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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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はっと目を開けたときに視界をさらったものが見覚えのない天井だったもので、かの名作のかの名シーンを蘇らせながら無意識のうちに鼻に触れたらそこがひどく腫れていた。しまった、と思う。いろいろ、を思い出してしまったからだ。ちょうどそのときに彼から見て左手にある扉が細く開いて、ぬっと音もなく痩せた少年が入ってきた。しまった、とまたも思う。さっきの瞬間に彼のこともまた思い出していた。とっくに。くしゃくしゃの赤毛をした少年は足音を殺すようにひたひたと彼のベッドに歩みより、枕元にスツールを引いてきてどっかと座った。平気?ぶっきらぼうな声音に栗松は素直に頷いた。よかった。彼はうすい唇を横に引いて笑う。痛い?栗松は再度鼻に触れる。鼻血は止まっていた。栗松の鼻の低い稜線を跨ぐように、申し訳程度に絆創膏が貼られていて、それはこの赤毛の少年が貼ってくれたものだ。今度は横に首を振る栗松に彼は笑った。おまえ頑丈だな。答えようとした喉に鉄くさい塊が絡んでひどく噎せた。教室より先に保健室に入ってしまった、と思った。
入学式の掲示板は真新しい制服の新入生で埋め尽くされていて、そこに貼られたクラス分けの一覧と栗松の間には無限のようにたくさんの後頭部が並んでいた。背の低い栗松は背伸びをしてもジャンプをしても前の人垣を越せず、かといって無理やり人波を縫って先に進むことなどは性格上どうしてもできなかった。見知った顔がいないことになんとなく寂しさを覚えながら、栗松は家畜のように無限の後頭部に埋没し、先に立つ連中が早く去ってくれることをじりじりと待つ。すぐ隣には栗松よりもだいぶ背の高い女子生徒が立っていた。すらりと手足が長く、ボブヘアーを無造作に揺らす整った容姿だが、なぜかしきりに眉をしかめ、目を細めている。目が悪いのか、と思ったが、彼女が使うべき眼鏡は彼女の額にずり上げられていた。華やかで派手な赤ぶちの眼鏡。手に持ったペンとメモはなにに使うのだろうと思ったが、それきり栗松は彼女から目をそらした。わけもなく肩をすくめる。
ふと顔を上げると、栗松の斜め前に小山のように巨大なパンチパーマがのっそりと立っていた。ぎょっとして目を見開く。制服が真新しいので恐らくは自分と同じ新入生なのだろうとは思ったが、それでも栗松は彼から目が離せなかった。ぼんやりと掲示板の方を眺めていたパンチパーマは、ふとなにかに気づいたように下を向いた。どうも誰かと話しているらしく、数度頷いてから少しからだを屈める。しばらくすると彼の丸太のような腕を伝って、栗松よりもさらに小柄な少年が彼の肩によじ登った。手も足も冗談みたいに華奢で小さく、豊かなポニーテイルを揺らしているくせに、清潔に剃り上げたあたまをしている。栗松はまばたきをした。パンチパーマが自分の顔のすぐ横に座っているポニーテイルを見て笑う。その顔が驚くほどに優しかったので、栗松は思わず詰めていた息を吐いた。にこりともしないポニーテイルがふと視線を巡らせて栗松を見た。慌てて目をそらす。強い視線だった。耳がやけにちりつく。
そんな連中を見ているうちに、目的地はすぐ目の前に迫っていた。栗松は背伸びをする。目の前のやつの背がやけに高くて邪魔だった。彼を避けるように自分の名前を必死に探す。あ。真ん中よりもすこし右側ぐらいに自分の名前を見つけた栗松が、所属クラスを確認しようとした瞬間、目の前の少年が振り返った。ゴッ。鈍い音はあたまの奥から聞こえたような気がした。顔を突っ放されて、最初はなにが起きたのかわからなかった。しかし、ふと顔を抑えた手にまるい赤がぽたりと落ちたそのとき、痛みと熱が同時にやってきた。え、あ、わるい。栗松の鼻をひじでぶった少年がさして悪びれもしない様子でそう言って、そして今、栗松は保健室にいる。なんか。赤毛は髪の毛をくしゃくしゃと掻きなが言ったら。ごめん。栗松はからだを起こす。もしかして運んでくれた?や自分で歩いてたよ。おれついてったけど。なんか血ィ止まんなくて、寝てなさいって、先生が。
あ。その言葉に、鼻に詰められた脱脂綿を抜いて確認して、栗松は顔を上げた。あの。相変わらずぼんやりとした表情の赤毛は、あー、と頷く。あれね、洗ったら落ちたから平気。栗松の鼻血を止めたのは赤毛の真新しい学ランだった。彼は前のぼたんをすべて外し、ためらうことなくその裾を栗松の鼻に押しつけた。これで押さえてて。栗松は言われるがままに両手で学ランの上から鼻を押さえる。真新しい学ラン。上向いて。次にかけられた声に栗松がはっとすると、赤毛は下から栗松を覗き込むようにじっと見ていた。くしゃくしゃの前髪の隙間から彼の目が見える。きれいな色だ、と思った、その次には彼の白い指が栗松の鼻に伸びてきて。そして。あー、そう、ですか。栗松は鼻に触れる。そこには絆創膏が貼られていた。つめたい指だったな、と思った。あの、なんかごめん。ん。殴ったのおれだし。あ、えと、入学式とか。終わったよ。今日もう帰っていいって。えっあっ、え、そう、なの。ん。赤毛は頷いて立ち上がる。
ほら。え。帰らないの。栗松は目の前に伸びてきた彼の手と彼を順番に見比べる。帰ろ。彼は栗松をじっと見下ろしている。くしゃくしゃの赤毛の下から、じっと。しろく細い指先が栗松の前で揺れる。栗松は視線を下げた。彼の学ランの裾が濡れている。彼のつめたいしろい指。その指が、栗松の鼻に絆創膏を貼ってくれた。うん。栗松は自分の手をそのしろい指に重ねた。ありがとう。はにかんだように笑う彼はつめたい指をしていた。そのつめたい指が、栗松の鼻に絆創膏を貼ったのだ。この上なくやさしく、静かに。









ぼくの負けだ
宍戸と栗松。8月5日に寄せて。
彼らの出会いのおはなし。イメージはびーこさんとびーこさんのすきなまんが。
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いつもの格好だと夜が寒いと思う日が、うだるような夏の宵にも何回かはある。それもひと月のうちに。まぶたの裏にゆっくり月が這うような夏の夜はとろりとねばっこい。しなしなと虫が鳴いたり車の音がふつりと途絶えたり空の向こうが桃色に霞んだりしているような夜は苦手だった。無駄に多い、と思う。不必要なものが、無駄にたくさん。あまり日焼けする体質でもないのに普段から晒すことのない宍戸の骨ばった脛は、この時期にはそぐわないくらいにしろい。くしゃくしゃの前髪をまとめて上げてクリアブルーのコンコルドでぐさぐさ差し、眉を削りながら宍戸はなんだか眠たいような気になってきた。日付も変わる前なのでまだ寝るには早いのだが、夜の濃度が高いと、宍戸はどうしてもそこから逃げ出したくなる。ついでに脛にわずかに生えたぱやぱやの毛も全部抜いてしまった。剃刀と毛抜きをティッシュで拭きアルコールを吹き付けてからそれらを片付ける。さらについでにとずぼんとパンツを引っ張って中を覗いた。柔らかく赤みの強い髪の毛や眉毛と同じ種類とは思えない、ねらりと寝かしつけられた量は少ないが黒い毛を見た瞬間に、今日は止めとこう、と思った。自分には無駄なものが多い、と。
いつもの格好だと夜が寒いのは、無駄なものが多いと自分が思っているからだ、と宍戸は思っている。二の腕までまくっていたラグランを手首まで下ろす、それしきのことに落ち着いてしまう。なんだか自分の顔を見るのは久しぶりなような気がしたので今日はさっさとコンタクトも外してしまおう、と階下に洗浄液を取りに行ったら、リビングのテレビだけついていてその前で兄がだらしない格好で寝ていた。ちぃ兄風邪引くずら。軽く肩を蹴飛ばしても兄は起きなかった。明日も朝が早いはずなのでさっさと部屋に引っ込めばいいのに、と思いながら、冷蔵庫から洗浄液とコントレックスを持ってまた部屋に戻る。デッキの前に散らばったDVDのパッケージをちらりと見て、あれが噂のタイバニかと思った。兄の今の彼女はアニメが好きなひとだ。無趣味で健気な暴力兄は最近ガンダムSEEDを必死で観ている。前の彼女のりぃちゃんは宍戸にもとても優しかったので、よりを戻せばいいのにと宍戸は今も思っている。
部屋に戻ってコンタクトを外した。洗浄液の中に沈んだふたつの瞳孔を霞んだ目でぼんやり眺める。宍戸は裸眼では生活ができないくらいに目が悪い。前髪とカラコンは宍戸の鎧だった。細く削った眉の下の眠たげな一重の奥の瞳孔は色が薄く、青みがかった薄い灰色をしている。おかんは実は外人とやったんじゃねえの、とさすがに当人を前にしては言えないが、日本人離れというのはまさにこういうもんじゃねえの、と、たぶんそれは諦めにも近い感情だった。前に栗松が泊まりに来たときに、一度だけ、前髪を上げて眉を削ってカラコンを外す、といういつもの流れをついうっかりやってしまって、栗松はえらくびっくりしていた。鼻から上は、合宿のときでさえも晒さなかった。まぁいいやと開き直っておれの顔どう思う?と訊いてみたら栗松は少し考え、まじめくさった声でわるくないと思う、と答えた。笑ってしまう。そうして栗松は宍戸のしろい額にちょっと触った。栗松の小さくてまるい指先。
なんにも怖がることはないのに怖がってばかりで、小さい頃から、すべてを隠しておきたかった。持てるもののすべてを。なんで触ったの?と問いかけると、栗松は自分の額を指して、ここになんかついてると思って、と答えた。鏡で見るとそこにはほくろがひとつ、いつの間にかできていた。額の右の方、生え際にごく近い場所。その頃にはもう宍戸は栗松のことがとても好きで、本当に好きで、あのときの栗松はそれを知っていただろうかと思う。怖がってばかりの宍戸には、怖くないものなんかひと握りしかなくて、だからいつでもありとあらゆるものから隠して、隠れて、やり過ごそうとしていたのに。あの夜も本当に寒くて、震えるような気持ちで眠った。たくさんの無駄なものものと、有り余る沸き立つような感情。早く追い出さなくてはと思った。どうせいずれはそうなるならば、嫌われてしまう前に、忘れられたいと思っていた。わるくないと思う、なんて。栗松が、そんなことを言うので。
コントレックスを飲んでしまって、もう一度ずぼんとパンツの中を覗いて、なんかパンツゆるいなと思ったら夏はもうすぐそこで宍戸を津波のように飲み込んでしまう。今日もいつもの格好では寒すぎる。栗松の声が聞きたいと思った。月がまぶたの裏を這う緩慢な夜には、孤独が骨まで抱き締めて離さない。
ぷ、ぷ、ぷ、ぷるるるるるるる、ぷるるるるるるる、ぷるるるるるるる、ぷるるるるるるる、ぷるるるるるるる、ぷるるるるるるる、ぷるるるるるるる
「出ねえし」










平均は左右の期待値
宍戸。
こんにちは。
暑いですが皆さま息災でおいでますでしょうか。

3日後と相成りました青春カップですが、
スペースナンバーO9、「aochan」様でお手伝いさせて頂きます。
目金欠流アンソロジー刊行とのことで大変楽しみにしております!!
執筆陣が豪華すぎて、いい本にならないわけがないとほんともうほんとハァハァしっぱなしです。
せっかくスペースにお邪魔させていただいておりますので、目金くん好きないろんな方とおはなしさせていただきたいと思っています!可愛いギャルなアオイさんだけでなくもっさり残念なわたくしまでがスペースに座っているのは本当に申し訳ないのですが・・・!
かつおかつお!のびーこさんも一緒に参戦予定です。会場で見かけたら優しくしてあげてください。笑

蛇足ですが、もしも今まで出した既刊が欲しいと言ってくださる奇特な方がおられましたら、メルフォ、拍手、ツイッターで仰って頂いたらお持ちします。もしよろしければ。
今残部があるのは
「そらのいろしか見えぬ」
「サヨナララストサンセット」
「物の怪は世を儚み」
「スタア☆ニシキノ」
になります。

当日大変楽しみにしております。
それでは皆さま、戦場で会おうぜ!
痩せたな、と言おうか言うまいか迷って、結局そうやって声をかけることにした。宍戸は首をひねってあーよく言われますわーと答える。くしゃくしゃの赤毛を掻きながら。円堂は宍戸の隣に座った。妙に目立つようになった頬骨に散らされたそばかすに触れると、宍戸はあからさまに嫌そうに首をよじってそれをかわす。夏だな、と思った。焼けてちりついた皮膚の感触がやけに鮮やかに指先に残る。やっぱ心配なのか。円堂はひたひたに汗をかいたペットボトルのキャップを回す。炭酸のもれるまのぬけた音を聞くと、余計に夏だなと思えた。日本の夏は暴力的だ、とも思う。やけに執拗に絡み付く。あーーまあーそんな感じっす。間延びした鼻声の宍戸の声は、円堂の気に障らない数少ないもののひとつだった。ことさらだらしないしゃべり方で結論を引き延ばそうとする。そういう姑息なところが腹が立つが、もちろんそれは宍戸の意図するところなので円堂は怒らない。宍戸はあまり自分の側に他人を近づけたがらない。
日本には二軍の召集と調整のために戻っている。戦線離脱中の吹雪の怪我も癒えるころだ。円堂はもちろん二軍メンバーに雷門中サッカー部の面々を強く推したが、それは無理だと暫定キャプテンの半田がすぐさま却下した。サッカー部には既に練習試合の申し込みが引きも切らず、秋の頭には新人戦も控えている。抜けたメンバーの代理のつもりだと言う玉野と闇野、それから目金弟が思った以上にいい働きをしているらしい。さらにマネージャーに大谷、監督として瞳子が着任しており、敗け知らずの雷門中はライオコット島に旅立つ余裕などないという。いやぁ大谷がかわいくてとやにさがる半田にはとりあえず股間に蹴りを入れておいた。おまえだけでも来いよと少林寺に声をかけると、ものすごく面倒くさい顔で睨まれ、模試も近いんで、と妙に現実的なことを言われて腹が立った。宍戸は、と聞くと、元気ですよ、と少林寺は答える。相変わらず感情が読めない。最近はよくひとりでいる、と、半田は言っていた。寂しいんだろ、とも。
宍戸は栗松さえいればあとはなにもいらない、みたいな安っぽいJ-POP(笑)みたいなところがあるので、そこだけは円堂は許容しかねている。栗松が日本代表に選ばれたのは、宍戸にとっても栗松にとってもまさに青天の霹靂だったことは想像に難くない。しかし結局はするべきでない人事だった。青天の霹靂。ライオコット島に行ってからの栗松の戦績が振るわないことは、それとなく部員には伝えてある。恐らくなにかしらのきっかけがあれば。円堂にとってはそこから先を考えるのが何より怖いので、あまり考えないようにはしてある。栗松自身が、見た目には、平然としているのが救いだった。驚くほど脆いものを持っているくせに、崩れ始めるまでは誰もそれと気づかない。傷つき方まで思慮深い栗松のそういう柔さと深さが、見た目とは裏腹に傷つきやすくナイーブな宍戸をいろんな面で救っていたようだった。そしてそれが宍戸の拭いがたい弱さでもあった。栗松は、少なくとも宍戸には、FFIのことをなにも言っていないに違いない。
円堂は宍戸のことをよく蹴った。殴ったりもした。褒めても貶しても伸びない凡庸な選手だった。サッカーにだけ打ち込む、そんなことはできそうもしようともしないような。ただ、栗松に声をかけられたときだけは、宍戸は心底嬉しそうな、幸福そうな顔をする。サッカーでしか繋がっていられないみたいに。だからそれにかじりついているのだと、悲しいほどに明らかだった。悲しいほどに。ここ、すきなのか。円堂はベンチを撫でる。鉄塔広場の奥の、池はどろりと濁って蚊柱を産んでいる。宍戸はなにも言わなかった。ひどく蒸し暑く息苦しい。それでも宍戸はよくここにいると聞く。心配なのか。円堂の言葉に宍戸はくたびれたように首を回し、でもあいつは強いから、と答える。そうか。今さら胸の奥を掻きむしる罪悪感にも似たそれを、例えば栗松はどうやってやり過ごしているのだろうと思った。おまえは、強くないのか。円堂の言葉に宍戸は横顔だけで唇を裂くように笑う。どの口がそんなこと言うんすか。
かつて円堂が宍戸を罵ったどんな言葉にも、宍戸は顔色ひとつ変えなかった。しかし、だからおまえは弱いんだと、そう投げつけた言葉のあとには宍戸は長い間部室で頭を抱えるようにしていた。泣いていたのだと確信している。涙も嗚咽もなくてもひとは泣くことができる。びしょびしょに、ずぶ濡れに、悲しいほどに。宍戸のことを想うと、無慈悲な言葉ばかりが溢れて止まらない。心配なのは。円堂はまばたきをする。耳の奥が静かに唸る。宍戸の脚に手のひらを置いた。宍戸が驚いたように円堂を見る。円堂は身を乗り出す。宍戸はからだを引く。その背中がベンチに触れた。強いことでも、弱いことでもない。心配なのは。そうやって目を閉じることだ。弱いふりをして、栗松の他にはなにもいらないみたいなふりをして。そうやって宍戸はいつも円堂を蔑む。心配なのは、それでも諦められない自分だった。
遂に毀して、着地点。











遭難
円堂と宍戸。
貼り直されたばかりのアスファルトが靴の底ににちりと粘りつくのは夏だと思う。ニューバランスは降り続く雨と無慈悲な酷使に紐をひどく毛羽立たせていたが、足の形になじんだそれをなかなか買い換える気にならないのもまた事実だった。例え松野にきたねえくせえと腹の立つ嘲笑で揶揄されても。恥ずかしいから誰にも言わないだけで、染岡は自分を誰より神経質だと思っている。慣れないものは苦手だった。新品の靴を履くと、いつもむこう数日は肩が凝り、その上ひどく脚が痛む。恥ずかしいから言わないだけで、染岡の土踏まずが砂丘のように緩やかな大きな足にこの靴をなじませるのには随分時間がかかった。今ではあまりにもなじみすぎて、路上に撒き散らされたありとあらゆる不愉快を染岡の足にダイレクトに伝えてくる。粘りつくアスファルトはまぎれもなくそのうちのひとつで、妙に湿っぽくいながら熱を持っているような、その感触は夏に似ていた。不愉快が散らばっているという点で言うなら大差はない。
疲れた肩に泥汚れのスポーツバッグを提げて、染岡はのろのろと通学路を歩いていた。つい先ほど影野と別れ(、夏だというのに暑苦しい髪型をしている上に本人だけが平然としている)、反射材の剥がれかけたパイロンのいくつか取り残された通学路に染岡はひとりだった。背中を夕陽が容赦なくあぶる。昨日まではばかみたいに雨が降っていたのに、今日はばかみたいによく晴れた。頬骨とうなじが焼けてちりついている。孤独と困憊。アスファルトをにちにちと踏む靴の感触が奇妙に滑稽で苛立つ。長い影が挑発するみたいに伸びていた。夏は苦手だった。わけもなく腹が立つ。からだを押し包むすべての変化が、神経質な染岡にはひどく気に障る。恥ずかしいから誰にも言わなかったし、恐らく今後も口に出すことはないだろうが。やがてこの道は反射熱だけで息苦してたまらなくなる。ニューバランスとアスファルトが、今度こそ融け合ってしまいそうな。虚しい目玉焼きだと思う。夏の染岡はいつもなすすべなく焼かれて焦げていく。
長く伸びた影の先端を、よく見知った色のジャージ姿が横切っていった。染岡はまばたきをする。おい、目金。目金は機敏に振り向いて、眉根を寄せた。染岡くん?顔のまん中で彼のトレードマークが夕陽に光っている。なにやってんだ、家逆だろ。いえいえロードワークです。小走りに近づいてくる目金の手にはデジカメが握られていた。それ使ってか?染岡の言葉にに目金はまにまと笑う。仕方ないですねぇ染岡くんには教えてあげましょう。なにも言わなくても勝手に喋り出すのは目金のいいところだ、と染岡は思っている。手間がはぶけるのはいいことだ。目金は国土交通省主体の土地区画整備事業がどうの無電柱化がどうのと、なぜか誇らしげに息つく間もなく並べ立てている。電柱と地下管路を繋ぐケーブルが、ちょうど地面に潜る場所を探しているらしい。それは面白いのか?形だけでもとおざなりに訊いてやると目金は目を輝かせた。もちろんです!鼻息が荒い。
染岡くんも一緒にどうです?目金はデジカメをちゃっと構える。この辺一帯電柱がなくなっちゃったみたいですし、ちょーっと大変かもしれませんけど。おれはいいよ。うんざりした気持ちで染岡は投げやりに答えた。目金は気分を害した様子もない。染岡くんは部活で疲れてるでしょうしね。嫌味かなにかかと思ったが、そういうわけではないらしい。目金さーん。呼びかけに顔を上げると、ふたつ向こうの三叉路の右端で栗松が手を振っていた。が、染岡を見つけて手を下ろし、ちょっとあたまを下げる。ありましたか!目金の声に栗松は道の奥を指さす。ではぼくは行かねばなりません。染岡くん、また明日。言うなり目金はやけに精悍に笑うと、きびすを返して駆け出した。あかく焼けた目金のほほがつややかな果物のように輝いていた。網膜に妙にこびりつく、いかにも鮮やかな鮮烈な、そのあかさがいやに気に障った。目金の後ろ姿が小さくなる。栗松は所在なげに突っ立っていた。夕陽にあぶられて、疲れたような顔をして。
目金はグラウンドを駆け回る栗松をどんな風に見ているのだろうと思った。目金にはなにもないのかと思った。嫉妬や羨望や憤怒や諦めや、染岡のからだを中から焼いて焦がして苛むものものを。まるきりなにも持っていないなら。染岡はてのひらで光を遮るようにする。もしくは、そんなふりができるなら、本当はそれが一番強いのだろうと。目金の目の前に脳に心に魂に広がる世界を、しかし染岡は羨ましいとも思わない。美しいとも、輝かしいとも。ただその世界の強靭さに、息を飲んでくずおれるばかりだろうと思う。虚しい目玉焼きの自分などは。目金が差し出したデジカメの画像を、染岡は怖くて見られなかった。恥ずかしいから誰にも言わないだけであった。染岡の世界には想像以上に敵が多い。
目金の気配は夏に似ていた。











カーウェイ大佐はひときれのケーキのような
染岡と目金。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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