ヒヨル 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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夜の電車はすいていて、もうすっかりネオンを落としつつある街と、眠ろうとする住宅街ばかりをうねうねと縫うようにはしっていく。まぶたの奥をギッとつまむような、電車の中の白色電灯のあかるさがなんだか目に毒だ。まるで暗やみの海中をおよぐからだのながい魚の腹みたい。栗松はしきりにまばたきをした。宍戸は隣のシートで、わずかにあごを上げておそらくは窓の上に貼られた広告を見ている。てのひらにはまだ植物のあおくさい感触とにおいが残っているようで、気をそらすようにそっと両手をこすりあわせると電車ががたんと揺れた。宍戸の首ががくんと落ち、なに、とその顔がこっちを見る。いやおれじゃないし。あそう。宍戸はそう言って深々とシートにすわりなおした。ぐずぐずと洟をすすっているのは引きはじめの風邪のせいだろう。夜の電車はきらきらと疲弊しながら速度を増していく。
宍戸はうすいグレイのいかにも女物っぽいテーラードに、カラーのふちにちいさな星の刺繍がひとつだけついたしろいカッターシャツを着て、ふくらはぎから下がくしゃくしゃによれたくろいジョッパーズパンツを履いている。テーラードの胸にはうすねずみどり色、みたいな色のコサージュがついていて、それが吐き出される温風にときどきひらひら揺れている。超一級の正装だ。栗松は銀色ぼたんのついたくろいブレザーにくろいカットソー、濃いグレイのヘリンボンのバミューダを履いてその下にはヒートテックのレギンス。手首にりぼんのかたちをしたしろいシュシュを巻きつけて、これをせめても弔意とした。靴はふたりともてらてらしたハイカットのスニーカーにして、それはなんとなく、なんとなくだけど、そうしたほうがいいような気がしてふたりで揃えたものだ。あんまりにも肩に力を入れすぎると、かえって戻ってこられなくなるような類いの人間だったからだ。ふたりとも。
宍戸の右のひじがずっと栗松の腕に触れている。それが電車の振動にあわせてときどき小刻みに揺れる。ふたりとも無言で、それは口をひらくと絶対にひとつのおなじことしか言えなくなる、と気づいているからだ。もうそれはさんざんやった。あの絶望の夜。ふたりで家を飛び出して、車に乗って、気づいたら九十九里浜まで来ていてそこで大声で一晩中歌った。のどの奥がびっくりするくらい塩辛くなって、でもたぶんふたりとも、この状況を分かち合ってくれる相手がいたことに、心の底から安堵していた。くしゃくしゃでめしゃくしゃで、ずるずるに泣いたふたりはそのままどうしても帰る気になれずに車の中でぼおっと外を眺めていたのだ。たぶんあのとき、日本で同時多発的に、花が咲くみたいにわき起こったあの渦の、ふたりも、そのひとつだった。なん億光年も向こうの花火を、雲のすき間からそっと覗き見るように。
おれが死んだらさぁ。宍戸が相変わらず宙を見たままぼそりと言う。おまえ泣かんでいいから。あと、なんか、悲しんだりとか、せんでいいから。栗松はゆっくり宍戸の横顔を見て、なんでだよ、と言った。だって。宍戸は答える。やじゃん。おまえとか泣かすの。やなん。やだよ、かっこわりいよ。泣くのはかっこわるくないだろ。いやそーゆーんじゃなくて。宍戸はごりごりと後頭部を掻きながら、言葉を選ぶみたいに首をかしげる。なんつうかさ、おれのために泣くなよ、みたいな。つか、おれのせいでおまえ泣いとんのかー、って、なる。死なんかったらよかったねーもうちょっと生きといたらよかったねー、ってなるから。うーん、と次は栗松が首をかしげた。よくわからん。でっすよねー。宍戸ののどがひくっとふるえる。
下腹の辺りで手を組みながら、そんでもおれかなしいし、たぶん泣くけど、と栗松は答えた。勘弁して。ほんと無理。じゃあおまえおれが死んでも泣いたりかなしんだりするなよ。やーそれも無理。ムリムリ。おれ号泣よ、と宍戸はちらっと歯を見せてわらう。たぶんおまえの家族とか親戚とか引かす勢いで泣くわ。えーと栗松はちょっと上半身を引き、でも宍戸ならなんとなくやりかねない、と思った。宍戸は泣き虫だ。かなしいくらいに。じゃあおれも泣いていいじゃん。いやおまえはだめ。なんでよ。だからおれのせいで泣かしたくねえっつってんだろ。わかれよ。でもさぁと言いかけた栗松の足を、宍戸のスニーカーが踏んづける。いてえよ。嘘。うん。わからんでもいいから泣かんで。そう言って宍戸はくちびるを閉ざした。とたんに手持ちぶさたになって、栗松は宍戸とおなじようにあごを上げて宙を眺める。
ふたりに言うべき言葉は尽きて、それなのにふたりきりの車両にはせつなさよりももっと密度の濃いものがどろりと漂って、ふたりの間にひたひたと押し寄せては引いてゆく。ぎーこたん、ばったり、する、シーソーみたいに。星がぼろぼろとこぼれて、窓の外はびろうどみたいな空だった。やみの底があかく燃えている。東京炎上。うん。だね。うん。電車は眠りの街をしずかに縫う。だったら一緒に死なれたらいいのに、と思った。そうしたら、せめて、あなただけは泣かせなくて済む。宍戸はうすねずみどり色のコサージュを外して、くしゃくしゃに握ってぽけっとに入れてしまう。駅に降り立った、そのとき、宍戸の手がびっくりするほどつよい力で栗松の腕を引いた。







1/22、花とクリスマス
大学パラレル。
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例えば彼の手の指なんかは浅ぐろく焼けてざらついていて、爪のひとつひとつがコートから切り離されたくすんだぼたんみたいにとつとつとまるく並んでいる。そのぼたんみたいな爪にはそれをくるむようにすうっと周りにくろくかわいた土が沈んで、ところどころささくれで皮がめくれあがっている。指は、なんていうか、取れ立てのやあらかいごぼうみたい。あんまりきれいじゃないけど、よくしなうやさしい指。てのひらはいつでも太陽のようにぽかぽかしていて、ひなたの落ち葉みたいなにおいがする。うまく言えないけれど、彼の手は彼そのものみたいだ。繊細さはないけど、その代わりに限りなくあたたかな手。彼は木登りがとっても上手で、彼そのものみたいなてのひらをぴたりと幹に押しあててするするするっと上までいってしまう。そのときに彼のてのひらが、木の皮とあんまりにもなじんでいるみたいで、あんまりにもなじみすぎてひとつになってしまうんじゃないか、と、いつもいらない心配をしてしまう。
いちばんはじめにふたりが出会ったとき、猿田登は気をつけの姿勢のままほんのちょっぴり前かがみになって、ものすごくおおきな声で、さるたのぼるでえす、よろしくおねがいしまあす、と言った。その挨拶を向けられた瀬川流留は目をまるく見開いて、ちょっとあごを引いて姿勢を正し、せがわるるでえす、こちらこそよろしくおねがいしまあす、とおなじくらい声を張り上げてみせたのだった。その声のおおきさは近くでパス練をしていた土門と栗松がぎょっと振り向き、その拍子に足元をくるわせた土門のボールが栗松の横をひゅうっとすり抜けて、キャラバンの横腹にでくぼくの模様をくっきりつけてしまうくらいだったのだが、当の本人たちはお互いがお互いを予想外だと思っていたらしく、ただぴっちりと直立不動で見つめあっていた。なにやってんの、と土門が不審そうにたずねなければ、きっとふたりはなん時間でもそうやって、お互いを予想外だと思いながら立っていただろう。
そのころルルは高いキック力と制球力に反して冗談みたいに低いガード、というアンバランスな能力を、自分自身でも、そしてキャプテンの円堂ももて余していた。どうにもうまく攻撃陣と噛み合わない突出したルルの能力をコントロールするために、円堂が採った方法はルルをコンビ技での斬り込み役とするものだった。そのために選んだパートナーは野生中でミッドフィルダーとして活躍していた猿田で、こまやかなボールコントロールとバランスのよい能力、加えておおらかな気質と些細なことにも動じない精神的なずぶとさが円堂の気に入ったからだ。ルルより先に雷門中でプレイしていた猿田はこの提案をふたつ返事で引き受け、そしてこの対面と相成ったのだ。ルルはくちびるをちょっと曲げて、足ひっぱったらごめんなさい、と言い、サルはそれにキキキっとあかるくわらって、あいきどうの秘伝書をルルに差し出した。
年齢性別は違えど努力を惜しまないふたりであるから、ふたりはあいきどうをそれは一生懸命に練習した。足を踏み出すタイミング、腕の振り、呼吸、どういうモーションから技へ繋げるか、技のあとにどうやってボールをさばくか、技をかわされた、あるいは打ち破られたときはどうやったらふたりともけがをしないように避けられるか。ふたりは寝る間を惜しんで特訓し、あたまを絞って考え、ときどきは技を鏡に写したりビデオに撮ってもらったりしながら練習に練習を重ねた。ルルがもうできないようとだだをこねるとサルが励まし、サルが飽きて練習をやめようとするとルルが引き止めた。なんかもうわたしの手ってサルくんの手のこと覚えてるみたい。うん?うん、とルルはまじめな顔で自分の手をぐうぱあさせながらサルに差し出した。なんだかへんだよ。
ルルの手はしろくほそく華奢で、それでもスポーツをするひとによくあるみたいにてのひらといわず甲といわずかわいてかさついている。つるりとしたさくら色の爪が、砂浜に落ちた貝がらみたいにぽつぽつぽつっと並んでいる。ちょっと伸びた爪のあいだには少しだけ砂がつまって、それがほそい三日月みたいなカーヴを描いている。しろくてほそくてやわらかな、ルルの手はマーガレットの花みたいだ。サルくんの手って植物みたいだよねえとルルは言って、自分のぐうぱあの手をサルのてのひらに並べた。なんかねえサルくんの手っていきものーって感じがする。いきものだよ。うんそれはそうなんだけどね。ルルはそう言いながらサルのてのひらに自分のそれをぴたりと重ねた。こうやってると栄養もらってるって感じ。そうかな。そうだよーとルルはあくまでまじめな顔で、あいきどうのときにいつもそうしているみたいに、サルの指に指を絡める。
あのねーサルくんてさー木登りするじゃんね?そんで上手じゃんね?うん。あれねーやめてほしいなー。なんで?なんかねーサルくんの手って植物みたいだから、サルくんが木にひっついちゃって取れなくなったらどーしょって思うの。ひっつかないよ、とサルはびっくりしたように、ルルと繋いだのとは反対側の手を見た。特別おかしなことはなにもない、ただの自分のてのひらだ。だって今までひっついたことないもん。そんなのわかんないじゃんとルルはしたくちびるをつき出す。これからもしかしたら、ひっついてサルくんも木になっちゃうかもしれないじゃん。ならないよ。サルはルルの顔をのぞきこむように首を曲げた。先輩、どしたの。そう言ったとたん、ルルがひゅっとからだを返してサルの首にその腕をまわす。えーんと頼りない声音でルルが泣き出したのはそのときで、サルは思わずこわばらせた全身から力を抜いた。
ぶあっと吹いた突風がふたりの頭上の木を揺らし、葉っぱをなん枚もひらひらひらっと落とした。雨みたいに降り注ぐ葉っぱの中で、ルルはだだっ子のように泣きじゃくりながらサルから離れない。ルルの指がサルのバンダナの結び目をしっかり掴んでいて、やがてそれがほどけて吹き飛ばされる。マーガレットみたいにやわらかななルルの手。サルくんいないとサッカーできないし。しゃくりあげながらルルは言う。やだよ。わかった。サルはそうっと自分の手をルルの背中にまわした。もうしない。先輩と一緒に、サッカー、する。ああこのままひっついてしまえばいいのに、とルルは思っていて、本当のところ彼と一緒にいられるなら方法はなんだってよかったのだ。遠慮がちなサルのてのひらからは栄養がからだにどんどん流れこんでくる。ルルはその栄養でどんどんつよくなって、いつか彼をさらっていってしまいたい、くらいに思っている。けれど今はなぜか涙が止まらないし、それなのにずっと彼が一緒にいてくれて、それがまた新しい涙をぼろぼろこぼさせる。せめて離れないようにてのひらに力をこめてつよくつよく彼を抱く。なくしたくない、なんてことは、ずっと前からもう知っていた。







サバンナの風
サルとルル。
おれたちの二期はこれからだ!
思い出の中でじっとしていられなかった人たち。
朝起きると水差しの水がすべて床にこぼれていて、そのおもてにうっすらと埃を浮かばせたまま、カーテンからほそく射しこむ朝日に揺らいでいた。ときどきこういう不気味な出来事が起こり、そういうときにはだいたい朝から自失しかけている。薄い意識の膜のようなものがぶわぶわと外から内側に向かって脳を押してくる、その感触が鈍痛になってぎりぎりと眼球を押し上げるのだ。ベッドからすべり降りるはずみでびしゃ、と素足でその水たまりを踏みつけた。はね上がった水滴が足首を濡らした、と気づいたその瞬間に彼の両の指がカーテンを鳥の爪のように掴み、そのままレールごとそれを引き剥がしてしまう。鼓膜にめきめきと嫌な音がいつまでも響いていることが不愉快だ、と思った次の瞬間には床にはたきつけられたカーテンレールが無力なカポーテのようにだらりと広がった。埃の浮かんだ水を吸って、カーテンが血痕のように色を変える。と、それを見届けたとたんに意識がにじんで彼とひとつになった。
「地木流」と「灰人」というのは意識の上での別人であり、定義的にはひとりの人間のうちに棲む異なる人格(と思われているもの)だ。「地木流灰人」には「地木流」を含む「灰人」、「灰人」を含む「地木流」、「地木流」を排除した「灰人」、「灰人」を排除した「地木流」の四人が存在していて、どれが本当の「地木流灰人」であるのかは厳密にはわからない。たぶん彼にもわかっていない。彼は光であり影でもあって、それと同じように自分もまたひとつの肉体に寄り集まった光であり影なのだ。彼は自分であり、自分が彼である。彼が肉体にいるときは、自分は胎児か悪腫のように彼の意識にへばりついているか、あるいは全く別の場所にいるか、している。別の場所というのは彼の意識とも肉体とも隔離されたところで、そこにいる間のことは実は自分にもよくわからない。記憶はその部分だけぽかりと空洞で、次に覚醒したときにああまた彼と離れてしまった、と嘆く程度にはそのことを絶望している。
ひとつの肉体にふたつの意識を棲まわせている弊害は特に感じない。感じていないだけで、たぶん周囲にはいらない気を遣わせているのだろう。教え子はみなかわいい。彼らを見ていると人生を考える。うつくしいものとはかないものについて考える。「灰人」は「地木流」をほとんどの場合で意識のどこかに浮かばせているが、「地木流」は「灰人」をときどき遠くへ切り離しておいてしまう。「地木流」は「灰人」を心から愛していて、「灰人」のことをひとつの肉体に鏡のように存在する隣人としてではなく、一個のからだを持った別の人間として会いたいと願っている。しかし「灰人」にとって「地木流」がどういう存在であるのかはよくわからない。もともと「地木流灰人」に棲んでいたのは「地木流」であり、「灰人」は彼の副産物だった。うつくしいものとはかないものについて考えるとき、「地木流」の意識はいつも「灰人」にゆきついてそこから進めなくなる。もう何年も。
彼とひとつになったときに、彼の意識がひどく不安定であることに気づいた。レーズンウィッチのバタクリームとクッキーのように、本来ならばぴたりと張りつけるはずのそこが嵐のように波立っている。ひとつになったときには記憶や思考を共有できるのだが、癒着している面がざわざわと落ち着かないためにうまく情報が流れこんでこない。仕方なしに何度か名前を呼んでやると、彼はとろとろと鎮静していく。バタクリームを挟むクッキーのように、いつも通りにそこにからだ(肉体的な意味ではなく)をおさめて改めて流れてくる思考を読もうとしたら穴だらけでノイズがひどい。からだを引き離そうとしたらずぶりと膜の中に飲み込まれた。彼の支配下なのだ。意識に沈むのは、やったことはないが潜水のようなものだと思う。泡の代わりに耳をなぜるのは彼の記憶と思考だけだが。しばらくからだに戻っていなかったので、黙って穴だらけの思考を眺めていたら唐突に肉体へ押し出された。足の裏がつめたい。
彼が死人のようなひふをしたこのからだを動かしているのを、病巣のようにただ見守るだけがいい。彼の思考は断続的で、唐突で、錆びだらけのナイフみたいだ。ぽつりぽつりとそれらのことばを受け取っているうちに、またざわざわとからだ(肉体的な意味ではなく)が波打つのをどうしてもこらえきれなくてすうっと意識から離れる。彼は鏡の前に立って、泣き腫らした目におののいているころだろうか。死人のような指で、いかにも億劫に顔を拭う彼のことを思うとどうしたらいいのかわからなくなって、結局はこうやって自分から接続を切り離して遠くへゆく。彼が動揺した。うつくしいものとはかないものと彼はジイザスクライストの父と子と聖霊みたいにそれで完成されたひとつの価値である、ことを、行き止まりでどろりと澱になりながらぶつぶつと考えている。そうしている方がずっと彼のことを近くに感じられるし彼とは決して会うことができないのだということを、理解できるような気がする。
『地木流』
『放っておいてもいいのか』
そのことばにうなづくことも喜ぶこともできないくらいには灰人を愛している。灰人をこんなにも愛している。おおジイザスクライスト。来世には我らをあだんとゑわに生み、じゅすへるを以て世界へと追放したまえ。わたしは生まれる前からそのときを待っている。何年も何年も、ずっと。
『灰人』
『愛しているよ』








少女廃人と這い寄る混沌
地木流灰人。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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