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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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雨の日にはよく目金が影野の髪の毛をしばってやる。湿気を大量にふくむと、量がおおくてほそくしなやかな影野の髪の毛は、いちまいにまいと皿を数える幽霊さながらのおどろ髪になってしまう。ああーいけませんね。影野くん、それはいけません。目金はそんなことを言いながら、ブラシで丁寧にその髪の毛をすいてやる。なんたらいうアニメのナントカというキャラクタが影野の髪型によく似ているらしく、延々とその話をしながら目金はするすると影野の髪の毛をとかしてまっすぐにする。せっかくきれいな髪をしているのだからとかなんとか、説教じみた目金の文句を影野は口もはさまずによく聞いてやり、ときどきはその合間にひざにすわった少林寺のポニーテールを、あいた両手の手ぐしでとかしてやったりもする。彼女は前髪をピンで止めて劇的なイメージチェンジをとげたんですよ。あなたもどうです?影野が首をたてにふるわけもないのに、毎回まいかい律儀とも言える熱心さで目金はそれを提案し、すげなく断られてはしかし、落ちこむ様子も見せない。ふたりの中のルーチンワークであり、コントでたらいが落ちてくるのとその会話は、ふたりの間ではおなじことだ。少林寺は目金の話の内容がよくわからないと文句を言うが、髪をなでる影野の手の感触がものすごくいいとかで、おおむね満足してそこにいる。
目金がいかにもインドア派まるだしのしろくほそい指で、やたらと器用に影野の髪の毛をまとめるのを見るのが染岡はすきで、しかしそれを言うと目金はくちびるをひん曲げて悪趣味だと染岡をののしるために、最近はなにも言わずにそれをながめていることにしている。今日はどうしましょう。部室の外ではしとしとと雨が降り続いている。今日もまた練習はできないだろう。体育館の争奪戦は、これでなかなか激しいのだ。目金がヘアゴムを取り出して、影野のうなじで髪の毛をしばる。前や横からうろうろとその様子を見て、今日はこれでいきましょうと満足げに頷く。むき出しにされた首筋を神経質そうになでながら、影野はそれでもわかったと言った。どうせあとは帰るだけなのだから、今さらという気は確かにしないでもない。ふたりの接点は放課後の部室だけであり、それ以外の時間や場所で、わざわざ会おうという考えははなからなさそうだ。前髪だけがまとめられずにやわらかく残って、それを向かい合わせにすいてやりながら、ピンもありますけどと目金は言い、影野は首を横にふる。円堂が部室に来たのはそのときで、今日は休みだってーと明らかに不満そうに告げた。雨はやむ気配も見せないので、まあ当然だろうと染岡は思う。ほかのやつらにも言ってくるとしおれた様子で円堂は出ていき、じゃあ帰りましょうかと目金がカバンを肩にかけた。
影野はいつもやすいビニル傘をさしている。半透明のそれでもぼんやりとすけてみえるまくの向こうで、影野の背中がいつもよりとおい気がして染岡はまばたきをした。それがきれいにまとめられた髪の毛のせいだと気づいたときにはとっくに、その背中はいつもの距離にあった。無意識にあのながいながい髪の毛をさがしていることにもついでに気づいてしまったのだが、それだけは染岡は、考えないようにした。さんにんで帰る通学路に会話はない。雨が道路や街路樹や水たまりや傘をうつ音だけが、鼓膜をしずかに満たしていく。そのとき、ぱーんととおくたかいクラクションの音が突然すべりこんできて、さんにんは足を止めた。目金が首をひねって、ああとため息のような声をこぼした。染岡がそちらを見ると、雨にぬれた道路を、きんいろの屋根のついたながいくろい車がすべるようにはしってくる。目金は影野の手をとって、影野くん親指をかくさないと親の死に目に会えませんよと強引に親指を握りこませた。染岡もいそいでそうしたが、そのときにはもうその車はさんにんの横をはしり抜けていってしまった。言葉もなくたち尽くす染岡のすこし前で、影野がすっと街の一角を指さす。あっちに行くと思う。傘からつき出たそのしろい手がみるまに雨にぬれてしまい、しかし親指はしっかり内側に握りこんでいて染岡はそんなものばかりを見ていた。影野はそのまま手をおろして、ひとりで歩き出してしまう。ふる雨があっという間にふたりと影野の間の距離を埋めていき、染岡はやはりなにも言えなかった。影野くんはとてもきれいな顔をしているんですよ。影野が指さした方をじっと見つめてたち止まったまま、目金はぽつりとそう言った。ぼくは、あなたにそれを見せたいのか見せたくないのか、わからないんです。影野がどんどんとおくなって、雨にかすんでやがてみえなくなる。あああのながい髪をさがすんでもいい。握ったままの親指が、奇妙にあつくて染岡はみじかく息をすった。あのながい髪をさがすんでもいいからだから、いかないで。ぱしっと足元で水たまりがはじけ、それが耳にとどいたときには染岡はもうかけ出していた。ビニル傘のむこうに半透明ににごった背中がちかくなる。どんどんちかくなる。ながいながい髪の毛は、今は目金の手できれいにまとめられている。このながい髪を、さがすんでもいい。
目金はそれを追うこともせずに、影野が指さした方をおなじように指さして、おなじようにあっちに行くと思うとくり返した。メガネのレンズにこまかい水滴が散って、視界がぼやけてうっとうしい。あのひとになにがしてやりたいのか、目金にはもうわからなくなってしまっている。ただ。あんなふうに追いかけることが自分にもできたなら。目金は親指をかくさなかった。影野の手がつめたくて、それだけで十分だった。今ごろどこかのたかい煙突からは、煙がまっすぐに空へ空へとたちのぼっていることだろう。ざんねんですね。あなた、そんなになきたかったんですか。夜のようにくらくおもたい気持ちをかかえて、雨の中目金はひとりだった。ひとりでわらった。あのながい髪を、いつかもらおう。すこしでいい。影野の指さした先、その先には納骨堂がある。雨にかすんだその中で、影野のながい髪としろい骨にだかれて目金はなきわめく。






雨の日の納骨堂のしろくかすむこと闇夜のごとし
目金と染岡と影野。影野に対してまっすぐな染岡と、屈折している目金。
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ハイパー宍戸タイムはこれでいったん終了と相成ります。読んで下さりありがとうございました。
あっまた書いたらごめんなさい。宍戸すきなんです。
そろそろ影野としょうりんたん、栗松としょうりんたん、染岡と影野、土門と影野あたりを書きたいです。あと目金も。目金のしゃべり方ってどんなんでしょう。おかしくないかな。
それぞれにちょっとずつひねくれているような、あの複雑さをうまくかきたいなぁと日々考えています。
それから個人的兄弟設定をモリモリ出してごめんなさい。某やっきゅマンガのように、家族の設定をもっと出してくれよと思います。


続きに拍手返信。いつもたくさんありがとうございます。

ファミリーレストランではひとの性格が出る、と壁山は常々思っていて、今目の前でいかにもからだにわるそうなみどり色の炭酸をすすっている宍戸は、それに照らし合わせればかなり性格がわるい、と思う。別に食べちらかしたり店員に文句をだらだら言ったりするわけではない。しかし、箸だけでオムライスでもグラタンでもきれいにたいらげる少林寺や、つけ合わせのパセリまで食べて米つぶひとつ残さない栗松と比べると、やっぱり食べ方にやや難があるな、と思う。もちろん壁山自身は食べることが無上のたのしみであるために、誰よりもうつくしくがっついて見せるのだが、それを見るたびに食欲が失せると宍戸は文句をたれる。ソファにだらりと足をなげ出してすわる宍戸の前には、ひとくちかふたくちだけ残ったミートドリアが、ソースを皿にかさかさにこびりつかせて置いてあり、なん十分もそれに手をつけないまま、宍戸はみどりの炭酸ばかりを延々と飲んでいる。そでで口をおおって、げほ、とたまった炭酸をはき出し、これどこに売ってんのとコップをぐるぐるまわして見ながら宍戸はひとりごとのように言った。そんなにすきなのか?や、なんか、うまい。そんなことを言いながら、さしてうまそうでもなく宍戸はコップをかたむける。ぐーっと一気にそれを飲みほして、宍戸は壁山にむけて舌をべろんとだした。きもちわりー。のみすぎ。炭酸まじきちー。だからのみすぎだろ。壁山はあきれたように立ちあがると、ふたりぶんの水を注いでくる。ここらへんが、宍戸のしょうがないところだ。食べられるものを食べないくせに、するべきでない無理をする。あたまは決してわるくないのに、甘ったるい炭酸を飲みつづけたら気分がわるくなるだろう、ということまで考えが及ばないのだ。席にもどると宍戸はひじをついて膝をたて、かちかちと携帯をいじっていた。目の前に置かれた水にすこし顔をあげる。さんきゅ。ん。ぱたんと携帯を閉じてポケットにつっこんだ、その手を抜きだすときにぱたりとなにかが落ちた。壁山の足もとに転がった、あおいパッケージのそれは。拾いあげた壁山の手からそれをうばい返し、にやっと宍戸はわらう。あとで吸ってみよーぜ。言葉をなくす壁山の前で、宍戸は小銭をばらばらっとテーブルにぶちまけた。色のしろいほそい指がそれを数えている。壁山もあわてて鞄からサイフをだした。計1642円。
くらい公園のぶらんこにこしかけて、同時に火をつけたそれを吸いこんだ。うまく火がつかなかったし、いがらっぽい煙が鼻やのどにあふれかえってふたりとも盛大にむせた。想像とちがうな。な。もっといけるもんかと思った。つかそれ誰の。兄貴。いくつ。18。だめじゃん。あのひとはそーゆーの気にしないから。いやいや気にしなきゃだめだろこれは。はんざーい。わかってて持ち歩くなよ、お前のが犯罪だからね。まだ三本ほど中に紙巻きが残ったパッケージを、さっき小銭を数えた指がにぎりつぶす。へーい。心のこもらない返事をしながら、宍戸はそれを思いきりふりかぶってごみ箱になげこんだ。ついでにライターは池に放り込んでしまう。迷いないその動作に、壁山の心のすみの方がわずかいたんだ。あかく火がついたままのそれをくちびるのはしにくわえたまま、あーきもちわりーと宍戸は言う。ひとくち吸ってみただけでいやになったそれを、しかし捨てることも消すこともできずに手にもって、そのまま壁山は宍戸の背中を見た。すんなりと伸びた奇妙にさびしいそのうしろ姿から、煙がひとすじまっすぐに立ちのぼっている。かえろーぜ。ぷっとそれを地面にはきだし、ニューバランスのかかとでじゃんとこすって宍戸はふりむきもせずに言った。ファミリーレストランではあんなにも傍若無人なのに、普段からへらへらとわらっているくせに、ときどき宍戸が見せる潔癖さや清廉さに、壁山はおいていかれたような気分になる。それをあまりにも宍戸が、心の奥のほうにじょうずに隠してしまうから。壁山も宍戸とおなじように火を消した。きもちわりー。繰り返された言葉が、一気に温度をさげたくらやみにぽつりと落ちてすこしにじんだ。宍戸さ、あんま考えんなよ。お前いいやつなんだから。その言葉に宍戸はじゃりっと地面をこすった。その足音がざくざくと移動して、隙ありっ!という声とともに壁山はきれいにぶらんこから落ちた。べしゃりとうつぶせたその背中に、宍戸がどっかりとすわる。あのさーそーゆーこと言わないで。宍戸が体重を移動させるたびに、からだがゆらんゆらんとゆれる。いつでもあんなふうにいてくれたらいいのに。見せたくないところなんか、壁山だって見たくないのに。宍戸。だまれよ。壁山が言葉をつむぐ前に宍戸がそれを立ちきった。だったら壁山に言うべき言葉はもうない。うつぶせた目の前に、靴底でこすられたマイセンがしおれて落ちていて、それがすこしぼやけたので壁山はたくさんまばたきをした。ふたくちだけ残されたミートドリアを、結局宍戸は食べなかった。かさかさにかわいて、きっとあれは今ごろすてられている。食べてやればよかったと今さらのように壁山は後悔して、後悔しながらそれがどんなに無意味なことかをかみしめる。壁山の背中で宍戸がうたをうたっている。やや調子のはずれた、かすれたうたごえだった。そのかかとががりがりと地面をかいている。靴底にはあの灰が、くろくこびりついていることだろう。壁山には言葉など必要なかった。言いたいことならとっくにマイセンが雄弁に語っていたではないか。はじまらずにおわったすべてのことを。そしてその顛末を。





殻のマイセンは知っていた
壁山と宍戸。ファミレスジャンキーなふたり。
くしゃ、とやわらかくふわふわの髪の毛を押さえられ、宍戸は肩ごしに振り向いた。じめつく部室の裏には背のひくい雑草が貧相に生えており、濃いみどりのじゅうたんのような苔が、むしむしとたくさん壁にへばりついている。髪の毛を押さえる力加減や手の感触で、なんとなく宍戸はその手の持ち主に気づいていて、だけど反射的に振りむいてしまったので、なにも言えずにへらっとわらう。笑みを投げかえすこともしてくれない、髪のながいその姿。うすぐらいそこにぼんやりとしゃがみこんで、しかもそれは練習中のことなので言い訳もできない。どうした。そっけなく影野が言う。宍戸はこの無愛想で寡黙な変わりものの先輩のことを、ほかの人が言うみたいには、近寄りがたいなどとは思っていなかった。むしろどちらかと言えば好感を持っていて、だからこそ顔には出さずにおおいに戸惑う。練習中にこんなところでサボっていた、とは思われたくなかった。あのうそのうと言葉につまると、影野は宍戸からすこし離れ、グラウンドのほうをこっそりとうかがうように首をのばす。グラウンドからは歓声が、とおい潮騒のように響いてくる。誰もこない。影野はそう言うと、宍戸の言葉も待たずにとなりに腰をおろした。膝をかかえて、そこの空気を確かめるようにふかく息をする。先輩、どしたんすか。結局宍戸もまた、部室の外壁に背中をあずけてしゃがみこむ。尻と背中がひやりとして、首のうしろがざわざわする。あのーおれ、別にサボるとかそーゆーつもりじゃないんすよ。なんつーか一回立っちゃったら、戻りづらくなっちゃって。ついふらふらーっとこんなとこに来ちゃったんすよ。先輩にもそんなことないっすか?ないっすよね。はは。影野のつもりがわからないので、宍戸はつらつらと意味のないことをまくし立て、されない返事をひと呼吸分待って、結局言葉を自分できった。すんません。普通に呼吸をしたつもりが、思わぬふかいふかいため息のようになってしまって焦った。どうせ連れもどされたあとで怒られるに決まっているのだから、それならば来てくれたのが影野でよかったと宍戸は本気で思っている。これでもし、風丸や染岡や、ましてや円堂なんかが来たら、ため息どころの話ではすまないだろう。なのに。先輩わりーんすけど、このままほっといてもらえませんか?無理すかね。無理すよね。となりで膝をかかえる影野の、かたちがくっきりとでっぱった骨をながめながら宍戸は言う。無理すよね。日がまったく当たらない部室の裏に吹く風はつめたい。ひやりと腕をなでられて、宍戸はそこをてのひらでこする。まだうらうらとあたたかい時期なのに、かすかに腕が粟立っていた。指さきに生理的に嫌悪感をもよおすそのぶつぶつを感じていると、ああ、と影野が声をだした。ペリカンを。は?おまえはペリカンを知っているか?は、あ。まぁ、わかりますけど。質問の意味がわからずに宍戸は首をひねって影野をみた。ながい髪でほとんどがおおわれているその横顔が、先輩のいちばんイイ角度だと宍戸は思っている。そのくちびるがひらいていて、宍戸は次の言葉を待った。ちいさい頃に動物園でペリカンをみたんだ。はぁ。あの、喉のとこの。袋すか。そう、それが。影野は膝にまきつけていた手をほどいて、それを広げて動かした。こんな風に、ふくらんだりしぼんだりしてた。そのしぐさが影野に似合わずコミカルで、だけど宍戸はその痩せたてのひらをじっと見ていた。そのときはわからなかったけど、あれは求愛行動だったみたいでな。ただ俺には、あれがほんとうにきもちわるかった。宍戸はちらりと影野の横顔をみる。きもちわるいと言うくせに、そんな様子はみじんもみせない。見るんじゃなかったって後悔した。それで。影野はそこで唐突に言葉をきって宍戸のほうをみた。宍戸が首をかしげると、今度は広げたままの手をみて、それをそっと髪の毛にすべらせる。どうやら影野は恥じらっているらしく、それに気づいて宍戸はやけに動揺した。しゃべりすぎたと後悔するべきは。すまない。耳のさきをわずかにあかくして、前髪を片手でいじりながら影野は言った。世間話のつもりだったんだ。え?そんなに真剣にきいてるから、申し訳なくて。影野の横顔が照れくさそうにわずか伏せられる。宍戸はただ影野の痩せたてのひらやひじや、無機質な横顔をながめていただけだったのだ。後悔するべきは影野ではない。それで、なんすか。だから宍戸は続きをうながした。背中を奇妙なあつさがかけあがってくる。とにかくもっとしゃべっていてほしかった。後悔するべきは。それで。影野がくちびるをひらいた。それ以来俺は生きものがきらいになった。言葉をすべて聞きおわるまえに、宍戸が伸ばした手が影野の二の腕をつかむ。後悔するべきはいつだって宍戸だった。影野の腕はつめたくすべらかで、宍戸をおおうきもちわるいぶつぶつはどこにも見当たらない。来てくれたのが影野でよかったと本気で思っているのに、こぼれるため息がどうしてもとめられなくて、だからほうっておいてほしかったのだ。ひとりですべてを消化するつもりでいたのに、なんとかするつもりでいたのに。先輩やっぱもどらないでください。いてください。口をついて出た言葉はなにより宍戸を驚かせた。後悔するべきは自分でしかないと、宍戸はちゃんとわかっていたのに、それを影野がそんなふうに破っていくから。そんなふうに、やさしくなんてしてくれないのに。
とおい潮騒に重なるようにかん高いホイッスルの音がして、腰を浮かしかけた影野の腕を、しかし宍戸ははなせなかった。湿った土と貧相な雑草と濃いみどりの苔につめたい風が吹くそこで、このままふたりでなにもせずに座っていられたら。そんなことを宍戸は夢想する。影野の腕をつかむ宍戸の指に、やわらかくすべらかな髪の毛が落ちかかり、それを上から影野のつめたくかわいたてのひらが押さえた。思えば。やわらかい声音が、今度は宍戸の中に音もなくおしこめられた、ひび割れてささくれた部分を刺激する。あのときのペリカンはなにも悪くなかったんだ。ただ、俺はいまだにあのときを上回るなにかを、感じることができないでいる。なんでかな。影野のほそい肩に顔を押しつけた宍戸には、影野の言葉がかすかな振動になって、直接骨にひびいて聞こえる。そのほうがいいな、と宍戸は思った。なんかちゃんと聞こえてる、って感じ。影野からはなんのにおいもしないし、だから今はかすかに土と雑草と苔のにおいがする。影野からはなんの音もしないし、だから今はグラウンドからのざわめきが鼓動のように聞こえる。先輩。ぼそりと口をついてでた言葉はしあわせだった。それでもしあわせだった。たとえ今、誰にもどうにもならない傷が、ばっくりと口をひらいて宍戸を飲み込もうとしていても。ため息をはてしなくこぼしながら、それでもそれを涙のかわりに宍戸はできる。ほかの誰がそれをできなくても、宍戸には、それができる。おれ先輩のことけっこうすきっすよ。だから言葉を止めなかった。なるべく冗談に聞こえるように、そう思いながら。うん。影野の横顔はしずかに頷いた。俺もおまえのことはけっこうすきだ。ひひっと宍戸はわらい、じゃあソーシソーアイっすねやっべぇうれしー、と言った。自分がペリカンなら、かつて影野の記憶の中の個体がしたという求愛行動をこのひとにしたいと思った。それがこのひとの最初の衝撃を、たとえ上回ることにならなかったとしても。おまえは、きらいになるなよ。影野がしずかに言った。その言葉が必死におしこめたものを少しゆるませ、あわてて宍戸はまたそれをしっかりと押さえつける。なにをっすかと軽口を叩きながら、それでも影野が言いたいであろうことに宍戸はすっかり気づいていた。返事は今はできない。あー。どうしようもない感情は、言葉になってあふれるしかない。先輩なんでおれんこと怒ってくれなかったんすか。無理にでももどらせなかったんすか。なんでほっといてくれなかったんすか。なんで。なんでだろうな。宍戸の手をおさえていたつめたいかわいたてのひらが、今度は髪の毛をくしゃりとなでた。それが最初にされたときとまったくおなじ力加減で感触で、のどの辺りがあつくひりついた。影野はもう一度、なんでだろうなとひとりごとのように繰り返した。影野はわからないことを恐れもしないし、それをうとましがることもない。そうしてわけもなく影野は宍戸の思いをくじいていく。宍戸が怖くてうとましくて仕方がないものをたくさん抱えたまま。たまらなくなって宍戸は腕をそのほそい首にまわした。すべてのことが宍戸から消え失せ、ああこのひとの体温はとてもひくい、と思った。しあわせだった。かなしい顔なんかしてくれないくせに。だからないたりするものか。ないたり。







伽藍鳥のワルツ
宍戸と影野。ねじれて空の続きのようなもの。
書きたいものがうまくまとまりませんでした。

拍手たくさんありがとうございます。本当にうれしいです。
今後ともよろしくお願いいたします。

最近ますます一年生づいています。もやもやぐるぐる悩んでればいいと思います。
他のサイト様の影野設定を読んでると、おお、となることが多いので、自分でもはやいとこイメージつかまないとなぁ、とか考えています。
影野はいろんな意味でシンプルな子だと思います。単純、という意味ではなく。

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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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