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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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表紙があめ色になってビニルカヴァのふちがぱりぱりになったふるいアルバムの、いちばん最後の写真はどこかのリゾートのうす暗いヴィラのものだった。木をつないだすだれみたいなものの向こうはしろく飛んでしまうほど晴れているのに、反対にヴィラの中はしっとりと静かに翳っている。すき間から光をほろほろとこぼしているすだれの前に立つ人物を、少し離れた場所から撮った写真。簡素なワンピースを着た現地の少女が、右耳の上にわざとらしいほどおおきいハイビスカスとブーゲンビリアを飾り、ちょっとうつむき気味のはにかむような仕草で写っている。化粧気もないのに黒ぐろとした眉とくっきりした目鼻立ちがうつくしい、まだ幼い少女だ。やわらかにウェイブしたくろい髪の毛が、胸の辺りに落ちかかっている。藤で編んだ揺り椅子が写真の端に見切れながら覗いていて、そこには無造作にタオルだかシャツだか、しろい布がだらしなく引っかかって発光したみたいにわる目立ちしていた。
夏の暑気だけは駆け足でやって来たのに、この辺りは梅雨がいつまでも居すわってだらだらと間延びした雨を降らせている。むっと立ちこめる湿気に辟易して、最近は部室にも集まらずに雨が降ったら即解散だ。それでもやるべきことはある。除湿剤を換えたり、結露を拭いたり、生えかけたかびをブラシで落としてしまったり。一年生とマネージャーで持ち回りでする雨の日の作業は、単純作業がすきな栗松にはこのもしいものだった。トタンに雨が落ちるばらばらという音の、いかにも梅雨っぽい雰囲気も嫌いじゃない。窓から見る雨にけぶる校舎の非現実的なたたずまいなんかも。朝から鬱陶しく降り続く雨の、その放課後。少林寺とふたりで傘をさして部室に向かうと、入り口の前に木野が立っていた。おつかれさまです。声をかけると木野は驚いたように振り向き、なぜかほっとしたような顔をした。
入れないの。その言葉に近づくと、部室の引き戸に土色のでくぼくしたかえるが一匹貼りついているのが見えた。うわ、と栗松は思わず顔をこわばらせるが、少林寺は物怖じした様子もなく、ひょいと手を伸ばしてかえるをちいさなてのひらに掬い取る。きょろきょろと辺りを見回して、部室の裏に回り込んでいってしまったのは、放してやる場所を探しに行ったのだろう。ああ、びっくりした。詰めた息を吐き出すように木野は言う。少林寺くん、すごいね。栗松はあわててかくかくとこまかくうなづいて見せた。木野はかえるが貼りついていた取っ手さえさわるのをいやそうにしていたので、これは栗松が扉を開ける。ありがとう。そう言ってほほえむ木野は完璧だなと思った。木野はかばんと手提げをベンチに置いて、除湿剤をひとつずつ回収してはばけつに中を空けていく。栗松は入り口に所在なく立ち尽くしたまま、ちょっと視線を動かす。どこまで行ってしまったのか、少林寺はまだ戻ってこない。潔癖なくせに、生きものラブ、なのだ。
ばけつはそう大きいものでもなかったが、水は半分にも満たなかった。それを外の排水溝に流す。傘を持っていかなかったので、後頭部と肩がいやな感じに濡れた。ばけつは底の方があかく錆びていて、それが水を流したときに一緒に流れて、ぼこぼこに歪んだ内側に縦に一直線にこびりつく。あとはおれたちがやりますから、って言おう。栗松はてのひらをわき腹にこすりつける。だから、先に帰ってください、って。水道でばけつの底の錆を洗い落とし、それをだらだらと振りながら栗松はゆっくりとあるく。てん、とん、てん、と、ときどきばけつの底を雨粒が打った。息をすると肺までもざぶざぶに濡れてしまいそうになる。部室に戻ると木野は除湿剤を全部換えてしまっていた。ちょうどごみ袋の口をしばっていた木野は、顔を上げて、びしょびしょだよ、とわらった。なんとなく気恥ずかしくなって、栗松もちょっとわらう。肩に貼りつくカッターが体温でぬるんで、ひどく不快だった。
わたし、帰るついでにこれ捨てちゃう。あと頼んでいいかな。あ、はい。おつかれさまです。言いたいことを先に言われて、栗松は肩透かしをくらったような気分になる。ありがとう。それじゃあ、またね。木野はいそいそと立ち上がり、かばんと手提げを持って、ちょっと焦ったふうに出て行った。お待たせ、という声がかすかに聞こえる。木野は傘を持っていなかった。栗松はかばんからタオルを取り出し、顔を覆う。雨の音がなんだか鋭角だ。後ろからかるい足音が聞こえる。わ、なにしてんだよ。しょーりんどこ行ってたの。え?しょーりんおれ置いてどこ行ってたの。どこって。少林寺はいぶかしげにタオルに顔を埋めたままの栗松を見上げた。手、洗ってた。外の生きものはばいきんがいっぱいいるって。そこまで言って、それでも栗松が無反応なので、少林寺はうんざりしたように首をかるく回し、ねえどうしたの、と辛抱づよく語りかける。
どうもしてないって言うか、どうもしてないからなんかこう、変なんだよな。意味わかんないよ。しょーりんなんでおれのこと置いて行くわけ。もーいちいちうざいな。だったらおまえがかえる取ればよかったじゃん。それはやだ。少林寺は栗松のふくらはぎをかるく蹴り、じゃあもう今日は帰ろうよ、と言った。栗松は顔を上げる。あのさぁここが東南アジアだったらいいと思わない?は、と少林寺はぽかんとする。いきなりなに。そんでこれがスコールだったらすげーよくない?栗松どうしたの。大丈夫なの。別にーと栗松はかばんにタオルを押し込み、うん、となぜか満足そうにわらった。たぶんくだものがうまいよ。あそお。まったく興味なさそうに少林寺は答え、先出てるよとさっさと行ってしまう。どうかしてたんならその方がいいなぁ、と思いながら、栗松は足元のばけつをかるく蹴飛ばした。くぐもった音が鼓膜に沈むように響く。無人の部室は、日陰のヴィラなんかでは全然なかったけれど。
(あ、なんか、かわいそうじゃね?予想外)
ほんとはなにが怖かったのだろうか。







ジントニク・レイニー・レイニー・デイ
栗松。
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シュート練習はおれたちに任せろー!!!(バキッボコッ)
ひとりになる時間が必要だと言っては試合前に人知れず長々とトイレにこもるくせに、ひとりはさびしいと開き直るように宍戸は昼休みには必ずコンビニの袋を下げて遊びに来る。あのよく伸びたからだがどうしてこれで持つのか不思議なくらい宍戸は少食で、たべるという行為に消極的だ。入学当初は昼食を摂ることすらしていなかったというので、傾向としては、まあ、わるくはないけれど。中庭の校舎の影はいつもじめじめしていて、ベンチなんか常に湿っているのでそれなりにいい穴場だった。なのでいつもそこで、五人で昼食を摂る。脚が苔に侵食されたささくれのベンチで。
宍戸が持ってくる袋の中身はいつも、おにぎりがひとつとキシリトールのガムがひと箱。ペットボトルは手で持ってくる。コントレックスというミネラルウォーターで、飲むとなんだかのどのあたりがよじよじする。他はみんな彩り鮮やかな手弁当を持ってくるので宍戸はいつもなんとなく浮いていて、しかもひとつっきりのおにぎりさえたべあぐねる様子で、かじりさしの端をそのまま地面に転がして、ありがくうだろ、などと嘯いてはへらへらとわらっている。もうちょっとたべたら?と水を向けても、これ以上くったら腹壊す、と真顔で言うので(、しかもたぶんそれは本当なので)、宍戸の偏った食生活にはもう誰も口を挟まない。ぎすぎすの膝と肘をした宍戸は、薄着になるこの時期はどことなく痛々しい。この間染岡が冗談で宍戸をたかいたかいして遊んでいたが、しきりにもっと太れもっと肉をくえと繰り返していた。冗談ぽく見せかけてはいたが、染岡はまじめな顔をしていた。
ベンチにふんぞり返った宍戸ののどのひふは爬虫類のそれめいて奇妙にしろい。隣にすわっていた栗松が宍戸をちらっと見て、お、とのどに顔を寄せた。てーつ。息こしょばい。宍戸ひげ生えてる。ひげー?ほらここ、と栗松は宍戸の削げたあごの先に触れる。見えねー。あそっか。そんなもん誰でも生えるでしょー?おれ生えたことないよ。うそーん。ほんとほんと。栗松はしきりに宍戸のあごの先をつついている。半分くらい中にもぐってるっぽい。あんまいじんなってこしょばいから。宍戸は真顔のままくすぐったそうに足先をそわそわさせている。おれおとなだべ?おとなじゃーん。おとなの男ー。メンズだメンズ。って言うかね、てつ、さっきから近い。んー?おれおとなの男だからドキドキしちゃう。
言うなり宍戸はそれまでだらしなく弛緩していた腕をはね上げて、有無を言わさず栗松のあたまを抱えこんだ。そのままからだをくの字に折り曲げる。栗松のからだが、無理やりななめに曲げられて、だけどたぶんそれよりもっと別の理由でもがいている。むーむーと栗松のくぐもったうめき声が聞こえるが、栗松を抱えこんだ腕に顔をうずめるようにしている宍戸は無言のままだった。やがて宍戸が顔を上げ、また背もたれに深く寄りかかる。栗松は地面に転げ落ちてしばし放心していたが、やがて勢いよく立ち上がると宍戸の肩を思いきり張り飛ばした。いてえ。おまっほんとばかじゃねぇ?ばかだよー。しねっまじしねっ。あーしねとか言っちゃいーけないんだーいけないんだー。栗松は耳までまっかにして拳をふるわせていたが、突然ぱっとこちらを振り向いた。あわてて目をそらす。
たまたま目をそらした先にトイレから戻ってきた音無たちが見えたので、無駄にぶんぶん手を振る音無にかるく手を振り返した。たっだいまー。すっきりさっぱり。報告はいいよ、とつっこまれて音無はくちびるをとがらせる。が、なにかに気づいたのか小首をかしげるようなしぐさをした。てっちゃん、どしたの?なんか顔めっちゃあかいけど。なっなんでもないっ、と言う栗松の声が裏返っている。さっくんは昼寝?そーそー。ふーんと音無はいつもの場所に腰かけて、ぽけっとから出したチョコレートを口に入れる。ちょっと融けてる。そんなとこ入れるから。いっこあげるよ。うわほんとに融けてる。そんな会話を聞きながらさりげなく栗松を見る。栗松は居心地のわるそうな顔をして、本当に寝てしまったように微動だにしない宍戸を見下ろし、力なくその赤毛の額をはたいた。ごめんて。宍戸は栗松を手招きする。なんとなくそこで目をそらした。
空はどろりと濁り、息苦しくてうなだれる。なんだかなぁ、と思いながら、そういうもんなのかな、とちょっと考えこんでしまう。音無たちと一緒に行けばよかったと思った。行かなくてよかったとも思った。これから昼めしとか部活とかどうしよ、と思った。足元をありの行列がゆっくりと動いている。








一刹那
一年生。
彼が見た宍栗。
稲妻町から電車でおよそ一時間、観光地の穏やかな砂浜の片隅に、くじらの骨が流れ着いたというニュースが流れた。波に磨かれ破損の少ない、しろいうつくしい骨だったといい、通常なら海底深く沈んで多数の生態系を養う温床になるそれが、なぜ砂浜に流れ着いたのかはわかっていない。原因の調査とくじらの生態解明のため、サンプルはしかるべき機関によって回収・研究されるという。ニュースはそうやって結ばれて、そこまで観て姉はテレビを消した。やなもの見ちゃったと言って食器を片づけ、足早に部屋に戻ってしまう。影野はひとりもくもくと食事を続け、その日は早いうちに寝てしまった。
グラウンドは長雨に底まで水が染みてしまい、緊急のメンテナンスをしている。重機がそこかしこに並ぶグラウンドを見ている少林寺の隣に無言で並び、影野もまたグラウンドに視線をやる。掘り返された湿った土はどことなく哀れっぽく、濁った曇り空に押しつぶされてよけいに憐憫を誘った。干からびた水槽みたいだ、と思ったのは、のたりとうずくまる重機たちが、死んだくじらの群れのように見えたからだ。錆びた海原に捨て置かれた、しろいうつくしいくじらの骨。少林寺は黙ったまま立ち尽くしている。ひどく姿勢がよいその姿が、健全すぎるために却ってちぐはぐに見えた。なにを見ているのか、影野にはわからない。海はすきか。唐突な言葉に、少林寺は無言で影野を見上げた。まるで予定調和のような自然さで。海は、すきか。影野は再度問いかける。少林寺はまばたきをして、じっと影野を見上げている。
骨が。影野はゆっくりとくちびるを開いた。流れ着いたって。静かな言葉を、むやみに連ねる。くじらの骨だ。きっと、すごく大きい。指を伸ばして、少林寺のしろいこめかみに触れたのは、無言の少林寺に堪えかねた、からかもしれない。どこを見ているのかわかりづらいくろい目。きゅっと閉じたけなげなくちびる。可憐な少女にも似た、ぞっとするほどいたいけな佇まい。しっとりとやわらかなひふの、その奥には。おれは海がきらいだ。指先を少林寺に触れさせたまま、影野はひとりごとみたいにつぶやく。あれは、いやなものだ。
少林寺はまぶしいみたいなしぐさで目を伏せ、ちょっと首をよじって、閉じたくちびるをへの字に曲げた。先輩。耳に心地いい、凛とした声。先輩、なにを見てるの。ここは海じゃありません。なんにもない、ただの場所です。影野は髪の毛の奥でまばたきをして、わずかに首を横に振る。くじらが死んでる。おまえこそ。なにを見ている、と問いかけようとして、影野は唐突に口をつぐんだ。少林寺に触れた指を一瞬びくりとこわばらせる。なぜか突然、すうっと体温が下がったような気がした。少林寺は影野を見るのをやめて、またまっすぐに前を見つめている。ひたむきなほどに。湿気を含んだ空気が溺れそうなほど押し寄せて、影野は胸につかえた空気を咳き込むように吐き出さねばならなかった。少林寺はすっと腕を伸ばし、遠くの、どこともしれない場所を指さす。このずっと先に、ニジニャヤ・ツングースカ。その向こうにイェニセイ。くじらは、シベリアの海にいます。
影野は喉の辺りにねたりとした重みを感じてくちびるをうすく開く。今も、いるのか。少林寺は腕を下ろし、さあ、とちょっと首をかしげる。少なくとも、ここにはいないと思います。影野はじっと少林寺を見つめる。少林寺はまっすぐに前を見つめている。骨が、ほしいんだ。くじらの骨だ。それがなければ。そこまで聞いて少林寺はぱっと影野を見上げた。言ってはだめ。少林寺の奥に燃え盛るもの。揺らめくもの。時に牙を剥き、爪を磨いではとぐろを巻くもの。先輩に足りないのは、『それ』じゃない。少林寺の奥で吼えるもの。闘争心。生の根幹。ふるく誇り高いけだもの。シベリアの海のくじらたち。影野がその奥に光差す闇を飼い、月の浮かぶ夜を沈めるように。錆びた海で骨を孕む雄大な肉のように。ひとのかたちの願望。先輩に足りないのは、
(わかっているさ)
影野は手を伸ばした。(わかっているとも)少林寺のほそい二の腕をそっと掴む。少林寺は影野を見る。予定調和のような自然さで。けなげに閉じたくちびると、少女のような佇まいをして。それならば『それ』は、おれとおまえで喰い尽くそう。ひとのかたちの願望。打ち上げられたくじらの骨。それはどんなにかどんなにか、欲しかったものだろう!どんなにか、求めていたものだろう!今はない。求めてはならない。それでかまわない。(だってそうじゃなければ)ひとりでは、始めることすら叶わない。(だから今度は、おれが)
後日、ひとりで海に行った。くじらの骨はどこにもなく、能天気に遊ぶ若者や子どもの声ばかりが、潮騒と混じりあってだらだらと空間を埋める。影野は波打ち際を選んでひたすらにあるいた。剥き出しの手の甲が日光に焼かれてちりつく。しろい砂浜が尽きるころ、ごろごろと岩がのさばりそのすき間にごみが打ち寄せ多足の虫が這うみじめな光景に出会うころ、影野はそこに一頭の犬の死骸を見つけた。皮は剥げて肉は腐り、羽虫にたかられた凄惨な亡骸は、それこそが恐らく、影野の見たいものだった。そんなものでなくていい。そんなうつくしいものでなくていい。影野は黙って死骸を見下ろす。肉からはみ出すぬらぬらした骨。汗が鼻の横を伝った。くちびるの端から潮と血の味がする。骨だ。影野はぽつりとつぶやいた。そんなものでなくてよかったのだ。そんなうつくしいものでなくても。『それ』を奪うには、影野には本当はもう足りていた。浚い尽くして惜しみなく与え、すべてを擲って、北の海に捨て置かれても、なお。









十三月の海は犬のブルース
影野と少林寺。
ドリブル道はシグルイでやんす。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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