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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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伸ばした脚の先のペディキュアが剥がれかけている。ぽこんと飛び出した膝の骨と、やや外側に湾曲した細い脛、細い足首にこれもまたぽこんと飛び出したくるぶしの骨と、外反拇趾気味の細ながい足。不意に肩の辺りに寒さを覚え、リカはベッドに腰かけたままあえかな月明かりを頼りに床を探った。何度も水をくぐってくたくたに馴染んだスウェットの上に、拾い上げたジャージを羽織る。肩の辺りの大きさとちぐはぐな匂いに、わずかに眉をしかめた。土門が寝返りを打ったのはそのときだった。ごそりと布団が波打ち、シーツを探る音。そして眠気をいっぱいに吸った小さな唸り声。リカぁ。その声とともに、背中を指先が掠めた。眠る前まで腕の中にいたリカがいないことに気づいたのだろう。リカは羽織った土門のジャージを落としてその細い指に触れてやり、数時間前をなぞるように腕の中に収まった。力の入らない腕で、それでも精いっぱいの抱擁をしてから土門はまた眠りに落ちた。ちぐはぐな匂い。リカはまばたきをして、形ばかり目を閉じる。
リカは一之瀬の声も見た目も性格もプレイスタイルも丸ごと好きになったのであって、つまるところその中には彼の煮え切らないところだって含まれていたわけであった。一之瀬の木野に寄せる真摯で一途な(、塔子に言わせれば「未練がましくてかっこわるい」、)想いだって、それごと一之瀬を好きになったのだと思えば苦痛でもなんでもなかった。振り向いてもらいたい、振り向いてくれるはずだ、と、傲慢だったのは果たしてどちらだったのだろう。結果として痛み分けだったと思えば、今では小気味よくもある。確かにだらしなく泣きはしたが、恋をするということにおいては、それはよくあることなのだとわかっていた。傷心はあっという間につけこまれたからだ。土門はにこにこしながらリカに近づいて、にこにこしながら余りもん同士だねと言った。要するになにがしたいのか。言外での駆け引きは短かった。折れてやったのだ。リカは思う。弱ってるとこに優しくされたから仕方なく、と。それでもいいみたいな顔で土門が頷いたのだけが憎たらしかった。
塔子はぶちぶち不平を垂れたし、一之瀬と木野はリカをやたら心配したし、円堂は円堂で土門や一之瀬に当たって荒れたりもしていたようだが、おおむね不満はない、とリカは思っている。土門は優しいし、面白い。あたまもいいし、サッカーだって巧い。不満はないというのはそういうことだったし、不満はないということはつまり満ち足りることはないということだ。指を絡めて寝る夜にだって、空白は冴えざえと冷めていった。埋まらない場所がある方が息はしやすい。一之瀬に満たされて、息もできなかったあの頃に比べれば。リカ。背中に回された腕に不意に力がこもる。背中をゆっくりと撫でる土門の指。なに。応えてやらざるを得ない。なるべく優しく、それでいて、できる限り突き放すように。布団の中で土門が脚を絡めてきた。冷たい。足の先を土門の足の先が這う。土門の閉じたまぶたに触れた。恐れていた瞬間は今日も来なかった。リカは安堵する。絡まるように眠っているにも関わらず。
冷たい、と、呻くように土門はささやいた。心からのその言葉に、リカは奥歯を噛み締める。回された腕の下を潜るように、土門の背中を捕まえる。爪を立てた。ゆっくりと、拳を握る。痛いよ。土門は少し笑った。リカは笑わなかった。痛くしたから。土門はなぜか嬉しそうに笑うと、ぎゅうぎゅうとリカを抱き締めた。リカ、好き。愛してる。うちも。リカはため息混じりに言った。土門のこと好き。愛してる。と思う、と、心の中で付け足した。そのことすら知っているように土門は笑う。息が触れる。熱が伝わる。髪の毛の先まで、リカはリカになる。リカ。土門の声が近い。世界で一番いとおしいものを、届かない代わりに慈しむように。騙されて、騙し返して、仮面を滑るように、土門とリカは手を繋ぐ。寄り添っても寄り添っても、空白ばかりが冴えざえと冷めていく。月明かりの部屋にぬけがらがふたつ。心ばかり、誰よりもいとしい場所へ消えていったあとに。









花咲くぬけがら
リカ。
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後輩に引き継ぐものというのは思った以上に少なく、自分のざっくりとした引き継ぎ(練習計画の立て方やキャラバンに乗る席決めのくじの作り方なんか)を終えたあとは手持ちぶさたに任せて宍戸にドラゴントルネードを仕込んだりしている。少し前まで忙しげに働いていたマネージャーや目金も引き継ぎを無事に終えたようで今は安穏としているし、それと一緒に音無まで安穏としているのはどうかと思うが、一時の慌ただしさに比べたらサッカー部にもずいぶん穏やかな日々が戻ってきた。殺伐としているのはあそこだけだなと染岡は眉間にしわを寄せる。円堂と栗松がファイルを除き込んでなにやら言い合っている。その姿はすっかり馴染みになった。円堂たちの卒業に合わせてサッカー部は大きくシステムを変えようとしており、栗松は実質それを引き継ぐ最初のキャプテンだ。増えに増えた部員の、主に初心者を中心とした大勢はすっかり手慣れた壁山がうまく練習を割り振り、少林寺と宍戸は今や一軍メンバーの中核を担っている。
なにやら揉めている円堂と栗松を、いつの間にか隣に来て眺めていた影野が、大変だね、と他人事のように呟く。円堂も短気だからな。仕方ねえよ。実感を込めた言葉は予想以上に響いたらしく、影野は噎せるように少し笑って、そうだね、と応えた。たまごろうは?練習に混じるって。さっきまで影野はゴールキーパーの相手をしていた。多摩野は天賦の才を持つ円堂などに比べたら見劣りはするが、持久力もあり強い腰をしたいい選手だと思う。虎丸率いるFW陣の攻めの姿勢を後ろで支える、優しく明るいよいキーパーだ。あいつくらい優しかったらな。そう言った染岡の言葉は、突然ファイルを取り上げて栗松のあたまを思いきり殴り付けた円堂を見てため息に変わる。情けないことに、あれでも円堂は栗松が好きで仕方ないのだ。ただ、好きであるがゆえの厳しさなのだとは今やチームの誰ひとりとして思っていない。栗松が好きで仕方ないのとは全く別の問題で、円堂とはそういう人間なのだった。情けないことに。
いつもの光景をいつもの光景と見ながら、影野はゆっくり首を回した。引退してもちゃんと部活来るのな。染岡の言葉に影野は唇の端をそっと吊り上げた。相変わらず、薄い、と思う。松野が来いって。あと、半田とか、円堂も。あいつも?後輩の面倒見るのは義務だって。円堂はほんとに壁山たち好きだね。まぁなぁ。円堂は何発かファイルで栗松を殴り、それだけでは飽き足らないのか背中を蹴飛ばしている。おーおー今日は派手だな。腹に入ったら止めに行くか。まだ大丈夫だよ。栗松は咳き込み、円堂に向かってなにやら言いながら腕で顔をかばうようにした。いつもなら殊勝にうなだれて円堂に従うのだが、今日はやけに粘る。円堂の顔がみるみる険しくなった。怒声が爆発する。思わず一歩踏み出した染岡の手首に冷たいものが絡んで足を止める。影野は激昂する円堂を見ながら、首を振った。大丈夫だから。大丈夫っつったってお前。首を返すと円堂の拳が栗松の側頭部を張り飛ばしていた。指先がそわりと寒くなる。
寂しいんだよ、円堂も。影野の言葉に、染岡は眉をひそめた。寂しい?影野はそっと染岡の手首に絡めた指を離した。つらくて、寂しいし、あとは悔しいのかな。染岡はもう一度円堂を見る。おっとり刀で寄ってきた半田も、言い争うふたり(と言うよりは激しく言い募る円堂)には手を出していない。少し離れた場所で、見守っている。なんとも言えない、憧れにも似た目をして。栗松はいいキャプテンになると思う。影野もまた夢見るような声で呟いた。だから余計許せないのかな。染岡は無意識に手首を撫でながら、もはやなにを理由に怒っているのかを自分でも忘れ去ったに違いない円堂を見た。円堂の憤怒。いつも近くで見てきたものが、やけに遠く見えて動揺する。情けない円堂は、手を伸ばして栗松の胸ぐらを掴んだ。殴る。と。脳裏によぎった殴り飛ばされてよろめく栗松の姿は、円堂自身が裏切った。円堂は力なく手を離し、栗松の胸を突き退けるようにした。栗松が掴まれた胸元を撫でる。落ちたファイルを拾い、砂を払って、円堂に渡す。
よくわからねえんだけど。言いながら振り向くと、影野は少し笑った。染岡は、幸せだね。なにがだよ。ううん。やはりおかしそうに影野は笑うと、染岡の背中をぽんぽんとなだめるように軽く叩いて足を踏み出した。栗松の肩に触れて、張られたあたまを抱えるように腕を回す。影野のユニフォームに顔を埋める栗松を見て、どろりと疲れた顔をした円堂を見て、その円堂の肩を叩いて揺さぶる半田を見る。幸せなのだろうか。これは。幸せなのだろうか。いーなーと声がしてはじめて気づいたが、隣には宍戸が立っていた。おれも栗松慰めたい。行けばいいだろ。何の気なしに言った言葉に、宍戸はあからさまに染岡を小馬鹿にして笑った。そういうとこわかんねえから染岡さんもてねえのな。関係ねえよと尻を蹴飛ばすと宍戸は無抵抗にべしゃりと倒れた。宍戸はなにも言わずに立ち上がり、手と膝を払って、にっと笑う。おれが今出ていくとかどう考えてもひどいでしょ。おれらこれでも先輩たちのこと尊敬してるし、好きなんですよね一応。一応だけど。
ますます困惑する染岡を無視して、宍戸は果敢に円堂に歩み寄った。なにやらいちゃもんをつけたかと思うと張り倒される。円堂はあたまを振って腕で目元を乱暴に拭うと、影野の腕に巻かれていた栗松をもぎ離すように連れていった。なぜか、円堂の方が途方に暮れた顔をしていたような気がする。円堂の方が、裏切られ、傷つけられたように。影野は栗松を引っ立てるように連れていく円堂をしばらく見ていたが、不意に染岡の方を見て、にこりと笑った。胸に痛いほど優しく。いたたまれなくなって染岡は目をそらした。そんなにも孤独だったのか、と、今更ながら心臓を浸す羨望に気づく。手首がいつまでも冷たかった。きっかりと、影野の薄いてのひらの形に。









寂寥轟轟唱歌
染岡と影野。
あけましておめでとうございます。
昨年はたくさんのはじめてを経験した年でした。
今年も実り多い年にしていきたく思います。
皆様にとってもよい年になりますように。
今年もよろしくお願いいたします。



2012年1月1日
ヒヨル/まづ
ふと、視界に影が落ちたような気がする。目を開けると(それまでだって開けていたのだが)、目の前にくしゃくしゃの赤毛が見えた。それもかなりの至近距離に。後ろに立って、長細いからだをななめに折り曲げて栗松を覗き込んでいる。うわっ。驚愕のあとに、ひゅ、と短く息を吸う栗松を見届け、宍戸はベンチをまたいで横に寄るように手を振る。場所を空けるとやれやれと宍戸は隣に座った。なかなか気づかねーの。けっこう見てた?見てた。三時間くらいかな。それは困ったと栗松は軽く首をひねった。丸めた背中を伸ばす。すげー顔してたよ。え、と宍戸を見上げる。そばかすの散った削げた頬。飛び込む前みたいだった。そんな顔してたかな。我知らず頬に手をやって栗松は苦笑する。グラウンドは暗い。茫漠とした曖昧な砂漠のようだ。月の砂漠を遥ばると。宍戸は寒そうにジャージをかき合わせて洟をすすった。あー、と濁った声で唸る。冬になると風邪ばかり引いていると宍戸は言っていた。
またなんか難しいこと考えてたの。宍戸の右手がいつの間にか左の腿の上に置かれている。ユニフォーム越しにでも、その手が恐ろしく冷たいのがわかった。別にそんなことないけど。いつものように、その手の上に自分の左手を重ねて温めてやりながら栗松は答える。ふうん、と鼻から抜けるような宍戸の声は、その調子だけで、全然全く納得なんてしてない、と訴えていた。栗松は誰よりも臆病だ。そもそも他人に引け目のない少林寺や何でも笑い飛ばす音無や、臆病なくせに決して引かない壁山や、怖いものなどなにもないくせに臆病なふりをしている宍戸とは違う。今はこうして心の中を気遣われることが何より怖い。虚勢を張っているだけ強がっていると気づかれ、その上で労られるのが、何より。怖い?と。全く嫌になる、と栗松は思う。本人が言うところのラブの一点張りだけで、こうも簡単にあちこちに手を突っ込んで掻き回されたのではたまらない。だから、そうでもないよ、と言ってやる他はない。マダムサリバンとて指先で伝えたものを。
ふとからだを寄せてきた宍戸が、右手を栗松の腰に回した。冷たい手だ。普段はこんな風に直載になにかをしようとするタイプでもないのだが。不自然にからだを強ばらせてしまったせいだろうか、宍戸がこめかみで栗松の側頭部を打った。聞け。聞いてるよ。呆れてついたため息がしろい糸のようになって流れた。いつもは、話を聞かないのも宍戸なら、わけもなく落ち込むのも宍戸だった。いつもなら。寒いからだよ。宍戸はまた洟をすすって、濡れたような声で言う。春になったら、花も咲くし、鳥だって飛ぶ。あのさ(、と宍戸がこちらを向く)、おれ、今日しゃべりすぎじゃない?栗松は呆気に取られ、ぽかんと口を開けた。ねえ。宍戸は栗松の額に自分の額を押し付ける。栗松はその額を額で小突き返した。いてえ。聞いてる。聞いてるし、しゃべりすぎ。そんで、近い。あそお、と宍戸はちょっと唇を尖らせた。それでも栗松の腰に回した腕は離さない。熱でもあるのかね。そう言って自分でだらしなく笑う、宍戸は確かに熱でもあるみたいに見えた。
宍戸はいつもこうやって栗松の中に手を突っ込んでいいだけ掻き回しては、それをラブだと嘯き、怖いものなどなにもないくせに臆病なふりをして、熱でもあるみたいにしか笑えない。宍戸はばかだ。ばかでどうしようもなく救えなくて、それでもときどきは、栗松の方がすくわれる。いとも簡単に。春になったら。栗松はまばたきをした。まぶたも鼻のあたまも指先も、全部が全部冷たくて、嫌になる。花も咲くかな。咲くよ。恨めしいと思った。疎ましくて仕方がないのに、迷いない宍戸の言葉には、こんなにも簡単に、すくわれる。だからそんな顔しないで。不意に抱きすくめられて、息がつまった。しないで。しないよ、と栗松は答えた。つられるように。それでも宍戸は笑った(ように感じた)。それしきの言葉で安心する宍戸だ。栗松のするすべてに、ラブだなんだと嘯いて。目の前には曖昧で茫漠とした砂漠。冬の至りの月の砂漠である。遥ばるとゆけるのならいいと思った。宍戸とゆけるのならば、冬の至りにも花など咲くだろう。









サンドストーム
宍戸と栗松。
凍てつくような冬の夕焼けは燃えるようにあかい。芯から冷えた手のひらを擦り合わせながら夏未はそっと足を踏み換えた。ジャージの下にヒートテックと厚手のタイツに靴下を履きネックウォーマーを重ねても、深まりつつある冬の寒さはしんしんと骨に響く。夏生まれの夏未は寒さに弱い。マネージャーなんかやっていなければ、こんな日には暖かな部屋で温かなロイヤルミルクティーでも飲んでいるところだ。汚れた軍手を押し込んだぽけっとがまるく膨らんでいる。水仕事が多いマネージャー業には、軍手はあまり役に立たない。それでもないよりはましだと木野が夏未と音無にくれたものだ。夏未の軍手は手首の飾り糸がピンク色をしている。その軍手いいなと円堂が言ったので、それを言われた日から毎日夏未は軍手を手洗いし、部活のときには欠かさず身に付けている。軍手はいいものだと夏未はそこではじめて知った。いつもきれいに手入れしていた爪が割れて欠け、ささくれや細かい傷が目立つようになった自分の手を包んで隠してくれる。
そっと部室を覗くと、同輩が机に向かって部誌を書いていた。ぞろりと長い髪をした、鼻の高い横顔。夏未の視線に気づいたのか、影野はふいと顔を上げて夏未を見た。なんで外にいるの。もそりとした問いかけに夏未は一瞬息を飲み、まばたきをして、だって変だわ、と答えた。変。ふたりでいるなんて、変よ。そう思わない?その言葉に影野は髪の毛を背中に払って振り向いた。ああ、おれだけか。影野のする緩慢なしぐさは、夏未にいつも草食動物を思い起こさせる。からだの大きな、やさしい瞳をした草を食べる動物。鍵当番代わろうか。影野の言葉に、夏未は扉から顔だけ覗かせたまま、その首を横に振る。いいえ、結構よ。じゃあ、入れば。影野はゆっくりと周りを見て、中も寒いけど、と続けた。その言い方がなんとなくおかしくて夏未はちいさく微笑む。大丈夫。それより早く仕上げてくれた方が助かるのだけど。ああ、ごめん。急ぐ。言いながらも影野のしろい手は緩慢なままで、夏未はそっと目を細めた。彼のそういうところは嫌いではない。
扉を閉め、脚をからだに引き寄せるようにしゃがむ。グラウンドは既に藍色が濃い。恐らく夏未に気を遣って、鍵当番は2年マネージャーにはほとんど当たらないようローテーションが組まれている。それでも夏未は遅くまで残るのが嫌いではなかった。最後に当番をしたときに部誌を書いてたのは半田くんだったかしら、とふと思い出す。半田はカッターの腕をまくってあっという間に部誌を書き、夏未を駐車場まで送ってから彼女と一緒に帰っていった。じゃあまた明日、と、半田と一緒に夏未と面識のないはずの彼女までも手を振ってくれたことがとても嬉しくて、その光景が夏未の中に妙に鮮明に生きている。ぽけっとから軍手を引っ張り出して手にはめる。ささくれの指や欠けた爪を、たとえ半田くんの彼女がしていても。夏未は思う。それでも半田くんはあの子と手を繋ぎたいと思うのかしら。指を曲げると関節の皮膚がきしむように突っ張る。あかぎれになるかもしれない、と思った。
軍手の、薄汚れたタオル地の甲を見ながら、夏未はちいさくため息をつく。わたしの手はもうちっともきれいじゃない。きっと、この細かい傷やささくれや割れて欠けた爪たちが、一番繋ぎたいあのひとの手を傷つけてしまう。肩の辺りに這い寄る冷気にぞくりと身震いをする。木野のことを思った。まっしろい頬ときれいな手指をした木野の美しい横顔。木野は、ときどきあのひとの鍵当番を交代してやっている。どうしても用事があってと拝むようにするあのひとに、当たり前のようににこりと笑って、いいよ、と差し出される鍵を受け取る木野のしろくて華奢できれいな手指。木野の軍手の飾り糸は濃い緑色をしている。その奥に守られた木野の手となら。夏未は息を吸った。あのひとは手を繋ぎたいと思うのかしら。それは、わたしとはできないことかしら。そこまで考えて、夏未は唇を曲げて笑った。やめよう。身も蓋もない。詮もない。せめてそういうみっともない女にはならないようにしようと思っていたのに。木野の隣で、せめて対等のように、立っていられるようにしようと思っ
ていたのに。
扉が開いて、影野がぬっと出てくる。遅くなってごめん。夏未ははっと顔を上げて、首を振る。影野は扉に施錠する夏未を恐らくじっと見て、それいいね、と言った。夏未は軍手を見下ろす。ピンクの飾り糸の、薄汚れた軍手。あのひとが誉めてくれたもの。いいなと言ってくれた、はじめてのもの。なんと返したものか戸惑っていると、ごめん、と影野は静かに言った。おれなんかに誉められても嬉しくないよね。夏未は目をまるくし、慌てて首を振った。違うの。嬉しいの。ただ、びっくりして。びっくり。そう、と夏未は笑う。円堂くんとおんなじこと言うんだもの。影野は一瞬言葉を詰まらせ、それはびっくりだね、とやさしく繰り返した。ふたりで連れ立って行った守衛室には木野が当たり前のように待っていて、影野とふたり、夏未に手を振って帰っていった。世の中はままならない、と夏未は思う。一番手を繋いでいたいひとと、手を繋げることなどないのかもしれない。凍てつく夕焼けが傷つけたものたちに、それでも自分だけは傷ついてなどいないと涙を溢した。










ディスコ・ブラディ・ディスコ
夏未。
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