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女性向け11文章ブログ。無印初期メン多め。 はじめての方は「はじめまして」に目を通してください。
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雷門中学の音楽教師は実にやる気のないひとで、合唱や器楽のレパートリーが尽きてやることがないときは、50分間まるまるクラシックを垂れ流して終わる。声楽畑の人間でしかもフランスオペラがことにすきな様子であるので、カルメンだのタンホイザーだのファウストだの、おもしろくもおかしくもない音楽を延々と生徒に聴かせる。その上ばかばかしいことに感想を強いる。無理やりだ。クラシックなんて誰も聴かないし、感想には『よかった』がならぶ。影野は音楽の授業がきらいで、それはこういう理由からだった。
今日も早々にすることが尽きて、教師はAV機器の入った観音開きの棚の鍵をあける。えーと不満そうにあがる声を教師はまるきり無視し、CDをプレイヤーにぽんと置いた。今日はモーツァルトを聴いてもらいます。みんなも聴いたことがあると思う。感想は適当でいいから、まぁ聴いてみて。プリントをざくざくと適当に配り、教師は奥へ引っ込んでしまう。ほったらかしのプレイヤーからはどおんという拍手が大音量でひびいた。投げやりなわりにライブ音源にこだわる。こんなにうるさくては眠れやしないと影野はほおづえをついた。
松野は以前、音楽の授業なんて一ヶ月ぐらい出てねーなと言っていた。半田は半月は確実に出ていないという。目金は音楽はわりとすきだと言っていた。クラシックがそもそもすきだというのに加え、困ったことに目金はそこそこ器用なので、リコーダーでもピアノでもパーカッションでも、やろうと思えばだいたいできてしまうのがまた反感をあおるのだ。自分はきらいだ。なぜなら意味がないから。そう言うと、あーまぁ意味はねーよなーと染岡は弁当をたべながら考え込んだ。でもよーああいうのがあってもいいと思うけどな、おれは。染岡は音楽の時間はだいたい寝ている。
影野もうつらうつらと眠りかけたとき、耳に聴きおぼえのあるメロディが飛び込んできた。かなり最近、どこかで聴いた。机のわきに追いやっていたプリントを手にとってながめる。セレナーデ第13番、と書いてあった。たん、た、たん、た、たたたたた。たん、た、たん、た、たたたたた。染岡はミュージックプレイヤーつきの携帯を持っていて、それに山ほど邦楽を入れて持ち歩いている。最近クレバがおれん中であちーんだよ、と、イヤホンを取って聴かせてくれた。ああ。ほおづえをついたまま、影野はすこしわらう。うん。知ってる。昨日、音楽の授業の話をした、まさにそのときだった。
ヴォルフガングアマデウスモーツァルトのセレナーデ第13番、は、日本語とそれに見合うようなメロディに奇妙にゆがめられ、ミュージックプレイヤーの中でひずんでいた。だけれどその曲はとてもよかったのだ。
(染岡がいい曲って言ったから)
プリントにシャーペンの先を落として、結局いつもと変わらないつまらない感想しか書くことはできなかった。顔をふとあげるとみんな机に向かっていた。ばかみたいに素直だった。プリントにはやはり『よかった』と、そのくらいしか書くべきことはないのに。






アマデウスは病んでひずむ
影野。
久々にがっつり影野コイルターン記念。
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きみとは笑顔で出会いたかったのです。
だけどおれはおこってばっかりだったのです。だから。
「染岡」
(きみがおれを呼ぶたびにおれはかなしかったのです。)
染岡はかすかに目をほそめて閉じた。窓の外にはいまにも咲きそうな桜がいくつもならんでいる。
情けなくてださいださいださい、と思う。もうすぐ春になってしまうのに。
もうすぐはなればなれになってしまうのに。
窓の外の桜が咲くころに、このこころとこのきもちがどうにかなるものならば。
でもそれはかなうわけがない。
いままでかなわなかったことが、みじかい時間でかなうわけがないのだ、と知っているから。
せめて笑顔で別れることが出来れば、はなればなれになったとしても。
呼び声に目を開けず、染岡は影野のかおをおもう。
そのとき、つめたい手がうしろから染岡の耳をおおった。びくりと肩をこわばらせて染岡は振り向く。
「ちょっおま、なに」
振り向くと影野がぬうぼうと立っている。つめてえと耳をこすると、ごめんとかすかにわらう。
おれがわらうよりも先に、影野はやわらかくやわらかくわらうもので、つられてくちびるをゆるめた。
こういったいつもの景色が、これからはいつもではない景色にかわってしまう。
その前にいちどだけでいいからやさしくわらうことが出来れば。
きみのことをおもってやさしくわらうことが出来たなら。
笑顔で出会えなかったむかしをなつかしいとおもえるような気がして。
ゆるめたくちびるをそのまま持ち上げようと、思って。
「ごめん」
その言葉に染岡のくちびるがかたまる。その視線の先で困ったようにさびしそうに、影野はわらう。
染岡にふれたしろい手をこすりあわせて、そうしてそっと指さきで髪の毛をなでる。
眉間にしわをきざんで、染岡は振り向いた。
「おまえ、さむいの」
「え」
「おまえの指が」
さむそうに見えた、と言う前に口の動きを止める。
その言葉を言ってしまえば、先にすすむ以外の道はなくなってしまう。
振り返ることが出来ないのならば思い出さえも、このまま消えてしまうような気がして。
けしてうつくしいものではなく、どろどろとしたみにくいものをも全てまぜて、存在するものでも。
染岡、と影野はもう一度呼ぶ。しろい指先を、もういちど髪の毛にすべらせて。
「覚えてる」
「なにを」
染岡はいちばんさいしょにもおれにおんなじことを言ったよ、と、そう言って影野は、そっとわらう。
覚えてる。おれはそのあと、染岡にすごくおこられた。
その指はどろどろしたみにくいものをまぜる。まぜて、まぜて、染岡にも見えるようにしてしまう。
(覚えてる)
(覚えてないわけがない)
つめたい指を、つめたいままにひとりうみの底に沈めてしまう。
そのすがたを嫌って何度も影野をおこった、いまはもうとおい日。
届かないゆびを、しまったこころを。
一度だけでも影野が、見せつけるのではなくはくじつの元にさらしてくれたのならば。
染岡は届かないゆびを追いたいとおもいかなうことはなくこの日をむかえて、やはりおこることしか出来ないでいる。
せめて笑顔でと、さいごの願いをひとりうみの底におれも沈めた。
「いままでありがとう」
沈めて
「覚えててくれてありがとう」
沈めて
「またどこかで会おうね」
沈めて
「染岡」
ばいばいと影野はわらった。ごめんに似たやさしく困った顔でわらった。
きみがおれを呼ぶたびにおれはかなしかったのです。
きみがおれを呼ぶときおれはいつもきみのなにかを失うからかなしかったのです。





メヌエット
染岡と影野。
たなさんと一緒。
続きに感想。
いつの間に手をはずれ身をはずれても血ははずされぬ、桜の園に

きみのからだでできぬ血潮をやがてかの肉食ひてきみは駆けゆく

いわおの手にぎりて春の野をまわる未来をかたらぬ背中には羽

骨やぶりさかしまにおつかなしさのうつろに萌える紫の丘

あけぼののかすかにわたる栗の木の風さかまいたさえずる鳥は

机に落とした銀のコンパスの針あかあおかたむき瞳には虹

指差すことのないてのひらに、種をほり根をひらくたてがみの端

シャッターの光にわらいもしない草のけもののしろい指先に塩

歯をたてた宝石に負けるカルシウム飲み込んで勝つ猫目の洞の

草を踏む足のうらまで火河満ち差す日を刺さん、ジャックの剣

数えても数えても北斗七星月を食べたい背中の骨よ

世の中をはんぶんころしてはんぶんを生きて戻らん睫毛の虫は

壺の天垂れた糸を切るカンダタの足首に花青面金剛




子がとわに子でありたいと願うなら親にはなれず子にも戻れず


たまにこういうことをやりたくなります。
あのこのことがすきじゃないの。
ひとのない雨の放課後、しずかな図書室に声が響いた。両手に分厚い日甫辞書だのキリシタン文献研究だのを山のように抱えて、返却カウンターにどさりと積んだ目金は、その声が発せられた方を向いて、くちびるをへの字にまげた。なんですか、急に。英米児童文学史を繰りながら、夏未はそっとくちびるをわらわせる。あなたファンタジーに興味があるの。目金は山のいちばん上に積まれたドイツ文学回遊を手に取る。中学図書館の蔵書で、天草本イソポのハブラスなんてなかなか見つからないんですよ。ここの蔵書はあなたの趣味なんでしょう。その言葉に夏未は頷く。ここのラインナップは群を抜いています。当然よ、わたしが選んだんですもの。次はキリシタン本をリクエストしたいところですねと、無人のカウンターに侵入して、目金は貸し出し手続きを勝手知ったる様子で黙々とする。機械がバーコードを読みとる音が、ふたりきりの図書室をしずかに満たしていく。
手元の本を夏未は閉じる。それで。目金が夏未をちらりと見て、また作業に戻る。あなた、あのこのなにがきらいなの。おっしゃる意味がわかりかねます。目金は夏未に対しては奇妙にとくべつ慇懃で、それはたぶん彼が自分を嫌っているからだろうなと夏未は思っている。後輩のはつらつとしたメガネのあのこを、彼には嫌う理由なんてないだろうと思ったのだ。気づいてるんでしょう、音無さんの。言いかけたその言葉をさえぎるように、カウンターに積まれた本がばさばさと崩れた。かどが床にぶつかる重い音。ぐしゃりとページがひらいてつぶれる乾いた音。ちょっと。夏未は立ち上がる。なにしてるの。けがでもしたら。あわてて駆け寄りカウンターをのぞき込むと、目の前にぬうと目金が立ち上がった。息を飲む夏未のしろくすべらかな顔の下半分を、負けないくらいしろく華奢な右のてのひらでおおう。それ以上言わないでくれますか。夏未はながいまつげでまばたきをする。ほほに触れた指が、つめたい。これはぼくの問題です。あなたにどうこう、言われたくない。
そろりとてのひらが離れる。夏未は手の甲でそこをぬぐった。ほこりとふるい本のにおいがした。乾いて褪せて無機質だった。本をひろい集めてまた積み上げ、痩せた両腕に抱えて目金はいってしまう。てのひらをカウンターに滑らせて、夏未はずるりと膝をついた。なんなの。あのときあんなに近くで、夏未ははじめて彼を見た。ふかいふかいくろい目が、まるで助けてと訴えるようだった。
夏未は肩ごしにそろりと振り向く。雨が窓にうちつけてはじけている。英米児童文学史は閉じたままひっそりとしていた。あのこがうらやましいと心底思ったのは、これが最初で最後だった。






折った柳の唐紅の
夏未と目金。
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無印雷門4番と一年生がすき。マイナー愛。

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