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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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脚のながい女だと思った。おおきな目をまたたかせてリカは豪炎寺を値踏みするように見て、そしてつまらなそうに厚いくちびるを曲げる。そのままふいときびすを返し、ベンチでうなだれる吹雪のあたまに手なんか添えてなにやらはなしかけていた。円堂はなんとも言えないような顔をして豪炎寺をにらみ、まぁ帰ってきたもんは仕方ねえか、と言ってボールを豪炎寺に投げ渡す。円堂、おれ円堂たちと会えてうれしいぞ。豪炎寺の言葉に円堂は答えず、木野を伴ってキャラバンへ戻っていった。木野だけが肩ごしに振り向いて手を振ったので、豪炎寺はあたたかな気持ちでそれに手を振り返す。木野はやさしい。ふたりの背中を見送り、ゆるりと手を下ろして周りを見回した。妙にがらんとしたグラウンドは、激戦の名残も残さずに乾いてけぶっている。ひょこっと出てきた音無が豪炎寺さあんごはんですよお、と両手を振っていたので、そちらにむかって駆け出した。音無がそこで待っていたので、すこしほっとしながら。
リカは豪炎寺を挑発的にすがめるばかりで、なぜかちっとも歩み寄ろうとしなかった。誰にでもあかるく接するリカは、いるだけで空気を華やかにする。それなのに豪炎寺を目の敵みたいにして、言葉だって交わしてはくれない。嫌われてるのか。唐突な豪炎寺の言葉に、近くにいた土門はびっくりしたように、えっなにが、っつか誰が?と目を丸くして豪炎寺を見た。おれが。誰に。あの。視線の先のリカを見て土門はあーあーとうなづき、まーあのコは恋しちゃってるからねぇ、となぜか楽しそうに言う。恋。そうそう。おれにか。なんでだよ。ぶはっと吹き出しながら土門は言い、まーねぇとゆるくうなづいて、おまえイケメンだから警戒してんだよ、と続ける。警戒。豪炎寺が考えていると、土門はふらりとリカに近づいてその背中をとんとんとつつき、豪炎寺を指さしてなにやらささやいた。とたんにリカに尻を蹴飛ばされ、その笑い声が豪炎寺の方まで響いてきたので豪炎寺は考えを中断する。代わりにそれをうらやましく思った。
豪炎寺はたくさんのことを同時に考えるのが苦手で、リカのことを考えていたらあとはなにも思いつかない。それなのにボールを受け取るとからだはなめらかに動き、脳のすき間をぴしりぴしりと埋めるように次々と相手を抜き去っていく。目の前にすべりこんできた華奢なシルエットにはっとしながらも、豪炎寺は足を止めなかった。果敢に攻めるリカを左右に振って交わし、高く蹴りあげたボールをオーバーヘッドでゴールへ叩きこむ。なんとかいう一年生の脇を矢のようにすり抜けたボールは、ネットに当たってゆったりと転がった。豪炎寺は振り向いてリカを探す。見たか。リカはたちむかいー次は絶対止めるんやでーと声をあげ、一年生はそれにおおきく両手を振って応えた。豪炎寺は指先で頬を掻く。今のは我ながらかっこよく決められたと思ったのに。リカは豪炎寺の横を素通りして自分のポジションへ戻る。ながい髪と陽に焼けた華奢な首。豪炎寺にはなにも思いつかない。ただ、見てほしかった、と思った。叶わなかったことだった。
雷門中で豪炎寺は異物だった。仕方のないことだと思う。豪炎寺が来てしまったから、雷門中は勝たなくてはならなくなってしまった。円堂は豪炎寺を疎んじている。最初の日から、今も。リカは夕陽のグラウンドで切れたスパイクのひもを直していた。みんなもおれを恨むかもしれない。その隣に突っ立って、豪炎寺はぼんやりと呟く。雷門中のみんなのことはすきだった。何度も裏切った自分であったけれど。みんなのことを考えていると、リカのことはうまく考えられない。だけどリカのいるあたりがあたたかい。夕陽がそこに沈もうとしているみたいに。だったら戻らんと逃げたらよかったやん。リカはそう言って立ち上がる。肩が並ぶことが心地よかった。それはだめだ。あかく燃える空に射られて、豪炎寺はまばたきもしない。おれには、サッカーのほかにできることがない。サッカーじゃないと、おれはだめだ。嫌われても?リカの言葉に豪炎寺はうなづく。おれがみんなを守るんだ。今度は。
あっそう、と乾いた声でリカは言い、首をぐるりと回して、いけすかんやっちゃな、と言った。よく言われる。豪炎寺はうなづく。円堂はおれがきらいみたいだ。リカはなにも言わずに並んで立っている。でもおれは、わりと、円堂はすきだ。豪炎寺は意味もなくわらった。リカの視線を感じ、不意に心臓のあたりがふわりとぬくもる。冬の窓がくもるみたいに。ほしかったものが与えられる絶対の幸福。おれは浦部のこともすきかもしれない。豪炎寺の言葉にリカはすこし黙り、なんで、と訊ねた。わからない。豪炎寺は素直に首を振る。考えたこともなかった。リカのことを考えていると、リカのことだけで、豪炎寺は満たされてしまう。理由なんかなかった。けど、おれは浦部の近くがいい、と思う。そう言うとリカは目をそらして豪炎寺から離れようとしたので、豪炎寺はあわててその手をつかまえる。あつい手のひらをしていた。夕陽のようだ、と思った。たそがれにさまよう、おれは、じゃあ。
リカの華奢な手のひらは豪炎寺のがさついた手の中でじっと固まっていた。リカのことを考える。リカのそばで。それはとても幸福だった。ずっと離れた場所で、疎んじられるのを待つよりも。夕焼けを裂いて鳥がゆく。夕陽めがけて。じゃあ、おれは、あの鳥になりたい。どんなに遠くにいても、きっと、広げた翼がみんなを守る。ほかにできることはない。たそがれにさまよう、ひとりでは。豪炎寺はうつむく。手をつないだリカはとおくを見ている。浦部。豪炎寺はぼそりと名前を呼んだ。浦部は誰がすきなんだ。リカは答えない。夕陽が絡まるほそい髪。嫌われたくないんだ。浦部には。豪炎寺はほほえむ。リカはなにも言わずに手を振りほどき、豪炎寺の首にそれを回した。夕焼けがみどりに光って消える。さまようふたりでは、それでは、なにができるのだろう。たそがれがたとえば、ふたりのシンパシーだったとしたら。









たそがれはぼくらのシンパシーだった
豪炎寺とリカ。
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この世界の人間はみんな神を恐れていて、それはいずれ神がすべてを滅ぼすからだ。神が世界を滅ぼす前に神をころせば人間が勝ち、だけどまた新たな神が生まれて戦いは終わらない。人間は永久に虐げられ、神が望んだような進化がなされないと、そこで生きる意味が尽きる。人間はあがいていた。神を滅ぼす最期の兵器を、己が同胞の中に、見出ださなければならないほどに。
目金はぽけっとからほそいひもで繋いだコントローラを取り出す。それはひとのからだから抜いたしろくほそい肋骨で、五本をひと束にして目金は手にしていた。そのひもを左の手首に通した瞬間、目金の周囲に五体の兵器が出現する。巨体のひとり、髪のながい小柄なひとり、ひょろりと背ばかりたかいひとり、中背のひとり、少女のひとり。これが目金の兵器だった。ゲームマスタ。目金は神をころすための人間だった。
神は今、稜線にじむ山のあなたで巨大なしろい手を振るっている。ときどき彗星のような発光体が神に向けて特攻を繰り返して、そのうちのいくつかは火花を上げて死んでいった。彼らもまた人間兵器だった。神の放つ無敵の圧力に耐えきれず、関節から火を吹いて彼らは死んでゆく。目金は左手首を力強く突き出した。五体の兵器が流星のごとく光の尾を引いて、吼え猛る神に殺到する。最初に到達したのは小柄なひとり。空中でくるりと回って神の手をかかとで叩き落とす。目金はほほえんだ。神の口から放たれた光がその目前に迫った瞬間、巨体のひとりがそれをはじき散らして目金は救われる。
兵器もゲームマスタも、ともに選ばれた人間だった。兵器は肋骨を抜かれ、脳と意識を三次空間と抜かれた骨にジョイントし、ゲームマスタが命じるままに、神に特攻し、そして死ぬ。彼らはたとえ神に敗れて死んでも、抜かれた骨から細胞レベルで復活を遂げ、媒介が尽きるまで何度でも何度でも神に挑み、終わらぬ戦いを続ける運命であった。ゲームマスタは兵器の痛みを請け負わなければならない。兵器が三次元に存在する媒介となるチップを脳に埋め込み、その肋骨をコントローラとして神に挑む。
兵器は政府が隔離した祈りの家の地下に、無数のカプセルに収められて眠っている。神がひくく唸り、次の瞬間そのうなじからましろい刃が生えて、鞭のように周囲を薙ぎ払った。たまたまいちばんそばにいたひょろりとした兵器の右脚が、その刃に切断されて焼け落ちる。そのとたん目金に埋め込まれたチップが脳の中でうずき、目金はあたまを抱えて悲鳴をあげた。カプセルの中では今、兵器のからだが同じように傷ついている。口の中で悲鳴を噛み潰し、目金は彼の肋骨を握る。右脚を落とされた兵器はからくも空中で体勢を整え、指示に応えて両腕を真横に伸ばす。その腕は刃物になり、再度狂ったように向かってくるしろい刃を根元から断ち切った。とたんに振り下ろされる両手を、巨体と中背が片手ずつ押し返す。のけぞる神の顎を少女が高速で突き上げ、その眉間に小柄な兵器がまっすぐに流れ落ちる。神は眉間を貫かれて倒れ、強烈な光を発しながら消滅した。
ゲームマスタは兵器を好きなだけ選ぶことができる。鼻血を拭って目金は顔をあげ、腕を下ろした。五体の兵器が目金の周りに戻ってくる。兵器を増やすことのメリットは、戦略の充実。デメリットは請け負う痛みの倍増。五体もの兵器を使っているゲームマスタは滅多にいない。チップを埋め込む手術は三度行った。目金は8と彫られた肋骨を撫でる。右足を失った兵器のものだ。五人はなんの感情も読み取れない顔で目金を見ている。そのうちひとつ、8の兵器ががふっと消えた。本体の意識が途切れたらしい。目の奥がじりじりする。
7の骨(小柄なひとりのものだ)がかたかたっと揺れる。目金ははっと頭上を仰いだ。巨大なエイのような影がぞろりと横切っていく。今度は海を越えた別の場所に神は現れるらしい。兵器たちは固い顔をしてその影をじっと眺めている。戦うためだけのこどもたち。やがて兵器たちはひとりまたひとりと姿を消した。戦いには莫大なエネルギーを使う。一度戦えば、彼らはおよそ二日間、脳と肉体と意識の激痛に苦しむことになる。8の脚の再生にはどのくらいの時間が必要だろうと目金はまばたきをする。ひとり消えずに残っていた5の骨の兵器がじっと目金を見ていた。栗色の髪をした5は悲しいような目をしている。なんですか。目金は手の甲を見下ろした。鼻血が筋になって乾いている。
兵器には兵器の理由があり、ゲームマスタにはゲームマスタのわけがある。目金は5の骨を握った。意識がひどくざわついている。心配ですか。そう伝えると、5は一瞬ひどく恥じ入るような目をして消えた。脳の奥が痛む。そのとき携帯端末にエマージェンシーが入った。8の脚を再生するのに骨が必要だという。目金はコントローラを取り出した。8の骨は他のものよりやや短い。以前の戦いで、一般市民をかばわせてからだの大半を失ったとき、その再生に大幅に骨を使わざるを得なかったのだ。この肋骨を使い果たしたら。目金はため息をつく。兵器は処分されてしまう。さっきの5の目を思い出す。奇妙にはかなく澄んだ、せつないくらい霧の色をした。
目金は死なない。家族も友人も死なせない。蘇る限り何度だって、何度だって神を滅ぼして見せる。歩き出す目金の鼻腔を金臭さが突く。その代わりに犠牲になるものがあるのだと。痛みと引き換えに失うものがあるのだと。ああ、あるのだと。ああ、知りたくなんかなかった。「ぼくは死なない」口に出したそのとたん、はるか遠くとおく、海のかなたのアメリカからでも、神の光は届いてくるのだった。噴き出した鼻血が顔を伝う。地面にこぼれた血はあかく、あおい空は一直線。兵器たちは口をつぐんで今日も死んでゆき、目金は目をそらして歩き続ける。ああ明日なんか来なくていいのに。エマージェンシーがぷつりと途切れ、ながくながくサイレンが響いた。葬送の合図だ。










勝利者の御旗は蒼く
目金。
舞城王太郎パロディ。
音無のパソコンに入っていたデータをコピーしたディスクと、円堂のノートの一部、木野の持っていた選手資料なんかの複写を、ドラゴンボール完全版とクロマニヨンズのアルバムの入ったタワレコの袋に入れて丁寧にくるみ、鞄のいちばん底にしまったところでひとが来る気配を感じ、土門は急いでファスナを閉じる。ジャージの上着を取り出したところ、といった風を装って顔をあげると、立て付けのわるい扉ががたがたっと揺れて半分ほど開いた。目の覚めるようなゆうひの髪をした後輩が無言でぬっと入ってくる。よう。立ち上がりながら声をかけると、彼はちらりと土門を見て、ちす、と無愛想にあたまを動かした。おざなりなそのしぐさに、もしかして見られていたのか、とのどのあたりをこわばらせながら土門はわらう。彼は土門を無視して部室を見回し、かかとを引きずるように自分のロッカーへ向かった。表面に錆の浮いたロッカーはこれも立て付けがわるい。ばがん、と無理やりこじ開けたそこに鞄を押しこむ、そのしぐさが気だるい。
宍戸今日はやいね。土門はあかるく声をかける。確か今日は一年生も遅く来る日じゃなかったかと、さりげなく探りを入れるつもりで。あーまあ。なんかあったの。関係ねっしょ。ここの一年生は、ひと慣っこい見た目とは裏腹にひどくよそよそしい。二年生を含め、いまだに彼らの性格をわかりかねている土門は、その言葉に苦笑した。試合でちょっとがんばってみせる程度ではだめだったなと、さりげなく手で鞄を押さえる。ふと顔をあげると、宍戸がこちらを見ていて土門は思わず息を飲んだ。心臓が跳ねる。学ランを脱いだ宍戸の、カッターからつき出した手首は自分のそれと遜色ないほど痩せている。なあに。その言葉に宍戸は首をかしげて顔をそらし、鞄からユニフォームを引っぱり出した。土門はそうっと息を吐く。宍戸は目を隠しているせいか、なにを考えているのかいまひとつ読めない。おれのこと気になる?別に。あ、着替え見られるのはずかしーとか?宍戸は動じた様子もなくカッターを脱いだ。骨のように痩せたまっしろな腕をしている。
ユニフォームをかぶって髪の毛をぐしゃぐしゃとかき混ぜ、ひと呼吸置いてから宍戸は不意に口を開いた。クロマニヨンズ。え?顔をあげる土門に宍戸は平然と言う。すきなんすか。えっ、まぁ、すきだけど、なんで。あと、あー、ドラゴンボール?土門は目を見開く。それはあのタワレコの袋に、一緒に。なんだよ、急に。や、別に。ちょっと、みえたんで。宍戸は腕組みをしてうなだれている。見えたって、なにが。土門は鞄を押さえる手に力をこめる。鞄の中、奥の方の、タワレコの、袋の。考えるようにゆっくり言って、そこで突然宍戸は首を振った。なんつって。土門の背中をつめたい汗が伝う。鞄はファスナを閉めてジャージをかぶせ、宍戸が入ってきてからいちども開けていない。それよりも宍戸は、さっきからほとんど土門を見てすらいない。なのに。宍戸はその体勢で首を回し、なんでそんな動揺してるんすか、と言った。あざけるような口調。なのにその横顔はわらうこともしない。
土門はそっと腰を浮かす。今ばれるわけにはいかなかった。今はまだ。なあ、宍戸。宍戸はわずか顔を動かして土門を見る。さっきからなに言ってんだ?おれ、そんなの持ってないけど。言いながら土門はそっと距離を詰めていく。浮かべた笑みは、きっと、けだもののようだろう、と思った。宍戸のほほからあご、のどにかけての筋張った線と、それに連なるしろい首。適当言ったらころすぞ。右のてのひらの中で宍戸の首はいよいよほそい。ささやかな突起が親指の根本を緩慢に押し返してくる。血管の震動。こめかみがひどくあつい。宍戸はうすいくちびるを曲げて、いやなものでも見たように顔をそむけた。パン、くいかけ。いつから入れてんだよ。きたねえな。土門ははっと振り向く。鞄の中。コンビニで、確か、あれは、何日も前に買ってたべてたべきれずに。土門さえも忘れていたそのことを、宍戸は。だったら、あの袋の中身も。宍戸は。宍戸には。なんだよ!土門は首をつかんだまま宍戸を前後に揺さぶる。おまえ、なんなんだよ!
宍戸は抵抗もせずなされるがままで、土門が思いきり突き放すに任せてタイヤに激突した。鼓動がはやい。息が荒い。なんなんだよ。背中を這う汗が恐ろしくつめたく、土門は引きつった顔でわらった。嘘だろ。冗談だろ。だよな。な。宍戸は答えない。言えよ!タイヤを蹴飛ばすつま先がしびれる。嘘って言えよ!宍戸はかるくあたまを振り、のどの奥でうめきながら立ち上がった。あんたが隠してることは、最悪のタイミングでばれる、よ。よわよわしく咳きこみ、宍戸はぼそりと言った。なんなんだよおまえ。なに言ってんだよ。隠しごととか、ばれるとか、意味わかんねえよ。でたらめ言って。嘘ばっかりじゃねえか。おれがなにやったって、おまえ。土門は不意に口をつぐんで息を呑む。顔がこわばり、まぶたが引きつる。宍戸はじっと土門の心臓のあたりを見ていた。血管のすべてが沸き立ち、両腕がびっしりとあわ立つ。痛いほどの視線は、宍戸がみているものが、じりじりと土門を焼き焦がし、融かして、蔑んだ。
見えるのか。土門は乾ききったくちびるでささやくように問いかけた。みえるよ。宍戸はそっけなく言う。なにが見える。宍戸は顔をあげ、教えてやらねえ、と言った。まっすぐに土門をみながら。その首には土門の指の跡があかく残っていた。土門は視線をそらす。視線をそらして鞄を見る。あのいちばん奥のタワレコの袋のクロマニヨンズのアルバムとドラゴンボール完全版のすき間にあるものを、見ようと。みようと。引き戸ががたがたと鳴り、一年生たちが入ってくる。ちーす。おー宍戸。はやい。ウメシャーやすみだった。あーそういえばいなかったな。いつ来たの。今来たとこ。宍戸はあかるい声で言う。土門は立ち尽くしたまま、その光景をよその世界の出来事のように眺めていた。土門さん、どうしたっすか。気づかうような壁山の言葉にあいまいにほほえみ返し、はやく外に出ようと土門がジャージを持ち上げた、次の瞬間。
宍戸、首んとこどしたの。栗松の言葉に土門は息を止めた。目がひりつく。てのひらに鈍く残る感触。つめたいひふだった。宍戸はニチャっとわらい、事故だよ事故、と答える。土門は蔑まれていた。宍戸がなにも言わなくても。宍戸の目をえぐって棄ててやりたかった。そんな目で泣けと言うから。そんな目で、見なくていいものばかりをみて。宍戸は土門を振り向くこともなく、しろいてのひらでそこをぺたりと覆って、あとはなにも言わなかった。(なにをみてる)なにも言わずにどこか遠くをじっとみていた。(なにがみえる)








忘奏で合う劇場にてストラディヴァッリは咽び泣き
土門と宍戸と宍戸の目について。
音がする、と思った。果てしないつよい音だ。遠くをじっと見ていた。とてもまぶしい日だった。すんだ空は眼球と口の中をあおくした。金魚が溺れてもがいていた。音がしていた。果てしないつよいうつくしい音だ。そんなような気がしていた。
壟であったのだ。と思う。
ことばというものにどうしてもなじまれなかった。ずっとだ。からだのまわりをらせんにめぐるアストラルベルトの浮遊虫。今よりずっと幼かったころには、木だの草だの石だの川だのばかりに興味を向けていた。ことばのないもののことばを探していた。自分とおなじなのだろうと、嘲笑うために。目は早くになくした。必要がなかったからだ。ひそやかに手放した夜にはそれでも限りのない喪失が脊椎を燃やして、焼かれたそれが痛んでなかなか寝つかれなかった。代わりに携えてきたものはすこしの挫折に傷ついて、いらいらと揺れる重みに広がる苦味を諦めと呑んだ。仕方のないことだったと思っている。今も。
あの夜にはもうひとつを手放した。つめたいしこりが南極で、だったらそれはエリュドラドだったのだと思う。からだの中が二億年も渦まいて、目や鼻から海が溢れた。苦しかったのかと聞かれれば、どうだろう。(などと考えられる程度には、むやみなだけの逃避行だった。だったら逃げたかったのかと聞かれれば、どうだろう、と言わざるを得ない。)残ったものはほんの少しだった。かき集めて手足や指や心臓にした。どうしても余ってしまったものは、仕方なくそのままにした。憐れなものがよかった。たかがひとつをなくしただけで、この有り様だ、と。みすぼらしくみじめでせつない、憐れなものがよかった。言葉をなくすほど。シャガールみたいな星がばらばらした空だった。星がぶつかって砕けてまた星になった。ごちゃごちゃでばらばらでずたずたでぼろぼろだった。言葉はそこで手に入れた。今思えば。
「それも幸福だったよ。きっとそうだった」
ささくれた爪を無言で丸めた指で、そうっとちいさなてのひらに触れる。つくりもののような華奢な指。彼の背中は優雅で、そこにまとうひやりとした空気の底をけだものの香が這う。喉を限りなくこみあげるものがふさいだ。泉に溺れる七色の魚。エリュドラド。白磁の牙の象。海で死ぬ気高き佛たち。彼は楽園だった。ただひとりで。呼吸は肺を歓喜にわななかせる。彼はこちらを見ない。彼は楽園だった。彼のためにありとあらゆるものを擲つもの。彼のために。彼の楽園のために。そうありたかった。そのために棄てたのだ。そのために。りんりんと空気を静かに裂いて彼はほほえむ。彼がそうでなければ、誰が幸福など。沈黙は三秒を踏んで次の足は彼のまばたきだった。彼はそのてのひらを持ち上げて、やさしく耳を覆うようにした。
音がする、と思った。果てしないつよい音だ。彼をじっと見ていた。とてもまぶしい目だった。すんだ空はふたりの骨と血管の空洞の中をあおくした。涙に溺れてしんでしまいたかった。音がしていた。果てしないつよいうつくしい音だ。不意にこみあげるものに喉をつまらせ、影野はまばたきをする。聞こえる。幸福だ。きこえる。アストラルベルトの浮遊虫。きこえる。脳に焼きつくうつくしくのびやかではかなくてきよらかなもの。きこえる。ああもうしんでしまってもいい。きこえる。楽園の海の底に眠る気高き佛。きこえる。沈黙の果てのけだものの咆哮。きこえる。ああもうしんでしまってもいい!きみのために棄てたのだから!きこえる。きこえる。きこえる。(きみはおれの光だ)(許してよ、)(、もう二度としないから)
壟であったのだ。それより前には。









静脈セヴン
詩歌に巧みに糸竹に妙なるは幽玄の道
蝉しぐれの代わりに足の指の間を埋めるものが雨だった日だ。そんな日だ。昨日までと言わない、今朝までは腹立たしいほど晴れていたのに、突然空がおもたく塗りつぶされたかと思うと恐ろしい勢いで雨が降り、それはたちまち豪雨になった。染岡はあくびをしてベンチにふんぞり返り、わずかにほそく開いたままの部室の扉を見た。さっきまでそこでおとなしくゲームをしていたかと思ったのに、突然立ち上がってふらりと出ていった宍戸が閉めきらなかったものだ。しぶきこむ雨がコンクリートの色を変え、狭いプレハブは溺れそうなほどの湿気にうずくまる。栗松は居心地がわるそうな顔をして、神経質にスパイクのひもをいじっていた。練習試合が終わったあと、ボールやらばけつやらクーラーボックスやらの荷物はそのまま部室に投げこまれている。じゃんけんで負けた三人が、翌日それを片づけることになっていた。ひどい日に当たったもんだと染岡はため息をついた。栗松がちらりと染岡を見る。
片づけはなんとなく終わったような終わってないような、といった雰囲気で、それは染岡も宍戸も自分からはなにもしないからだった。宍戸はそれでももそもそとボールを数えてノートに書きこんだり新しい試合球をおろして前のやつを練習用のかごに入れかえたりしていたが、染岡はベンチで宍戸が持っていたジャンプをずっと読んでいた。めだかボックスまで読んで顔を上げると、宍戸はタイヤの上にあおむきに寝ころんでいて、栗松は奥の道具入れから石灰の袋を引っぱり出しているところだった。部室が一瞬揺れたのはそのときで、次の瞬間にはすさまじい雨音がいがらっぽい空気を叩いた。栗松ははじかれたように部室を飛び出し、干していたらしいアイシングのサポータを抱えて戻ってくる。それをおざなりにたたんで片づけ、宍戸の方を見た。宍戸はからだを起こして、モンハンやろーぜ、と鞄からゲーム機を取り出す。そうしてふたりで顔をつき合わせてゲームをしていた。ついさっきまで。
あいつ便所か。その言葉に栗松は顔をあげ、さあ、と首をかしげた。その言葉に染岡は鼻から息を吐いて首を回す。へんなやつ。栗松はタイヤに腰かけて低いところをじっと見ている。あいつといてよく平気だな。言いながらちらりとそちらを見ると、栗松は背中を伸ばしてぱたんと後ろに倒れた。さっきの宍戸もそんなふうにごろごろしていたな、と思う。ジャージは膝までまくってあった。部室はただでさえむし暑い。宍戸は。両腕で顔をおおうようにしながら、栗松はぽつりと言った。あれで寂しがりやなんでやんす。へえ、と染岡はちょっと目を開いた。寂しいから、寂しくならないように、いろんなところで考えてるんでやんす。よくわかんねえな。わずかの沈黙を挟み、染岡はぼそりと答える。回りくどいっつか、意味がわかんねえ。なんなんだよ。意図せずなじるようになってしまった口調にはっとすると、栗松がからだを起こすところだった。なんだっていいんでやんす。そう言って栗松はすこしわらった。空洞みたいなうつろな目をして。
そのとき、けたたましい音を立てて扉が開いた。ふたりは弾かれたようにそちらを見る。ずぶ濡れの宍戸が幽鬼のように立ち尽くしていた。部室の温度がすうっと下がる。そのくせ佇むその姿になにも感じることができずに、染岡は顔をこわばらせる。宍戸が入ってくるだけで息が苦しい。その暴力的なほどの斥力。宍戸?栗松が呼ぶと、宍戸は大またで部室に入ってきた。濡れたスパイクの立てる不快な濡れた音。足元のがらくたを蹴散らすまっすぐで一途な歩みは、栗松の前で止まった。思わず顔をかばうようにかざした栗松の手を、宍戸のしろい手がわしづかみにする。有無を言わせぬ勢いでその手を引いて立たせ、宍戸はくるりときびすを返してまた歩き出す。ちょっ。栗松は猛然と引っ立てられ、バランスを崩しかけてはなんとか持ち直す。宍戸。染岡も思わず腰を浮かした。宍戸は振り向きもせず、棒きれのような腕は栗松の手をつかんで離さない。
入り口の段差につまづき、栗松が前のめりになる。しかし宍戸はただ盲目のように栗松の腕を引いた。変わらぬ力で。伸びきった栗松の腕。雨のアスファルトにあかい筋が引く。関節がきしむ音が聞こえたような気がして、染岡は思わず奥歯を噛んだ。ふたりは豪雨の中を進む。前も見えないほどの雨を。宍戸がぐっと腕に力をこめた。半ば引きずられるようにしていた栗松は体勢を立て直す。膝がまっかに染まっていた。だけど栗松も止まろうとはしない。染岡は部室の入り口に呆然と突っ立ったまま、ふたりの背中を眺めていた。ぞっとした。からだの奥から、言葉にならない感情がじわりとにじみ出してくる。それはかたちのない幽霊のように、つめたい手をしていた。宍戸のスパイクが跳ねあげる水しぶきが、栗松を伝う血が、ふたりを打ちのめす雨が雨が雨が雨が、息を飲むほどに(怖かった)。
染岡はビニル傘をつかんで部室を飛び出した。たちまちからだじゅうがおもたく濡れる。開いた傘に、雨は耳を壟するほどに打ち付けた。世界中の悪意の、そのすべてがここに集っているほどに。ふたりはグラウンドのまん中に立っていた。おぼろげなかなしい影法師のように歪みながら、離れもせずに寄り添いもせずに。空が一瞬あかるく光った。遅れて、けものの唸るような音がする。宍戸は栗松の腕をつかんだままで、栗松はなされるがままだった。染岡は息を止める。宍戸がそっと手を伸ばして、栗松の頬をなぞった。「いたかった?」染岡は息を止める。息を止めてまばたきをする。雨の中にしんと響いたその声のすり切れるほどのせつなさ。栗松はそっとわらう。宍戸は。宍戸は、寂しいのだ、と、理解は不意に染岡の網膜を焼いた。耳を壟する雨。おぼろげなかなしい影法師。世界中の悪意がふたりを打つ。寂しかったのだ。宍戸は泣いていた(のかもしれない)。「ごめんね」
地獄があるならここの他はないと思った。









休日のマザコン野郎ども
染岡と宍戸と栗松。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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