がゆっくりと土門に向き直った。ひときわつよい風がカーテンを巻き上げて、影野の髪をびょおびょおと吹き散らす。あかく焼けた空と校庭。売れ残ったパンパス。喧騒がすうっと遠ざかり、雲がこわいくらいにはしってゆく。遮るもののなにもない、しかくく切り取られた日常の口。土門は目を見開く。
『そのとき、ぼくは、確かに見てしまったんだ。
 窓枠をつかむ三本の爪。
 あおい翼竜の
 隠された
 瞳
 を』
だめになると言いながら影野ははにかむようにちょっとわらった。ぼーっとするには最適なその場所で募らせたなにがしかを、音もなくしずかに吐き出すように。得体の知れない感情にぞわりと背中をこわばらせ、土門はわななく指をそうっと握った。校庭を見渡せる窓際のいちばん後ろのベストポジションに、風つよく吹けばぼくは空き地に隠れたろうか。







窓際のドラゴン
土門と影野。
『HIGHSCHOOL DRAGON』より
お前が好きだァーーーーーッ!お前が欲しい!豪炎寺ーーーーーーー!!!
ペイパーウェイトとして売られていたのを買ってもらった透明な地球が気に入っている。緯線と経線がきれいに地球を分割し、その上にざがざがの磨りガラスの触感で国が並んでいる。南極の部分が平たくなっていて机にすわり、宇宙に浮かばなければ丸くもないガラスの地球。ロシアの殺し屋おそろしやー、と独り言をつぶやいて、北半球にだらりと広がるユーラシアの、その上半分まん中あたりをつついた。ぴったりときれいに机に安定した地球はその指先を受けとめる。マントルのさらに中央にちいさく気泡が残ってきらめいていた。いのちのない星に沸き立つ、音も熱もない静かなマグマ。アラームがプリーズドンセイユーアーレイジー!と歌いはじめたので、目金は地球を持ち上げてぽけっとに滑り込ませた。持ち重りばかりがどことなくさびしい。今のぼくのぽけっとは宇宙だ、と思った。
休日の昼間に外に出るのはあまりこのもしくないと目金は思っている。人混みは元からきらいだし、休みの日には外に出るというその行為自体が健康的すぎる、と思う。指先で地球をぽけっとの宇宙に沿わすように転がしながら、iPodのイヤホンに意識を集中させる。せめてもこの人混みに馴染んでしまわないように。駅前では少林寺が車止めにすわって、退屈そうに足をぶらぶらさせながら待っていた。麻編みのぺたんこ靴は履き込んでいい色になっている。目金の姿を認めると、身軽にそこから飛び降りて寄ってくる。こんにちは。早いですね。普通です。少林寺はあかいメッセンジャーバッグを探り、これおみやげです、と目金のてのひらに夕張メロンキャラメルを乗せた。北海道?スープカレーたべてきましたと少林寺がにっとわらう。
質実剛健を旨にしている少林寺の一家は家族揃って食い道楽らしく、肉っ気をこのまない少林寺を連れてあちこちにうまいものをたべに行く小旅行をよくするらしい。医食同源ですから。函館と札幌を二泊三日で周り、海鮮や名物を片っぱしからたべておととい帰ってきたという少林寺は、並んで公園のベンチにすわりながら言った。食は大事なんです。隠元隆畸だってそう言ってます。突然日本黄檗宗開祖の名前を出されて目金はぎょっとする。そんな大げさなはなしになるんですか。だって先輩すききらい多いじゃん。あなただって肉たべないでしょ。雲水が肉食するわけないじゃないですか。いやいやあなた雲水じゃないから。あそおかー。少林寺はまた足をぶらぶらさせた。目金は手の中の夕張メロンキャラメルの箱をかたかたと鳴らす。包装ビニルがところどころこすられて濁っていた。
先輩メロン大丈夫?え。目金は顔をあげて、少林寺が心配そうにこちらを見ているのに気づいてあわてて首を振った。大丈夫。すきです。よかった。安堵してわらう少林寺の顔を見て目金もわらい、ぽけっとに箱を押し込もうとした。ん。なにかが支えてうまく入らない。手を入れて中身を取り出すと、出がけに入れてきたペイパーウェイトが出てきた。わーきれい。少林寺が目を輝かせて手元を覗き込む。それなんですか。あー。目金はそれを少林寺に手渡した。少林寺は地球を両手でくくむように持って、じっと眺めていた。日本。そうっと手の中で転がして、少林寺はわらった。中国。湖南省。湖北省。四川省。貴州省。重慶。よく知ってますね。少林寺は目金を見て、うれしそうにわらった。おれの産まれたとこです。重慶。これで見ると近くてびっくりする。少林寺はそれを陽に透かした。地球ってきれい、と、静かにつぶやいて。
衝動が。その幸福な横顔に、言葉にならない衝動が駆けた。気づいたら目金はそのてのひらからペイパーウェイトをもぎ取り、ふりかぶって思いきり投げ放っていた。あっ。少林寺がからだをこわばらせる。地球はきらきらひかりながら彗星みたいに流れて、すこし離れた噴水に沈んだ。とぽん、という水音に我に返り、目金ははっと少林寺を見た。あの。ベンチから身を乗り出した少林寺が、そこからするりと立ち上がって駆け出す。あ、少林寺くん。目金は慌ててあとを追う。覗き込んだ水面にはまだ波紋が残っていて、並んだふたりの顔を歪めてふやかした。かばんと靴を剥き捨てて噴水のへりに立ち、止める間もなく少林寺は噴水に飛び込む。驚いたことに目金もまたそのあとを追っていた。膝までを水に濡らしてもなお、なにが起きたかわからなかった。
水を足でかき分けて、両腕のほとんどを水にひたして水底を探っている少林寺に目金は近づいていく。やめてください、と、言おうとしたとたんに少林寺は立ち上がった。手にはペイパーウェイト。地球は水と藻をまとわせて、本物のそれみたいにあおく空を透かしている。呆然と立ち尽くす目金の額を、少林寺は思いきり叩いた。びしゃ、とかん高い音がして、水滴が割られたすいかみたいに飛び散る。髪も腕も服もずぶずぶに濡らして、それでも少林寺はわらうのだ。目金が捨ててしまったものを宝物みたいに拾い集め、目金が気づくのを待っている。目金は叩かれた額を押さえた。だらりと濡れたそこからぬるい水が顔をまっすぐに落ちていく。重力に引かれて生きるいきもの。宇宙のような少林寺のてのひら。
先輩はさ。カットソーの濡れていない部分できれいにペイパーウェイトを拭いながら少林寺は言う。すききらい多いし、たべものじゃなくてもきらいなもの、たくさんあるでしょ。レンズに降りた水滴が視界を歪める。だから、すきなものは大事にしなきゃだめだよ。すきなんだから。目金の胸元にぐいと地球を押しつけて、少林寺はまじめくさって言った。大事にしなきゃ逃げるんですよ。目金はまばたきをした。胸に寄せられた少林寺のてのひらに、そっと両手で触れながら。目金が産まれた日本。少林寺が産まれた中国。人間が産まれた地球。地球が産まれた宇宙。目金はうつむく。葦のように。先輩?少林寺がそっと問いかけた。いたいの?
少林寺の指の中でペイパーウェイトはひび割れていた。原始の裂け目ギヌングァガァプより噴き出す、どろりとやわらかなせつなさ。ついさっきまで確かに目金のぽけっとの中にあった宇宙は、今はそこからは失われた。でも消えたわけではない。ここにある。ふたりのいる世界が宇宙だ。なにもなくても。なにもなくてもここにある。少林寺のてのひらのなかで、ひび割れた地球はちかり、とひかった。まるで最初で最後の夜明け。いたくないよ。目金はしずかに言った。ありがとう。呼んでくれてありがとう。







呼応する窓
目金と少林寺。
甘栗を。不意に頭上から落ちてきた声に少林寺は顔をあげた。そこには豪炎寺が仁王立ちになっていて、ずいと少林寺に向けてなにかをつき出す。むいちゃいました。は。少林寺はつき出された甘栗むいちゃいましたのパッケージを見て、真顔の豪炎寺を見て、一度あたりを見回してから、おののくようにわずかにからだを引いた。はあ。あからさまに怪訝な顔をしている少林寺を無視して、あかい文字がパッケージの上で踊っているそれを豪炎寺は開く。あげよう。はあ。あ、どうも。甘栗はすきか。そこでようやく豪炎寺は少林寺にたずねた。少林寺はぽかんと口をまるく開き、そして慌ててあたまをかくかくと頷かせた。えと、すきです。あまいし。そうか。豪炎寺がにこりともせずにパッケージを傾け、そこに急いで少林寺は手を差し出した。勢いよく傾けられたパッケージからは、むかれちゃいました甘栗がざざざざっと落ちてきて、少林寺は大急ぎでシャーペンを握っていたもう片手もそこに添える。
中身を全部少林寺のてのひらに開けて、豪炎寺は満足そうにひとつ頷いた。あげよう。ええと。少林寺は首をかしげた。先輩はいらないんですか。豪炎寺は空っぽのパッケージを見て、ああ、と言った。じゃあひとつもらう。そう言ってまるで悪気なく、こんもりと甘栗が山になった少林寺のてのひらからそれを三つほどさらった。うまいぞ。はあ。あーと、ありがとうございます。両手を甘栗でふさがれたまま、少林寺はかろうじて顔に笑みを浮かべる。こいつまじでばかだな、と、心の中では完全にそのことに感嘆しながら。豪炎寺は奥歯で甘栗をきしきしと噛みながら、おまえはなんでくわないんだ、みたいな顔でじっと少林寺を見ている。そのうちにはたとなにかに気づいたのか、畳まれたままの錆び付いたパイプ椅子を引きずってきた。それにどしりと腰かけ、遠慮するな、などと言う。もう嫌だ。少林寺は胸の中につかえたあれやそれやをゆーっくりと吐き出した。はやく帰れギザ眉。
その。いい加減いらついた少林寺が甘栗をぶつけて逃げて帰ろうか、などと気短なことを考えた、そのすき間に豪炎寺の声がすべりこむ。怪我を、な。させてしまったろう。え。少林寺はすこし考えて、ああと思い至った。確かにすこし前に接触して吹き飛ばされたが、さしてひどい怪我もしなかった。しかももう三日も前のはなしだ。遅くね?と内心思いつつ、少林寺は首を横に振った。大したことなかったですよ。でも、いたかったろう。豪炎寺はちょっと迷うように言って、すまなかった、とあたまを下げた。後輩に怪我をさせてしまって。あと、謝るのが遅くなって。後者に関しては全くだと思ったが、少林寺はまた首を振る。謝らないでください。サッカーだから、怪我はしょうがないです。
豪炎寺はその言葉にすこしだけわらって、そっと少林寺のあたまに片手を置いた。おまえはやさしいな。いい後輩だな。あ、そうですか。おまえみたいなやさしい子にひどいことをしてしまった。いや、だから別に。ごめんな夕香。誰!?おれもがんばるから、おまえもがんばるんだ。いいな。ええええと。あの、豪炎寺さん?おまえはきっとこれから伸びるぞ。おれが保証する。いやあの。だからしっかり食べてしっかり寝て、はやく大きくなるんだぞ。このばかはやく帰らねーかな、と思いながら、少林寺は黙ってぐりぐりと撫でられる。豪炎寺はひとしきり少林寺を撫で回したあと、うん、と頷いた。どうやら一方的に満足したらしい。じゃあおれはそろそろ帰るよ、と豪炎寺は錆びだらけのパイプ椅子をたたんで、ついでに指もはさんだ。少林寺はさめた目でそれを眺め、邪魔が入ったおかげで全く進んでいない部誌のことばかり考えていた。
出がけに豪炎寺は出入り口で振り向いて、楽しかった、と言った。久しぶりに後輩とたくさんしゃべって、楽しかった。ありがとう、少林寺。少林寺はぱっと椅子から立ち上がる。先輩、気をつけて。豪炎寺はそっとわらって手を振り、部室の扉を閉めようとしてまた指をはさんだ。その姿を見送り、なぜかどっと疲れたからだを椅子に沈めて少林寺はため息をつく。わるいひとじゃないけど、なんかいいひとっぽいけど、でも。あいつ意味わかんねー、と、ふとひとりごとがこぼれ、それが部室にまるく反響して少林寺は疲れた顔でわらった。さてとシャーペンを握る。結局甘栗は全部豪炎寺がひとりで食べて帰った。あいつどんだけ甘栗すきなんだよ。っていうか結局なにがしたかったんだよ。






天津甘栗略
豪炎寺と少林寺。
あんまり書かないひとを書きたかった感じです。うちの豪炎寺あほすぎて引く。
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自己紹介:
無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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