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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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するりと背中から伸びてきた腕に髪を掴まれた。
影野はびくりと肩をすくめて振り返る。どんな理由があろうと、顔を覆う長い前髪に触れられるのは嫌だった。
後ろを向いた瞬間、ゴッと鈍い音がした。額から、頭の後ろに抜ける。痛みは後からやって来た。
「よーよージン、ぼさっとしてんじゃねーよ?」
前髪をむんずと掴んで遠慮会釈もなく引っ張り、ゼロ距離からふざけたようなからかうような口調でそう言うのは折田だった。
少女と見まごう大きな眼をした、先輩をうならせる実力と後輩から慕われるやさしさを持ち合わせる、物腰の穏やかな同級生。
普段は。影野は心中その言葉を付け加える。折田には、ひとに言えない悪癖がある。
自分の額に影野の額をぶつけてもなお、その声はやさしかった。その表情も、容易に想像できる。取り繕ったその声音や態度が、影野は少し怖かった。
練習中だった。DFだった影野の髪の毛が風で広がり、ドリブルでかわそうとした折田の視界を一瞬遮った。
走ってきた勢いのまま折田は影野を突き退けようとしたために、二人は派手に接触した。弾かれた影野はさしたる抵抗もできずに地面に叩きつけられ、折田はなまじ勢いがあり、さらにボールで足をもつれさせたために、上半身からグラウンドに崩れた。
満ちかけた沈黙を、二人の名を呼ぶ円堂の大声が打ち砕く。わらわらとメンバーと、救急箱を抱えたマネージャーが駆け寄ってきた。
影野は染岡に抱え起こされた。頭がぐらぐらした。折田は地面にうずくまるような姿勢で横たわり、心配するメンバーの手を拒んでいた。
結んでいた髪がほどけて、ひどく凄惨だった。 すりむいた頬が痛々しかった。
影野が立ち上がるのを染岡は止めた。それを無視して影野は折田の前に膝をつく。擦りきれて血がにじむそこは痛かった。折田は影野の長い髪を掴み、そのままその首にすがるように抱きついた。
ごめん。誰もがその折田の声を聞いた。円堂がなきわらいのような顔をした。折田はそのまま、影野から離れようとしなかった。
今日はこれ以上のプレイは危険だという監督の指示で、左右から染岡と土門に支えられた二人はそのまま保健室送りになった。二三日練習は休めとも言われた。
そこでの出来事だった。
づあーいってーと、折田は頬に貼られたうすい絆創膏をはがす。影野の顔を覗き込んだまま、あかい舌を覗かせてわらう。
寝ていろという保険医の指示は、はなから聞くつもりはないらしい。 頭が痛くて起きていられない影野のベッドに、折田はずかずかと上がりこむ。
「本心とか思ってねーよなぁ?あ?」
悪かった。肘と膝をあつい包帯とネットでぐるぐるにされた影野は無理やり上半身を起こして、同じような折田から視線を反らして謝った。
つか謝れなんて言ってねーよ。ばーっか。
折田は顔を離すと、影野の側頭部をぱしんとひとつはたいた。そしてそのまま抱きついてくる。
打ち合わせた額が痛んだ。そこに額を無理やり触れさせた折田は一瞬複雑な表情をして、しかしまたにやりとわらう。
「お前の髪ちょーきれい。うぜっ」
影野の後ろ髪を救っては落としながら、鼻の上にしわを寄せてけたけたと折田はわらう。影野は重い頭痛を感じた。 どこかにぶつけでもしただろうか。鼓動にあわせてずくずくと痛む。
折田はそんな影野の様子に気づかない。うひーいてーと肘を曲げたり伸ばしたりする。
まぁ謝っても許してやんねーけどな。折田はがばりと影野からからだを離し、円堂たちの前では到底見せないすさまじい顔でわらった。
「顔見せてくれたら許してやんよ」
影野をベッドに突き飛ばして、腹の上にまたがるような姿勢で折田は影野の頬にさわる。おざなりな指先はつめたかった。
身をよじっても折田は離れてくれなかった。いやだ。それだけは嫌だった。伸びてくる指から逃れようとして、影野はもがいた。
頭が痛い。よわい抵抗が途切れようとした、そのとき。
「ツクルなにしてんだよ」
前触れなく扉が開いた。先輩の由馬と冷泉が立っていた。部活が終わったばかりなのだろう。二人ともジャージ姿で、ガムを噛んでいた。
「ケガどーなのよー?まーじびびったぜー」
「影野。大丈夫か?」
ずかずかと室内に踏み込んだ二人は、折田が寝ていたベッドに座る。先輩まじおせぇと折田が舌打ちをする。
由馬は面白がっているようだが、冷泉は少なくとも影野のことを心配しているようだった。影野はからだを起こしてゆっくり頷いた。折田が影野から降り、 足を組んだ由馬がぷうとガムを膨らます。
「俺もいてぇっつうの。スイさん俺はなぐさめてくんねーの」
「知らん」
ケケケと折田はわらった。そっけない顔をして、しかし冷泉もわらっている。自業自得ぅーんと、由馬がこの上なく馬鹿にした口調で言って、ぱちんと割れたガムをまた膨らます。
あんなもん事故だっつの。そう言う折田に由馬が舌を出した。事故でもなんでもケガしたやつはばぁか。つーわけでお前らばぁかばぁか。
つめたすぎるその言葉は逆にやさしいように聞こえて少しおもしろかった。影野がふっとわらうと、おおわらった、と冷泉がわらう。
「もーすぐ円堂たち来っから俺らは帰るぜ。ファミレスで待ってっからー早く来いよー」
由馬は二人の頭を順番にはたいて、ジンジンもな、と付け加える。 ずくんと頭が痛んだ。
がやがやと賑やかな気配がしたので、由馬と冷泉は立ち上がる。折田はベッドにするりと潜り込んだ。
じゃーなーと言葉少なにふたりは出ていった。円堂たちと鉢合わせはしなかったらしい。ぴしゃりと閉まった扉に、しんとした沈黙が落ちた。
沈黙の中、影野は思い出していた。行き会ってしまった暴力沙汰に。
由馬も冷泉も、なにも言わずにそれを見ていた。折田はわらっていた。すさまじくやさしい顔で。
振り下ろされる拳がひどくゆっくり見えた。 だけど容赦なくそれは叩きつけられた。
思わず声を上げてしまい、三人は揃って影野を見た。そして三人ともわらった。悪意も敵意もこれっぽっちもない、飄々としたいつもの顔で。
その日、ジンと呼ばれた。それでも彼らはやさしい同輩で先輩だったのだ。
殴られていたのは同じクラスの人間だった。 折田との接点はわからなかったが、顔見知りだった。
ジン。折田が影野を呼ぶ。
「逃がさねーよ?」
折田のわらいを含んだその声が、円堂たちによって切り裂かれる直前の沈黙に沈んだ。声はなかった。折田はくつくつとわらった。
折田にはひとに言えない悪癖がある。不特定多数に精神的苦痛を伴う暴力を振るうこと、俗にいじめと呼ばれるそれが、やめられないという悪癖。
言うべきことなら既に失っていた。からだをふるわせすすり泣く同級生を見た瞬間。顔の下半分が鼻血で染まっていた。凄惨だった。ジン。折田の声が耳によみがえる。
円堂たちの気配がドアの前に立ち止まった。ちいさくため息をついた。頭はまだ痛む。ひどく痛む。
折田は影野をジンと呼んだ。にっこりとわらって、その頬を殴って抱きしめた。そのときだった。もがく余力も逆らう術も。なにもかもを奪われたのは。





閃光症候群証明
折田とグレイと冷泉のいじめっこトリオと影野の話。
この続きはいつか書きたい。
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16話感想
からだのすぐ近くでぼそりと声がしたので、染岡は思わず足をもつれさせた。両足リフティングの記録更新はならず、ボールはグラウンドをてんてんと転がった。
なんだよ、と一応不満げな顔をして見せる。だけれどそばに立っていた人物を見て、疲れとはまた違う風に心臓がどきりとした。ごめん、と淡々と言葉をはいて(それは詫びなんかには程遠い)、影野はそろりと染岡の左手に触れる。
影野は両手で染岡のかたく握られた左手をつつんで、一本一本、指をほぐしていく。
開かれた左のてのひらを冬の風が吹き抜け、ついでに寒さで縮こまっていた肩から変な風に力が抜け、染岡はぞくりと震えた。
何も言えず手元に視線を落としたままの染岡の頬と手に、冬の風に盛大に吹かれた影野のやわらかい髪がはらはらと触れる。
うん。ついで右手も同じように影野は開かせ、手を離した。あ?なんだったんだよ。染岡は眉間にシワを寄せる。開いた両手を一度見下ろして。
手を握るとだめだ。は?なんでだよ。神経が。
そこで影野は喉の奥で一度咳をした。あまりしゃべらないせいで、舌でももつれたのかと染岡は同じように咳をしてみる。
…指先は神経が通うから、開いておいた方がいい。って。
影野はそこで首を軽くひねった。…ああ。ごめん。うまく言えない。
ふうんと染岡は両手を握ったり開いたりしてみる。神経だかはよくわからないが、肩の力は確実に抜けた。おかげで背中が妙に寒い。
それって誰かから聞いたのか?うん。誰から。
問いかけると影野は顔をつっと背けた。染岡も同じ方向に顔を向ける。そこでは一年生が四人固まって練習していた。その中で、ひときわ身軽にボールを繰る小柄な体躯と、動物のしっぽのようなふさふさの髪。
あー少林寺か。きっとそこを見ているのだろうと思ってそう言うと、影野は黙って頷いた。怪我もしにくくなるからって。
んじゃそーしてみるかともう一度両手を握って影野を見た。嬉しくもなさそうに、よかったと言う。
その時またつめたい突風が吹き付けた。あおられた影野の髪の毛が、染岡の開いたてのひらの中をすり抜ける。
じんちゃんちょっとーと、土門が呼ぶ声がした。影野はなにも言わずに、そばに落ちていたボールを拾って染岡に放ってやると、そのまま背中を向けて行ってしまった。
おい少林寺。その背中をぼうっと眺めながら染岡は声をあげた。なんですか、と、頬を上気させた少林寺が染岡の側に寄ってくる。ボールを持つその指先はすんなりと伸びて、寒さにわずかあからんでいた。
呼んだはいいが話すことなど何もなかった。手は開いとけよ。結局そう言ってやると、それ俺が影野先輩に教えたんですよと言い返された。
なにがいいんだと聞くと、空気に触れるのがよいのだと言う。指先は気配や空気を敏感に感じることができる、すぐれた感覚器官なのだと少林寺は言った。そして、自分は影野先輩がすきだから、なんでも話したいのだと。
その言葉に理由もわからずひどく苛ついて、染岡は少林寺の手の中からボールを奪い、それで頭をぼこんと叩いてやった。あーなにするんですかと、当事者の少林寺より先に宍戸と栗松が声を上げ、暴力はよくないっすーと、壁山が巨体を割り込ませてきた。
後輩たちとぎゃんぎゃんやり合いながら、そういえばさっき髪の毛を触ったなと染岡は奥歯を軽く噛んだ。
開いた指先に触れたその感触は確かに覚えている。ほそくてやわらかい髪だった。女のような髪だった。あれが頬に触れたのだと思うと、みるみる耳が熱くなる。
もういいから練習戻れよと大声を上げて後輩を散らし、染岡は首を巡らせた。ゴールの近くに、影野はひとり立っていた。両手を口元に当てていた、その指先があかかった。
(つめたい指だった)
(それで、やさしかった)
少しだけかなしかった。唐突に触れたその指が、あっという間に離れてしまったことが。
寒いのか。影野は両手を口元からはなした。一瞬、ふわりとうすいしろい息が漂った。どうやら息を吹き掛けていたらしい。
どう答えていいのかわからないように、そっとこすりあわされた影野の手は染岡のそれよりずっとうすくてほそい。
練習終わったらコンビニでおでん食おうぜと、染岡はボールを力強く蹴った。
それを器用にトラップする影野の髪の毛は、冬の羽毛のようにやわらかく跳ねた。ほそくてきれいなその髪を、染岡はきっと覚えていようと思った。開いた手には冬の風がいくらでも抜けた。自分のそれよりうすくてほそい、少林寺の手にも、影野の手にも。
財布の中にはふたりが暖まれるくらいの金があっただろうかと、蹴り返されたボールを染岡はぽんと膝にのせる。
2000円あったことは確かなので、これだけあれば余裕かなと両足リフティングの続きを始めた。とにかく何かがしたかった。してやりたかった。影野が視界の端で、困ったように微笑むのが見える。
あとは君が頷くだけ。
(そうすれば走り出せる)




そうすれば走り出せる
染岡と影野と少林寺
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