ヒヨル 忍者ブログ
女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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高校に入ったときから三ヶ月の自由が認められていた。それは姉が高校生だったとき、財布と携帯だけ持って家出をしていた期間だった。だから高校生になるのと同時に、木野にも姉とおなじだけの時間の猶予が与えられた。どこへ行ってもなにをしてもかまわない。試されているのはなまなかな自主性や野心ではなく、自堕落な自由(というあおい暴挙)の果てに自分を律することができるかどうか、だ。姉がいなくなっても両親は慌てず騒がず、逆に姉の口座に金を入れてやる始末だったが、それでも姉はちゃんと戻ってきた。際限のない自由に疲れ果て、それでもまだ燠のようにくすぶりながら。木野はそのころから高校生になれるのをずっと待っていた。いざ起こって、そして過ぎてしまえば許されるなら、やってみたいことはたくさんあった。
リカがひとりで住んでいるアパートはまんがに出てきそうなほどベタに時代がかって、繁華街からはずれた住宅街に埋もれてよけいに古ぼけて見えた。錆びだらけの金属の階段、切れかけた通路の蛍光灯に束になったくもの巣、日当たりのわるい角の六畳一間。そこがリカの家だ。リカの家に転がりこむということを考えていたのは木野だけではなかったらしく、きっちりと荷造りをして身支度も整え、堂々とリカの家の時代遅れのブザーを鳴らしたとき、ドアをほそく開けてこちらを伺ったのは塔子だった。あき?驚いて声も出なかった木野とは対照的に、塔子はすぐにドアチェーンをはずしておおきく扉を開いた。急にどうしたんだ。ぎゅうぎゅうと木野をひとしきり抱擁して、塔子はあっけらかんとした顔で問いかける。ええと。あ、リカは今学校。で今日はバイトあるからちょっと遅いんじゃないかな。とりあえず入れば、と塔子がにこにこして言うので、呆気にとられる準備をしてきた木野のほうが呆気にとられたまま、ふらりと家に上がりこんだ。
帰ってきたリカは以前にも増して背が伸びて、マスカラを濃くつけた目をまるくして木野を見た。なんなんあきまで。家出とかはやってんの?どういうこと?こいつや、と知らん顔をしている塔子のうしろあたまをはたいて、リカはすとんとしたカットワンピをたくしあげてあぐらをかいた。塔子も家出?あたしはリカに会いたかっただけ。そのまま一ヶ月も居すわるあほがおるか。塔子はその言葉を無視して、リカが買ってきた王将の餃子をぱくついている。あきもいる?いいの?ええよ。おなかすいたやろ。言いながらリカはその場でワンピースを脱ぎ捨てて下着姿になると、風呂、とのそのそ風呂場に消えた。いてもいいってさ。そうなの?塔子は口をもごもごさせながらうなづく。リカね、いちゃだめなひとにはごはんあげないの。あきー。風呂の扉越しにリカの声がする。寝るとこ狭いけどヘーキ?平気!木野はあかるく答え、差し出された餃子にはしをつけた。
六畳一間のリカの家はパイプベッドとテレビと机とアクセサリラックと他いろいろなものでごしゃごしゃしていたが、いちばん場所を取っているのがふたりが寝る蒲団だ。リカは朝はやくから起きてこまこまと弁当を作り、ふたりを寝かせたままさらりと家を出て遅くまで帰ってこない。二日目からは木野が弁当と食事を作るようにしたらリカはそれはそれは喜んだので、なんだか木野もうれしくなって家事の一切を引き受けた。塔子にはこわくてなにも任せられないというので、塔子は日がないちにち家の外の公共スペースの草をむしったり庭木の剪定をしたり図書館で本を読んだりしているという。あたしたち学校行ってないからさ、あんまり外うろうろしちゃだめって。洗濯が終わるのを並んですわって待ちながら、塔子がつまらなそうに言う。塔子はなんで家出してきたの。木野の言葉に塔子はくちびるをとがらせ、秘密、と言った。あきは?わたしは、と木野はちょっとわらう。そういう時期だったから。塔子は腑に落ちない顔をする。
思い出す?木野の答えには触れず、塔子はひとりごとみたいに訊ねた。木野は首を横に振る。そっか。安心した。くしゃっとわらう塔子がいとおしくて、木野は不意にその肩を引き寄せて塔子の日焼けしたまぶたにくちびるを押し当てた。塔子は夏の木陰のような、健康的なすがすがしい香りをしている。あのころみたいに。塔子もまた、木野のしろい額にくちびるを寄せる。ふふ、とどちらからともなくほほえんで、塔子は組んだ両手を前に伸ばした。リカ、はやく帰ってくればいいのに。そうね。外いく?ううん、いかない。塔子はジーンズのひざを抱え、つまらなそうにため息をついた。洗濯、はやく終わらないかな。
その言葉尻に重なるように、塔子の携帯がみじかく鳴った。リカー!嬉しそうに携帯を開き、塔子はゆっくりとメールを読みはじめる。木野はその横顔をちらっと見て、そのとたん唐突に去来したさびしさに心臓がおののくのを感じた。のどがすぼまり、鼻があつくなる。塔子。ん?塔子は携帯から顔も上げない。木野はくちびるをゆっくりとわらわせる。励ますように。あのひとが耐えられなかったに違いないものが、からだじゅうに染み渡るように。わたしたち、もう死んでたらどうする?塔子は木野を見る。じっと。それでもいいさ。平然としたその言葉に、こぼれたものを今では思い出したくもない。
自由という名の愚か者よ。ゆけど帰らぬ黄昏の谷。








タソガレ・ガール
木野。
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まだちょっとおかしい、というようなことを言われて、栗松はグラウンドの外で宍戸とリハビリを兼ねたストレッチをしている。栗松は今日ひさしぶりにほんの少しだけグラウンドを走って、だけどそれ以上のプレイを止めたのは響木監督だ。響木監督は栗松を呼んでふたつみっつ質問をして、ちょっと考え、やっぱり今日は外にいろ、と言った。栗松は別段なにを言うでもなくそれに従い、今はくっついたばかりの足首をゆっくりと回している。自分のからだのことは自分がいちばんわかる、というやつだろうか。せっかく戻ってきたというのに、栗松は特にどんなことをはなすでもなく、おまけにあっという間にグラウンドを出たものだから、どことなく拍子抜けした空気のまま目金はだらだらと部活をしている。ダメガネ避けろ!その声にびくっと振り向き、目金ははじかれたようにあたまを抱えた。頭上をすさまじい勢いでボールが通りすぎる。松野はにやあっといやらしい感じにわらった。次も避けろよ。目金は髪の毛を撫でつける。あんまぼーっとすんなよ、と染岡が目金の背中をかるくこづいた。
いちばん最初に怪我をしたメンバーや染岡は、早々と怪我を治してキャラバンに合流している。怪我をしたタイミングが他よりちょっと遅かった風丸や栗松は、最近ようやくグラウンドに出てこられたばかりで、まだ本格的に動くことは止められている。今日はキャラバンのメンテナンスのため、一同は雷門中で響木監督預り。次の試合に向けて紅白戦でもやろうか、といったところだ。さっきから黙々と駆け足縄跳びをしている風丸が手を止め、ストレッチ中の宍戸と栗松を覗きこむようにしてなにやら言っている。栗松が尻を払って立ち上がり、縄を受け取ってかるく跳びはじめ、風丸は反対にその場にすわり、宍戸と一緒にストレッチをはじめる。後頭部をボールでぽんと叩かれたのはそのときで、目金が振り向くと不機嫌面の円堂が立っていた。あ。目金がなにか言う前に円堂はくるりときびすを返し、リハビリ組の方へあるいていってしまう。二言、三言、円堂があんなにこわい顔をしていなければいいと目金は思った。
そのうち宍戸はベンチへ戻り、風丸は円堂になにやら頼まれた風で部室へと引っこんだ。特になにをするでもない様子の栗松のこめかみをかるくげんこつで突っ放してやってから、円堂は思いきりグラウンドにボールを投げ込んだ。紅白戦!くじ引きするぞ。風丸がビブスを抱えて戻ってくる。おまえベンチな。円堂は目金を見もせずに言う。スコアラーやってくれ。タイムは宍戸がやるから。あ、はい。あっと、栗松くんは。風丸と審判。そうですか。円堂は肩ごしにちらりと目金を見て、しかしなにも言わずに去った。ベンチでマネージャーがくじ引きの用意をしている。ふと視線を巡らせると、手持ちぶさたに縄を結んだりほどいたりしていた栗松と目が合った。栗松はふいと目を反らし、長めに結んだ縄をぐるぐる回しながら、同じタイミングで足首を回している。つまらなそうだ。後ろからはくじ引きで分かれたチームがそれぞれ作戦会議をしている声が聞こえる。
つまらなそうですね。え?目金は小走りに栗松に駆け寄る。退屈ですよね。あ、まぁ。足は。やーまだなんか、ちょっと。いたいですか。いたくはないです。栗松は照れくさそうにわらい、それを隠すみたいに足首を回した。紅白戦、出たかったですか。足引っぱるよりは審判のがいいでやんす。目金はちらりと栗松の足首に視線を落とす。栗松くん。顔を上げると栗松も目金を見ていた。サッカー、まだすきですか。はぁ。栗松は唐突なその言葉にぽかんと口をまるくあけ、すきですけど、といぶかしげに言う。栗松くん。目金はまじめな顔をする。きみがしんだら、きみの星にはぼくが名前をつけてあげます。はぁ?栗松は眉をひそめる。目金さん、大丈夫ですか。きみこそ。目金は音が出るほど唐突に栗松の肩をつかんだ。ぼくは嫌なんです。あんまり心配かけさせないでください。きみがいないと心配です。わかってるんですか?栗松は唖然として、ゆっくり首をかしげる。目金さん、ほんとに大丈夫で、すか?
せんぱーい。その声に目金は振り向いた。宍戸が手を振っている。オーダー表きました。はーい。とりあえずそちらに返事だけして、目金はもう一度栗松をじっと見た。知らない生きものを見るような、栗松の不穏で不審な目。きみがしんでも、きみの星はぼくが必ず見つけてあげます。栗松はあいまいにほほえみ、試合はじまりますよ、とからだをよじった。目金はそっと栗松から手を離し、それでも未練たらしく栗松の腕にほんのちょっと触れる。言葉の意味を、栗松はなぜ問わないのだろう。どうして問いかけてくれないのだろう。ベンチに戻ると、宍戸は明らかにいらついていた。オーダー表はちゃんとファイリングされ、ホワイトボードにフォーメーションまで書いてある。優秀ですね。言ってから、皮肉っぽかったな、と思う。ぼくねぇ。目金はひとりごとめかしてちいさく囁いた。栗松くんが戻ってきてくれて、嬉しいんですけど、よくわからないんです。なんでなんですかね。どうして、もう戻ってこなくていいなんて思ってたんでしょうね。
栗松が戻ってこないなら、戻ってこなくてもよかった。もういなくなるのは嫌だった。それだけだった。
(だから、もう、いかないで)
ホイッスルが鳴る。
みんなみんなしねばいいのに。







き み が し ん だ ら
目金と栗松。
執着と怨みと独占願望。
嫁、降臨。
部活が終わったあとのひっそりと静まり返る部室を円堂はあまりすきではなかった。なのめに差し込む夕焼けに道具やロッカーがセピアに褪せ、ながい影が自分でも驚くほど遠くでおおきく揺らめく。疲労を甘やかに閉じこめた部室は、いっそ大げさなほどのノスタルジをまとわせて化石のように横たわっている。梅雨の一歩手前、蒸されたようないがらっぽい空気がまぶたにまとわう。
椅子にすわって頬づえをつく円堂の目の前では、きらきらにデコレートされた音無のミニノートが今日の試合風景を無音でだらだらと流し続けていて、円堂の隣では音無が、どこか芯の抜けたような真剣ぶった顔でおなじく液晶を見つめている。あたらしいフォーメーションを調整する、という口実だ。機械モノにはめっぽう弱い円堂は、しかし目金に頼むのなんかは死んでもいやだったのでわざわざ自分から音無に声をかけて、部活が終わったあとにも残ってくれるように頼んだのだ。そのくせ早々とその行為に倦んでいる。トップとボランチがじぐざぐと並ぶ速攻形だが、雷門には合わないと思った。雷門の売りはなんといっても守りの堅さだが、それがいまひとつ活きてこない。なにも考えずに敵陣めがけてつっこんでいく攻撃陣を増長させてしまいかねない。どうにかしないとなと円堂は思った。フォーメーションをではない。ばか揃いの攻撃陣を、だ。
使えない。そうですかぁ。円堂のひとりごとに、間延びした声で音無が答える。へんなところで律儀なやつだ。まだ観ます?んー、うん。止めるのもなんとなくしゃくだったので、円堂は小指で耳などほじりつつ画面に見入るふりをする。キャプテン。音無もだらしなく砂だらけの机に腕を投げ出している。最近わらってないですね。そうか?そうですよぉ。もともと円堂はそうにこやかな人間ではない。あー、そうだっけ。唐突な音無の言葉に首をひねる円堂を、音無は不思議そうに見た。部活、たのしくないですか?楽しいとか楽しくないとかじゃねえからなぁ。ふうん。音無は円堂を見て、なにやら不服げな顔をする。なんだ。キャプテンてぇ。音無はにこっとわらった。意外とまじめなひとですかぁ?おれがまじめなら人類全部まじめだ。あっじゃああたしもまじめ。おれまじめじゃねえからおまえもアウトだろわきまえろ。うぇへへへ、となぜか音無は照れたようにわらう。ほめてねえぞ。憮然としながら円堂は小指の先のかすを吹いた。
キャプテン。しばしの沈黙と映像のリプレイを挟んで、音無がまた間延びして言う。さっくんの目、見たことあります?さ?一瞬考え、ああと円堂は内心うなづく。宍戸な。いや、ない。ふうん。また沈黙。キャプテン。音無はまじめぶった顔を画面に向けながら言う。さっくんの目、あおいんですよ。円堂は音無の横顔をちらりと見る。見たのか。うん。へえ、なんで。事故です。事故。おもしろいことを言うな、と思った。で。え?なんでおれに言うの。さーなんででしょうねぇ?音無は心底不思議そうに首をかしげる。なんか言いたくなったんです。急に。へえ。聞きたくなかったですか?別に。どうでもいい。音無はあっけらかんと、ですよねぇ、とわらった。手ブレした動画の中を攻撃陣が上がっていく。なんであいつは目ぇ隠してんの。え?音無は不意をつかれたように円堂を見て、ちょっと考え、わかんないです、と答えた。キャプテンは知らないんですか?しらね。興味ねえ。円堂は自分でもなにを問いたかったのかわからなかったので、早々に言葉を切る。
音無の肩のあたりに差す陽がかすめて、そこだけしろっぽく輪郭が飛んでいる。沈黙。また沈黙。キャプテン。音無の声。キャプテン、ほんとは誰がすきなんですか?円堂は横目で音無を見る。芯の抜けたような真剣ぶった音無の顔。なんだよいきなり。わたしねぇ先輩たちのことすきなんですよ。でへへ、とわらって音無は言う。わたしばかだから、考えるとよくわかんなくなるんです。でも、すきなひとと一緒にいるのって、しあわせでしょう?円堂は眉間にしわを寄せた。そういうふわふわした理屈はうぜえよ。どうして?音無は円堂の顔を覗きこむ。キャプテンはすきなひとと一緒にいたくないの?うるせえな。円堂は音無のあたまをかるく押しのけながら言う。気持ちだけで白黒つくしあわせなんかあるわけねえだろ。音無は目をまるくした。たぶん、言いたいことを探している。沈黙。動画が終わる。が、どちらも黙ったまま動かない。
音無が不意に立ち上がり、後ろからそっと円堂の袖を引いた。キャプテン。円堂は肩ごしに振り返る。音無はまじめな顔をしていた。腕に入れて。あ?腕に入れて。円堂は唐突なその言葉にいぶかしげに立ち上がり、ちょっと考えて、腕をかるく開く。音無はそっと踏み出し、円堂の肩に額を押しつけるようにした。音無の背中に触れないように手を回し、円堂はそうっと息をはく。自分から言い出しながら、音無のからだはかちかちにこわばっている。夕日が差す場所はむやみにあかるく、逆に影は濃く深く沈む。眠たくなるような時間。音無。沈黙を挟んで、円堂がぽつりと言う。なに考えてる。なんにも。そうか。キャプテンは。円堂はそれには答えずに、ただ光の中に浮かぶほこりがきらきらしているのをじっと眺めた。音無は。沈黙。円堂はつぶやく。すきなやつ、いるのか。音無のあたまが肯定のかたちに動く。そいつの腕には、入らないのか。沈黙。入れないのか。音無は答えずに、痛いような声色で言った。すきなひとだから、一緒にいられないんです。
沈黙は自然で、雄弁で、無意味だ。黙ったままのふたり。音無。円堂は遠くを見つめながら言う。まだ?音無はうなづく。まだ。ミニノートが待機画面になり、CGアニメのスクリーンセーバが原色にまたたく。化石のような部室。意味も言葉もないふたり。音無はなにを伝えようとしていたのだろう。円堂の腕の中で、なにを考えながら。翳りゆく光を眺めながら、円堂は目を閉じる。音無。おれの腕でよかったのか。音無はうなづく。円堂のまぶたの内側が血を透かしてあかく染まる。また、入れてやろうか。音無は答えず、円堂はすこしわらった。雄弁な沈黙で、ふたりの時間が流れゆく。どうして、などとは問わない。意味を問えば、戻らないものがある。影にいるのに光を待ち、空に背伸びする子どもたち。光は翳り、足は折れ、天使は羽をもがれ、たくさんの涙で愛は錆びつく。沈黙は雄弁だ。しあわせを知らない子どもたちへ。届かないものばかりが、いとおしいのだと。いとおしいのだと。いとおしいのだと。







せんそうごっこのあとに
円堂と音無。
高校には電車で通う。田舎から田舎へ向かうくたびれた通勤快速は、あたたかな座席と気だるさとため息だけを積みこんで、春夏秋冬おなじ道をひた走る。がくんと電車が揺れた拍子にめくっていた単語帳がばらばらっと進み、半田は一度もごもごとくちびるを噛んでそれをブレザーのぽけっとにしまった。ふと気づくといつも口を半開きにしてしまっているのでやけにくちびるが乾く。かばんから朝セブンで買ったワンピースの新刊を取り出そうとからだをかがめたとき、向かいの座席でぎすぎすに痩せた就活生が肉まんをほおばっているのが見えた。ばかじゃねえの、と思う。
高校に入ってからは中学のころみたいに、放課後にべしゃべしゃとつるんでワルイコトをするような習慣はなくなった。そのとき仲よかった数人とは、高校入学当時はやれ合コンだのなんだのと理由をつけてよく集まったが、今ではメールもほとんどしない。それぞれの生活がある、ということに気づくまでに、よくぞ衝突もなかったものだ、とは、今でもすこしは考えたりもする。(もっともそれは彼らが意識的にそれを避けていたせいでもあるが。)中学のころいいなと思っていた子には三年間で何回も告白してはふられ、そのわりにちょっとはエッチしたりもして、卒業式の日に全力で告白したけどやっぱりふられた。それでも半田には女の子が必要だったので、高校に入って何人かとつきあって、今は弁当にトマトのくし形切りばかりいくつもタッパーにつめて持ってくるような子とつきあっている。ちょっと変わったところがいいなと思ったとは言ってあるが、本当は胸がおおきかったからつきあってみる気になっただけのことだった。まだ一度も触らせてくれない。
学校につくと、半田はいちばんに美術準備室に向かう。そこにはかびたイーゼルや油だらけの新聞紙や踏み抜かれたキャンバスや絵の具に汚れたくさいシュラフなんかがごろごろ置いてあって、だいたい半田が学校につくころにはもうそこにはひとがいる。半田が立てつけのわるい引き戸を無理やり開けたとき、宍戸はまじめな顔をしてアグリッパ胸像に立派なひげを描いていた。なにしてんだよ。備品だろ。後ろから一発こづいてやると、我が名は関雲長ォ!河東の大地より立ちのぼる義侠の積乱雲!などとひとしきりわめいて、それでも宍戸はようやく手を止めて半田を見た。あ、ども。どもじゃねえよ。なにしてんだよ。なんかイメージわかなくて。宍戸は後頭部をぼりぼり掻きながらあくびをする。よれよれで染みと絵の具だらけのカッターシャツにジャージという、いつも通りの小汚い姿だ。美術特待生として半田とおなじ私立高校に入学した宍戸は、ほとんど一日中この美術室で過ごしているらしい。かび生えるぞ。冗談めいたその言葉がちっともわらえないほど、宍戸はこの部屋から出てこない。
セブンでワンピースと一緒に買ってきたリポDを渡すと、あざっすと受け取り一気に飲み干したあと、オエッとえずいてしかめ面をする。おまえどんどんおかしくなるな。準備室は鼻が曲がるほどの異臭が立ちこめているが、宍戸はいつも屁でもないような顔をしている。そっすかねぇ。べたついた赤毛をかき回しながら、宍戸は美髯のアグリッパをそのままにしてのろりと立ち上がった。キャンバスはほとんどまっしろの描きかけで、そこには憤怒に燃える魔神の横顔が木炭でざっくりと描かれてある。おまえってなにげ円堂のことすきだったわけ。やー別にそういうんじゃ。じゃあなんだよ。ぐしゃぐしゃにまくったカッターから突き出した宍戸の腕が骨のようにしろい。キャプテン夢叶わなかったじゃないすか。いいっすよ。すげえ魅力的。アーハーン?半田は内心アメリカンコメディよろしく肩をすくめる。サッカー部は結局どうにもならなかった。七人とマネージャーひとり。ずっとそのままで、たぶん今もそんな感じのままだ。
脚のながさがちぐはぐながたつく椅子に腰かけて、半田は宍戸をにらむようにする。皮肉か?宍戸は鼻血を手で拭ってなにも答えなかった。宍戸のからだはたぶん限界だ。限界まで追いつめても、まだ至らないという。至れないという。半田さんががサッカーすきなら。ティッシュを鼻に詰めながら宍戸は言った。それがいちばんなんですよ。がりがりに痩せた宍戸。今は半田よりあたま半分背が高い。でも、そうすると、中学んときのキャプテンや染岡さんはなんなの、ってことになるじゃないすか。半田はたまたま手近にあった筆の刺さった空き缶を投げつける。いてえ、と言うわりに、大して応えた風じゃなくてむかついた。
中学のころ、半田は自分がなぜサッカー部に入っていたのかよく思い出せない。つまらないおもしろくもないなにもない日々だった。円堂は痛々しく、染岡は鈍感で、木野は残酷で、後輩たちはやさしすぎた。卒業アルバムの部活写真では、四人ともへんにあかるい顔をしていて、それは四人ともはやくここから解放されたかったからだ。通夜みたいな部室で、半田はグラウンドに向かう円堂の背中を何百回と眺めた。いつだって円堂は誰より苦しい顔をしていた。それが半田には、嬉しくてたまらなかったのだ。
宍戸は削げたほほでそっとわらい、なんか今日の半田さん猛烈にうざいっすねえ、と言った。宍戸は進み、半田は捕らわれたまま、些細なほころびにつまづくたびに、何百回でもあのころへ引き戻される。これ、キャプテンに見えます?キャンバスには憤怒に燃える魔神の横顔。あのころ半田はいつもなにかが気に入らなかった。なにもかもが気に入らなかった。もうおまえ死ねよ。うめくようにそう言う半田の目の前で、宍戸はキャンバスを蹴破った。
サッカーは今でもすきだ。ただし誰にも言わないである。








ハレルヤ・ボーイ
半田と宍戸。未来。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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