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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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別にそれはわるいことではないのだ。努力と結果は必ずしも比例するものではなかったし、そこには適性だとか天性だとか、あるいは才能などという面映ゆいものが折に触れて影を落とす。いまだその苦労を知らない少林寺にとっては、それはあたまではわかっていても到底理解の及ばない出来事であり、しかし報われるものはすべからく努力しているというなにかの引用を何度も思い出しながら、ベンチに所在なく腰かける先輩をぼんやりと眺める。今よりもっとちいさい頃から、少林寺はずっと筋の通ったなにかを胃の腑におさめて踏んばっていた。才能があるとは両親も祖父母も一言も言わなかったし、両親の輝かしい遺伝子はとっくにふたりの姉に割り振られていた。配られたカードで勝負するしかないのだと本能的に知っていて、それをおかしいことだとも思わなかったのだ。別にわるいことではない。それでも影野がいつもどこを見ているのか、少林寺にはわからない。
苦悩や煩悶を見せることは、少林寺が生きてきた短い人生において、ほとんど最大に近いタブーだった。大概のひとに疎ましがられる頑固で強情な性格は、見えないところでの血のにじむ努力がプライドまでも押し上げてしまった結果だと少林寺もわかっていたし、言うなれば余裕のないこの性格だって、できるならば改善したいと思っている。夢のない子どもだなと変に達観したまま、それでも結局古武術の道をひととき外れることにした。サッカーは楽しい。今までとは違う理由で、今まで身につけてきたものが使える喜び。努力と結果が比例しないことを骨身に染みて実感し、それでも入部してからこっち、スタメン落ちの経験はない。他校から引き抜きのはなしも出たというのを、あとから壁山がこっそり教えてくれた。音無がぶちきれて、あゆちゃんはあげないとひたすら突っぱねたらしい。涙が出る。
少林寺は満足を知らない。積み重ねれば積み重ねるほど増してゆく、目には見えないものものだけを信じて戦ってきた。百点満点がつけられる試合なんかひとつもなかったし、自身が点を入れて勝った試合でも、喜んだりなんかできなかった。まだやれるまだいけるとハードルを上げ続け、それに添ってひたすら練習に打ち込んだ。チームメイトの前ではなにごともないような顔をして、なまなかでない数の煩悶を飲み込んできた。嘘ではない。本当のことだ。羨ましくなんかなかった。誰も彼も、羨ましいとなんか思わないようにしてきた。へこんだり落ち込んだり当たり散らしたり、できないことへの鬱屈を臓物みたいにぶちまけるチームメイトを冷めた目で眺める、そのずっと向こうにはいつも影野がいた。少林寺は満足を知らない。知ってしまえば終わってしまうものがあると、その代わりちゃんとわかっていた。
嘘ではない。いつだって、いつだって背中を向けたことなんてなかった。飲み込んで積み重ねたものたちが、だんだんおもたくからだに沈み、やがて血や骨や意識に絡みついてひとつになってゆく。引き剥がせないほどに凝り固まったそれは、果たして何物であるのか。それは自分と呼べるのか。いつの日か万が一、それを無くしてしまった自分は今までどおりの自分でいられるのか。嘘ではない。少林寺はからだの底に、龍よりも遥かにつよいなにかを飼っている。それが胸の奥をかきむしり食い荒らし、少林寺歩をすこしずつ減らして駆逐していくのだ。嘘ではない。恐怖を感じたことはなかった。嘘ではない。それが幻想であることも、少林寺はわかっていたのだ。
背中を向けたことなんてなかった。差しのべられる手には、最大の敬意と注意を払った。影野はこわい。それははじめての感覚だった。それは例えば壁山や栗松が言うような、影野先輩は不気味だから、というようなそれではない。張り巡らせた神経の裏をざりりと砂で撫でるような、あまがゆい痛みに似た恐怖。わるいことではない。影野は少林寺を見て、いつもひそやかに、そうっとわらう。それをふたりだけの秘密にしておこうとするみたいに。あるいはいっそ単純に、病んだけものをいたわるみたいに。少林寺はくらい目をする。そんなふうに見なくたって、わらわなくたって、おれはちゃんとやっていけるのに。大丈夫なのに。影野が少林寺にわらいかけると、食い荒らされた胸のあたりがしくしくと痛む。背中を向けたことなんてなかった。だから少林寺はいつも、影野のほほえみを正面から受け止めた。そうしてまた、煩悶した。
くるしくないくるしくないくるしくない。あのひとは悪気なんてない。サッカーが全然上手にならないのだって、ひとには向き不向きがあるんだからしょうがない。おれに求めてるものなんてなんにもない。くるしくない。かなしくない。おれにわかってほしいなんて、あのひとは思ってない。だからこのままでいい。くるしくない。かなしくない。知ってしまえば終わってしまうものがおれの中にはもう棲んでいる。だからかまわない。もう、なにもかまわない。
報われるためにあのひとがしていることを、少林寺は知らないし知りたくもない。ただ、むしろ蔑まれているのが自分であると悟ったそのときも、あのひとはやさしくやわらかくわらって、黙って少林寺を見ていた。食い荒らされた跡形を継いで接いでまた立ち上がる。もうそのことに関する正しい理由は奪われていた。からだの底でこわいなにかがゆるりととぐろを巻く。理想ならとうに、雲の彼方であった。







くもおひ
少林寺。
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アフロ再臨編
部屋の中を季節はずれの蚊が羽音もうっとうしく飛んでいて、それがふくらはぎにぴたりと着地するのを見届けてから音無は携帯をひらいた。あーもしもし、へえちゃん、こんばんわ。今ひま?だいじょぶ?あのねーお願いがあるんだけどねー。そこまでつらつらっとまくし立てると、うんーだいじょぶだよー用事なにーと間延びしたやさしい返事が届いて音無は誰にともなくほほえむ。壁山の声はいつでも穏やかで、電話越しに聞くとよけいに丸みを帯びて聞こえる。かん高くとげとげするばかりの女友達の声が記憶の中で鼓膜を揺らすので、急いでそれを追い出しながら音無は手帳をひらいた。明日遊びにいこー。ねえいいでしょ。壁山はちょっと黙って、いいよ、と言った。ありがとーじゃあまたメールするー。今言っちゃえば。今から考えるの!だから待ってて。わかった。あとでね。その声を聞いてから音無は電話を切った。壁山はいつも、相手がそうするまで電話を切らない。
壁山とあるくと不思議と守られている気がして居心地がいい。さりげなく車道側に立ってくれたり、バスや電車の人混みからおおきなてのひらでかばってくれたりもする。ふるい森のトトロみたいな、気持ちのやさしい壁山。音無がわがままを言うのは今にはじまったことではない。練習のない休日に、なにかと壁山を呼びつけてはあちこち連れまわし、結局なんにも、買い物だとか食事だとかそういったたぐいのことは全く、しないままに帰ってきてしまう。いい加減にしろよなーと宍戸は言うが、音無は一向に気にしない。もちろん断られることも文句を言われることだってちゃんとあるけれど、それはなぜか言わないでいた。音無がなんとなく隠したままで壁山もなんにも言わないから、それはそのままふたりのぎこちない秘密になってしまっている。
結局翌日も目的なんかまるでなく、駅前をふたりでぶらぶらあるいてどうでもいいことをだらだらしゃべるだけだった。壁山の右手にはビニル傘が握られていて、それどうしたのとたずねるとなんか天気崩れるらしいから、とてれくさそうにわらう。コンビニに差し掛かると音無は壁山のすそを引いた。雑誌、発売日なの。手動でドアを開けるとバシバシのまつ毛をした金髪の店員がいらっしゃいませーと平坦に言った。もくもくと立ち読みをする音無の傍らに立って、壁山もマガジンをめくっている。ちらりと視線をやると、いつの間に買ったやら壁山の手首にちいさなコンビニ袋がまるくふくらんで揺れていた。買わないの。雑誌を閉じる音無に壁山は問いかける。今度にする、と、言い出しっぺのくせに率先してコンビニを出ようとする自分を滑稽だと音無は思った。金髪の店員のバシバシのまつ毛の視線が刺さってくるような気がした。
壁山はコンビニを出ると、袋の中身をひとつくれた。あつあつのあんまんを両手で持つと指先がちりつく。あついね、と言うと、仕方ないよ、と返る。あついのをこらえて半分に割ると、熱を持ったあんこがとろりと湯気を発して不意に胃を鳴かせた。壁山はもう半分近く食べ終わっている。おいしい。おいしいよ。音無は断面からすいかを食べるみたいにかじりついた。糖分がじわりとからだに染み渡る。ほんとだ、おいしいね。うん。おいしいと言いたいところがあまりにあつくておいひい、になってしまうことにこみ上げたおかしさが我慢できなくなり、ぶはっとあんこごと吹き出すとうわあと壁山は驚いたようにあとじさった。なになに。んーん、と音無は首を振り急いであんまんの残りを口に押し込んで壁山に後ろから抱きついた。へえちゃんすき。だいすき。
以前、なにがきっかけかはもう忘れてしまったが、なんとなくすきなひとのはなしになったことがあった。音無は目金のかっこよさについてそれはもう気合いを入れて力説し、壁山はにこにことうなづきながらそれを聞いていた。はなし疲れた音無がへえちゃんは、と振っても壁山はなにも言わなかった。ただ黙って、やさしくわらって、静かに目を伏せたきりだった。あのときとおなじ気配が、壁山のからだに回した指をそわりとうずかせる。もしかしたらわたしたちはこのまま恋に落ちられるのではないか、という、絶望的な気配が。ありがとうと壁山はわらった。嬉しいよ、と言いながら、その口調はちっとも嬉しくなさそうだった。どうしようもなかった。否定してくれればいいのに。振り払ってくれればいいのに。壁山の右手のビニル傘がばたんとアスファルトに転げた。ぎこちない秘密はこうして積み重なっていく。だけど、音無は壁山をほんとうにすきだった。それだけは秘密でもなんでもなかった。
音無は学校での壁山がきらいだった。特に、一緒に弁当を食べたあとの壁山がきらいだった。誰よりもはやく誰よりもたくさん食べる壁山は、おおきな弁当箱を片づけたあとにぼんやり特別教棟の方を見ている。吹奏楽部がにぎやかにクシコスポストを演奏していて、壁山は黙ってそれを聴いている。みんなのはなしも聞きながら、注意深く、静かに。音無は知っている。壁山がほんとうに聴いているのは、あのひとがアメリカの小学校の鼓笛隊でやったと言っていた、調子のはずれたトランペットだけなのだ。胃の中であんこがブラックホールみたいにどろりと渦巻いている気がして、ふくらはぎにはうすいかさぶたができている。雨が降ればいいのに、と思った。壁山がすきで、すきで、どうしようもなかった。







雨あがる
音無と壁山。
背がたかくなりたいと思っている。栗松は部活で二番目に背がひくく、ついでにいちばんちいさい少林寺ほど性格もつめたくないので、松野や染岡なんかにはよくちびちびとからかわれる。確かに平均身長にさえ満たないことは自分でも認めるが、そこまで際立ってちいさなわけではないのに、とは常々思っていて、だけどひょろひょろと背の高い宍戸あたりと並ぶとああしょうがないかーちびだちび、と納得してしまうのがかなしかった。父親は背がたかく、母親も昔バスケをやっていたのでそこそこ身長がある。なので成長期になったら見てやがれと、風呂上がりの牛乳を増やすことしか今の栗松にはできない。七夕の笹飾りにもこっそり背がたかくなりたいと書いて、あまりに気恥ずかしくなってそれは捨ててしまった。いまだにすこしそれを悔いている自分をみっともないと思いながら、来年こそはそんなもの書かなくてもいいくらいにでかくなってやると決意をあらたにする。
あらゆるスポーツにおいて、健康で頑強で、さらに一部の特殊なスポーツを除いておおきなからだを持っているのはそれだけで強みである。壁山などはかなり恵まれた体格をしているため、柔道部や相撲部からの誘いが引きも切らない。おおきなからだは相手を威圧する。さらに、それに見合ったパワーを持つ。軽々と吹き飛ばされるディフェンダーでははなしにならないのだ。栗松はランバックランのスタートラインに並んで足首をかるくまわす。夏休み明けの初日、宍戸になんか痩せたなと言われたのがしゃくだった。ちゃんとくってた。くってたけどと言うと、へえーと宍戸は栗松をしげしげとながめ、けがすんなよ、と言った。ホイッスルの音と同時にラインを蹴って、栗松は内心首をかしげる。夏風邪をこじらせて寝込んだのがばれているみたいでやっぱりしゃくだった。少林寺がぐんぐん栗松を引き離していく。うらやましい、と思った瞬間にホイッスルがまた鳴った。ぐ、とかかとに力を入れると明らかにふんばりが効かなくなっていて、ちょっとへこんだ。
少林寺はいつも壁山の肩の上にいる。小学校からの付き合いのふたりは部内でも特に仲がよく、登校も下校もなんとなく一緒にしているのだった。少林寺を肩に乗せたときに壁山が重みなんか全然ないみたいな顔をしているのがうらやましくて、さらに宍戸がからかい混じりに少林寺を後ろから抱き上げたりするのもうらやましかった。そういうことをしてみたい、と思った。少林寺がいちばんにゴールラインを駆け抜けるのを見て、あっと思ったときには砂にスパイクをとられて栗松は前のめりに転んでいた。振り向いた少林寺が目をまるくする。どうしたんだよ。栗松はうつぶせに倒れたまま、顔だけをいそいで上げた。転んだ。なんで。なんでって。なんでってそりゃ、と思ったときに、おーいだいじぶかーと宍戸と壁山が栗松をのぞき込んだ。すげーヘッスラ。種目ちげーし。栗松はユニフォームを払いながら立ち上がる。思ったより血は出ていなくて、強打した胸がにぶく痛んだ。後ろから松野と半田がブーイング(もっと派手にすべれ!)を投げかけてくる。
手洗い場行ける?と壁山が差し出す手にだいじょーぶだよとかるく手を振り、救急箱を持った音無にあとでよろしくと言った。それでも膝の擦り傷からにじむ血に眉をしかめる。あーいってーと思いながら歩き出す栗松の手首をちいさなてのひらが握った。行くぞ。え。少林寺が肩ごしに振り向いて、あいつら今からはしるじゃん、と言った。え、あ、うん。えっと。栗松がごにょごにょ言っている間に、少林寺はその手を引いてグラウンドをななめに横切っていく。いたい。あ、まぁ。どこ。えーと、胸んとこ。見た目わからないけががいちばんこわいよ。あー、だいじょーぶじゃねーかな。少林寺が手首をつかんだのはてのひらもざりざりにすりむいていたからで、今さらのようにちくちくとそれらが勘にさわる。少林寺のてのひらはちいさくてあつい。夏をこり固めたようなその感触。
グラウンドを抜けたところで栗松はふと足を止めた。少林寺がぐんとつんのめる。なんだよ。やー。栗松は両手と両膝に血をにじませたまま、少林寺をじっとながめた。なに。んーと。はやく洗わなきゃひどくなるから。少林寺さあ。栗松はちょっとわらった。手首をつかんだままの少林寺のてのひらを、ざりざりのてのひらでそうっとおさえる。少林寺はそこに視線を落とし、顔をあげて目をちょっとひらいた。なに。少林寺さあおれが七夕んときになにお願いしたか知ってる。は?知ってる。しらねーよ、興味ないから。そうか。栗松はいたいようにわらった。そうだよな。少林寺はいぶかしげな顔をして、おまえどっか打った、とたずねる。栗松はそれには答えずに手をほどいて、おれおまえがうらやましい、とつぶやいた。少林寺は一瞬きっと目をつり上げたが、やがて困ったような顔をして、しょうがないなーと言った。おれあまえられんのきらい。そう言いながら手を伸ばし、栗松の髪の毛を両手で思いきりかき回した。栗松の血と砂をまとわせた夏のてのひらで。
ぐじゃぐじゃにされながら栗松は自分の奥の方から、なにかとてつもなくどうしようもないなにかが、ゆっくりとだらだらと染み出してくるのを感じていた。だぶついた感情を絞って捨てて、もっともっと素直で欲深で純粋ななにかに変えてしまおうとするように。少林寺。栗松はうなだれてかすかにほほえんだ。おれおまえ以外なんもいらないんだ。ほんとだよ。少林寺はぱしんとひとつ小気味良くあたまをはたいて、終わり、と言った。もーなんも聞いてやんね。はやく手ぇ洗おう。そう言ってまた栗松の手をとる少林寺のてのひらが、その感触が、星のように澄んで届いた。あやうく泣いてしまうところだった栗松はかろうじて、いえっさー、とわらう。ほしいものはたかい身長でも頑健なからだでもなく、ただきみだけだった。きみを抱き止める強さだった。ようやくそのことに気づいて栗松はそっとわらう。今までそれしか願わなかった。素直で欲深で純粋な遺伝子。







持たない遺伝子
栗松と少林寺。
おかえり、ヒーロー。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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